第4章 選択の果てに

第1話 最後の分岐点

 一段、また一段と、鎮場神社ちんばじんじゃに続く石段をのぼっていく。周りを囲む木々はざわざわと風に揺れ、石段は傾きはじめた陽の光に照らされていた。


「ねぇ、而葉しかるばさん。弓丸に会ったら、なんて言えばいいと思う?」


 過去の事件のこと、わざわいのこと、封印のこと……聞きたいことはたくさんあるけれど、どう切り出したものだろう。彼はあの洞穴ほらあなを『僕を除く芳帖ほうじょうの者全員が皆殺しにされた場所だ』と言っていたけれど、さっきヤドリづたの実で見せられた記憶が本当なら、彼の家族が殺されたのはあの洞穴ではない。

 あの一場面しか思い出すことができていないか、あるいは思い出した上で一部の事実をせているのか。どちらにせよ、聞き方は工夫する必要がありそうだった。


『そうねぇ……前に会ったときの話題から始めたり、相手のお願いをきく代わりに自分からも条件を出すのがスムーズだと思うけど。藍果さん、何か彼にお願いされていたことはないかしら』

「お願いされてたこと? そんなの……あ」

『あるのね』

「うん……まぁ」


 ここ最近でされたお願いなんて、思い当たるのはアレだけだ。教えてもいいものか一瞬迷ったが、教えないと相談のしようがない。


「実は、僕の神様になってほしい、って言われてて」

『……神様に?』


 さすがの彼女も動揺どうようしたのか、宿世渡の中の気配がざわりと動いた。私はうなずき、石段をのぼり続ける。


「私、ヤドリづたおそわれたときと階段室で杏音あんねに襲われたとき、弓丸から血をもらったでしょ。もし今度同じように血をもらうことになれば、完全に人を離れる——要するに、弓丸と同じ、不老不死の体になっちゃうんだって」


 すでに変化は現れている。ちょっとしたり傷や切り傷なら一瞬で治るようになったし、これだけ石段をのぼっていてもまったく息切れしていない。胸をつらぬかれ、仮死状態になったところから生き返ってしまったくらいだから、車に当たった程度のケガなら自分で治せてしまうだろう。


「人を離れてもいいなら、いっそ先に選んでくれって。嫌なら断ってもいいけど、これ以上一緒にいるなら遅かれ早かれその時は来るから——」


 話しながら気づいた。これは最後の分岐点ぶんきてんだ。


 彼のこの願いに対して否と答えるのなら、私は彼と関わるのをやめるべきだ。だって、「神様になりたくない」のだから。弓丸の言う通り、彼と一緒にいればケガを負うことはけられない。いまの自分に治せる程度のものならいいが、そうじゃなかったときや確信が持てないときは、結局血をもらうことになるだろう。彼との関わりを断たなければ、いずれ人でいられなくなるのは間違いない。


 あぁ、だから弓丸は……わざわざあんなことを言ったのか。引き返すならここが最後だと、その先を望まないならもう自分に関わるなと、私にさとらせるために。


『ありがとう、事情はよく分かったわ。芳帖ほうじょうきみにもっと踏み込むには、その頼みを受けると伝えることが必要そうね。その上で、知りたいことを教えてくれるよう交換条件に出すの。それから彼の願いを断ったって遅くはないわ』

「うーん……」

『心配しないで。ここ直近は、誰も禍者かじゃにしてないし』

「……ちなみに、どうやって禍者かじゃを作ってるのか聞いてもいい? 人間に化生を憑かせるって、どういう方法でやってるの?」


 せっかくの機会だからというのも変だけれど、前から気になっていたことを聞いてみた。すんなり教えてくれるとは思っていないが、聞くだけならタダだろうという考えだ。

 彼女は少し黙った後、さらりと答えを教えてくれた。


『口移しよ』

「く、口移し……?」

『そう。私は化生を食べてその存在を集めてるの。食べた化生は体の中で飼っている。フーッと吹いてやれば外に出すこともできるし、口移しで人に与えることもできるわ』

「そ、そうなんだ。これは好奇心なんだけど、これまでに作った禍者って何人?」

『数えたことないわね。千年も生きてたら忘れるわ……っと、これは私と藍果さんだけの間の秘密よ? 少しでも信じてもらおうと思って、これだけ話してあげてるんだから。前も言ったでしょう、藍果さんとは仲良くしたいの』

「え、あ、ありがとう……?」


 お礼を言えばいいのか何なのかよく分からないが、これだけ色々教えてくれた相手をまるっきり疑うのもしのびない。化生を与えることで救っているのだ、という彼女の言い分にうなずくことはできないが、果たして完全に黒と言えるものだろうか。日向さんも律乃りつのさんも、結果的には彼女に救われた……と見ることはできないだろうか。


 そこまで考えて、ぶんぶんと首を振った。下半身が蔦になったり体が蜘蛛になったり、挙句の果てには人としての全てを捧げて命を落としたり、彼らたちに訪れた未来はろくなものではなかった。うっかりほだされそうになっていたけれど、而葉しかるばさん、もといマガツヒメを信じるなんてもってのほかだ。あくまでも、いまは行動を共にしているだけ。宿世渡の中に潜んで、ついてきてもらっているだけ。


 あれ……ついて、きて?


 さっき彼女が言っていたことが事実だとすれば、この刀は、元々彼女のものだったという。そしていま、この刀は私自身にいていて、私の体と思考の主導権を奪うことができる。

 

 私は足を止めた。残りの石段は二十段ほど。弓丸が私に示してくれた通り、今ならまだ引き返せる。このまま、彼に会わずに石段を下りて、稀瑠れあるのことでも探しにいけばいい。瀬名とアヤに相談して、手伝ってもらうのも手だ。流されるまま、この状態で弓丸に会ってしまうことだけは、避けなければいけない気がした。


『どうかしたの? 急に止まって。あぁそれと、いまの私の声は藍果さんの脳内に直接流し込んでるものだから。不審がられないように、ちゃんと気をつけて頂戴ちょうだいね。名前も呼ばないように』

「うん……あの、私やっぱり」


 一旦帰る、と言おうとしたところで、突然頭上から弓丸の声が降ってきた。


「なんだ、一人か」


 バッと顔を上げて、声がした方を見上げた。鳥居の上だ。弓丸が、その両手に弓矢をもって鳥居に腰掛けている。すでに下ろしてはいたが、弦にはしっかりと矢がかけられていた。敵意はないものの、いぶかしげなまなざしで私のことを見下ろしている。


「ゆ、弓丸? 何してるの、そんなとこで」

「いや……君の他に、何か妙な気配を感じた気がしたんだが。気のせいならいいんだ」


 そう言って弓丸はひょいっと鳥居から飛び降りた。慣れた様子で着地すると、弓矢を持ったまま振り返る。くくった髪が揺れて、水色の衣の袖が翼のように広がった。


「入りなよ。聞きたいことがあるんだろ。それとも相談?」


 やっぱり帰るって、言わなきゃ。そう思って口を開くのに、どういうわけか言葉が出ない。それどころか、体が勝手に石段をのぼりだす。


『せっかくここまで来たのに。帰るなんてもったいないわ』


 すでに——いまの私は、彼女の意に沿わないことはできないらしい。だったら、やれることは一つだけ……元々の目的を無事に達成することだけだ。


「昨日弓丸が言ってた、神様になってほしいって話……受けるよ」


 鳥居をくぐって、私はそう切り出した。

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