第12話 「早我見」と【宿世渡】②

 弓丸の話によれば、早我見さがみの家の者として生まれた女性にだけ宿世渡すくせわたりが〈いてしまう〉らしい。普段はほとんど使われることもなく、早我見のくらの中にしまい込まれていたのだそうだ。

 

宿世渡すくせわたりは、早我見の家の者として生まれた女子おなごにのみ、特別な力を与えてくれる。人でも物でも、守りたい何かを失いそうなピンチにおちいった時、持ち主の体を乗っ取ってその場を切り抜けさせるんだ。助けるために必要なら、宿世渡は何でもれる」

 

 確かに、あの洞穴ほらあなであの策を思いついた時も、弓丸の髪を断ち切ろうと体が動いた時も、私は『守らなきゃ』『助けなきゃ』という感情を強くいだいていた。


宿世渡すくせわたりが持ち主を乗っ取っている間は、体も思考も、持ち主のほとんどを宿世渡が支配する。意識だけは残されるから、持ち主はまるで自分の中に"もう一人の自分"が現れたかのように感じるらしい……と、早我見のさまに昔聞いた」

「もう一人の、自分……」


 瀬名たちを助け出したい。稀瑠れあるの命を救いたい。弓丸の清廉せいれんさを守りたい。〈宿世渡すくせわたり〉はそんな私の思いに反応して、〈早我見さがみ〉の家に生まれた私を〈宿主やどぬし〉としたのだろうか。にわかには信じがたいけれど、そう考えるしかなさそうだった。


「宿世渡の出どころについては、元々京都の方にあった、ということだけが分かってる。それ以上のいわれに関しては、残念ながら不明だ。早我見のさまは忘れっぽかったしね」

「あの、さっきから言ってる "早我見のさま" っていうのは……?」

「僕の母方の曽祖父そうそふだよ。はちこくに聞こえたりし弓矢ゆみやり——要するに、弓の名手だったんだ」

「へぇ……」


 弓丸が彼を語る表情には、あこがれのようなものがにじんでいた。そういえば、あの洞穴を出る直前、弓丸からそのフレーズを聞きかけたような気がする。


「でもさ、弓丸……仮にそうだとして、八百年も前の早我見家と私がつながってるなんてことがあり得るのかな」

「そこなんだ。これまで、僕はそんなはずがないと思っていた。でも、実際に宿世渡は憑いてしまっているわけだし、君が早我見の血を引いていると考えるしかないだろう。もっと気にかけていればよかったんだが……ヤドリづたへの対処に気を取られていた。いや、そもそも君には他人にあの刀を渡すなと言っておきながら……本当に、色々とすまない……」

「だ、大丈夫だって」


 弓丸がもう一度頭を下げる。だから、そう何度も謝られると困るのだ。宿世渡すくせわたりについても、弓丸は話に聞いていただけのようだし……むしろ、そんな歳で聞いたことをこれだけ覚えていた時点で立派だ。私なら絶対に綺麗さっぱり忘れている。


「……もしくは、〈早我見〉という姓であれば、血のつながりとは無関係に発動するものだったのかもしれない。僕の血を混ぜてしまったことがきっかけで、半分目覚めていた〈宿世渡〉を完全に起こしてしまった、という可能性も高い」

「なるほど? そういえば、あの洞穴ほらあなでも大量の血を与えてましたものね。芳帖ほうじょうきみの体で言えば、その量およそ五分の一……何もない方がおかしいくらいだと思いますわ」

「そう言われちゃ弁解のしようも——って」

「み、見てたの?」


 而葉しかるばさんが悪戯いたずらっぽく小首こくびかしげて微笑する。おそらくは見るにえないグロテスクな光景が広がっていたはずなのだが、それを見ていたというのだろうか。

 

「言ってなかったかしら。私、瀬名せなさんやアヤさんよりも先に起きてましたの。芳帖ほうじょうきみが様子を見に来た時に目覚めて、藍果さんの所へ戻るまでは気を失っている振りをしていましたわ。その後、不躾ぶしつけながらのぞを」

「そ、そうなんだ……」

「……なかなかきもわってるな」


 私は弓丸と顔を見合わせた。而葉しかるばさん、やはり底知そこしれないというか、つくづく恐ろしい人である。


「レアル、あんまよく分かってないんだけどさぁ……まぁ、その、スクセワタリ、か? そいつがサガミンに取り憑いちゃったんだとして、だ」


 話がひと段落ついたことを察して、稀瑠れあるがソファの肘掛けから降りた。リュックの口をめながら、いつも通りの軽い調子で話していく。

 

「それで困ることがあるかって言われたら、そういうわけじゃないんだろ? なんか、色々パワーアップさせてもらえてラッキーって感じじゃん。さっき聞かせてもらったけどさ、サガミンが腹に風穴かざあないたときだって、弓丸くんに血をもらってそれで解決したんだろ? それなら、どんなイカれたアイデアひらめいたって、どんな無茶むちゃな体の使い方したって、何も問題ないんじゃねーの。元に戻るんだからよ」

「……芳帖ほうじょうでいいって、言ってるだろ」


 そう返した弓丸は、浮かない顔だった。もちろん、元に戻ればいいというものではない。そう簡単に自分を傷つけるようなことはしてはいけないと思っているし、けたいと思っている……はずだ、少なくとも洞穴以降の弓丸は。ただ、彼はそのことについてではなく、また別のことをうれいているように感じた。


「ねぇ、弓丸……」

 

 宿世渡すくせわたりあやしく飾る、菱形をいくつも重ねたような金色の紋様もんよう。それを指先でなぞって、私はこっそり深呼吸をした。さざ波のようにざわめく気持ちを落ち着かせ、しいて何でもないような声でたずねる。


「多分だけど、まだ言えてないこと、あるよね」

「……でも」

「教えてよ。どんな事実でも受け止めるから、全部聞かせてほしいの。そうしないと、私、落ち込むことすらできない。知らなきゃ前に進めないよ」


 弓丸が宿世渡すくせわたりに目をやって、それから私の顔を見上げる。金の混じった瞳が不安げに揺れていて、思わず両手をそのほおに伸ばす。弓丸の顔は小さくて、まるで小学生くらいの子どものようで。高校生になった私の手は、その顔をすっぽり包んでしまうのに十分だった。

 そのままむにゅっと押してみる。


「にゃ、にゃにを」

「……あはは、やっぱり可愛い」

「うぉら、僕を子ろも扱いするりゃ……っ」


 ぱし、と手を払って弓丸が頬をさすった。そんな様子を見て、而葉さんがうふふふ、と含みありげに笑う。稀瑠はべ、と舌を出して、何か暴言とツッコミの間くらいの言葉を口走っていた。

 緊張きんちょうけたところで、もう一度弓丸の目を見て言う。

 

「大丈夫。私、弓丸がやってきたことを責めたりなんかしない。弓丸が私にしてくれたことは、全部その時の最善だったって思ってる。この刀を渡してくれたことも、血を混ぜて助けてくれたことも、化生けしょうの退治を手伝わせてくれたことも、間違いなんかじゃないよ」

「……そうか。知らないってのは、呑気のんきなもんだな」


 弓丸がソファからひょいっと降りて、私の前で振り返る。肩にかかる黒髪、水色の水干、そろいのはかまに差された実戦用の太刀たち。雨にれて冷え切った手で、後ろからそっと首筋にれるような——そんなまなざしを向けて、小さなくちびるを開いた。


宿世渡すくせわたりは、持ち主の命をむしばむ。それだけじゃない、宿世渡すくせわたりが持ち主を乗っ取る時間は、回数を重ねるたびに増えていくんだ。最後には、君の体も思考も〈宿世渡〉と一体化して、君の意思から完全に切り離されてしまう。そして、持ち主に一度 ”い” てしまった宿世渡すくせわたりとのつながりを切り離す方法は、たった一つしかない——」


 どくん、どくん、と鼓動こどうが胸をたたいている。ただ、弓丸が告げる言葉を追って、理解しようとするだけで、頭の中がいっぱいになる。


「それは、宿世渡すくせわたりの持ち主が、心の底から『守りたい』『助けたい』と思う者の心臓をそのやいばつらぬいて——相手の命を、うばうことだ」

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