第11話 「早我見」と【宿世渡】①

 ベッドから降りて、ダンボール箱の下から現れた謎の空間をのぞき込む。その中に照明はない。稀瑠は、延長コードを何本も編み合わせて作られた即席のロープを引っ張り出し、その端を数ヶ所にくくりつけて穴の中へと垂らした。深さは二メートルくらいのようだ。


「これで降りられるぜ。っあぁ、このロープならちゃんとポコ彦でテスト済みだ。切れないから安心しろよ」

「ポコ彦って……尚彦なおひこくんのこと?」

「よく覚えてんじゃん。タヌキ腹ポコ彦……あいつ、身長も伸びてたけど腹はもっと成長してたぜ」

 

 正しくは三崎原みさきばら尚彦である。当時のクラスメイトの一人で、図書委員をやっていた。体は大きいが気弱な性格で、稀瑠に絡まれるたびに困った顔をしていた……ような気がする。

 

「高梨さん、その下品な言いようをどうにかしてくださる? 不快だわ」

「僕が生まれた時代じゃ体格のいい人間は立派な戦力だ。そう馬鹿にするもんじゃないぞ」

「それがなぁ、いまは黎和れいわって年号なんだよ弓丸おじいちゃん」

「れ、稀瑠、それはちょっと」

失敬しっけいだな。七つで鎮場神社にまつられただろ……えっと、それから……」


 弓丸が指折り歳を数え出したが、何の歳を数えているのだろうか。存在の年齢としては八百、体の年齢が七つだったかと思うが、残るは……精神年齢くらいしか思いつかない。


「ところでさぁ。さっきのサガミンのあれ、どういうわけ?」


 リュックに懐中電灯や医療品をめながら、稀瑠はそんなことを聞いてきた。稀瑠にしては珍しく、私の方を見ないままで話し続ける。


「サガミンはさ、別に鈍臭どんくさくはないけど、レアルほど運動神経が良かったわけじゃないよね……あんな身のこなし、ふつーに大会とか出てる体操選手レベルでしょ。あとはそのナイフ、見た目はちゃっちいのにあの髪の束だってサックリ切っちゃってさ。ぶっ倒れたこと含めて、隠してることがあるんなら教えろよ」

「それは……えっと」


 正直、私にもはっきりしたことは分からない。あの刀を手にして、弓丸から血をもらって、化生に深く関わっていくうちに、じわじわと何か得体の知れないものが私の中に目覚めていった。気づいた頃には、自分の中にもう一人の誰かがいるような感覚すらあって。

 

「なぁ、君の……」


 そこに、弓丸が割り込んできた。いつになく真剣な顔で、考え込むような仕草で。

 

「〈サガミ〉ってせい、どういう漢字で書くんだ?」

せいって名字みょうじのこと? 早いに、我に、見るだけど」

「……そうか。他に、何か変わったことは」

「えっ、と」


 変わったこと。あまりにもたくさんあって、何から話せばいいか迷ってしまう。土壇場どたんばで道を切り開く、目も覚めるような自傷策じしょうさく。目的のためなら情を切り捨て、犠牲ぎせいをいとわないような倫理観りんりかん。しまいには、あの刀を抜いた時だけ爆発的に向上する運動能力。どれもこれも、弓丸と出会う前の私には無かったものだ。

 

「なんて言えばいいか分からないんだけど……前の私じゃない、みたいな時が、最近よくあるの」

「……じゃあ、ここ数日、心臓が痛くなったりしたことは?」

「えーっと……今日の朝、鎮場神社の中で急に心臓がしぼられるような痛みがして、床に倒れちゃった。あ、でもすぐにおさまったから大丈夫だと」

「そうか……」


 弓丸が、頭を抱えてその場に座り込んだ。そのまま顔を上げることもせず、しーんと黙りこくっている。当然、そんなただごとでない様子に、私含め三人とも彼の方へと目を向ける。


「あの、弓丸……? 説明してほしいなー、なんて……」


 そう話しかけると、弓丸はふらふらと顔を上げて私の元に歩み寄り、そしてまた、床の上に座り込んでうなだれた。何を落ち込んでいるのかは分からないが、そんな態度を取られるとこっちまで不安になってくる。弓丸は下を向いたまま、悪い点数のテスト結果を報告する時のように話し始める。


「すまない、藍果……君にだけは、あの刀を渡しちゃいけなかった。血を混ぜたことも、化生や禍者と接触させてしまったことも、あの洞穴に入れてしまったことも……全部、間違いだった」

「ゆ、弓丸……?」


 その小さな肩に手を伸ばせば、彼はがばりと私を見上げた。眉尻を下げて、今にも泣き出しそうな顔で。


「『早我見』とその刀について、君に説明しなきゃいけないことがある。他の二人も聞いてくれるか」


***


「僕は芳帖ほうじょうという家に生まれた。そこまでは前に話しただろう」

「うん」

「聞いた聞いた。へびわれたせいで神様になったんだろ」

へびわれて 、そのあとまつられたことで神様になったんですわ。大雑把おおざっぱですわね」

「オメーは一言多いんだよ」

「いま私をオメーと呼んだんですの?」


 秘密の通路にダイブどころではなくなってしまったので、私たちは今、四人並んで保健室のソファに座っている。一応全員座れる分だけのスペースはあるのだが、稀瑠れあるは隣の而葉さんからできるだけ距離を取り、ソファの肘置ひじおきの部分に乗っていた。よっぽど馬が合わないらしい。


「……できるだけ手短に話すから聞いてくれ。いいか、まず芳帖ほうじょうには、何代にも渡って懇意こんいにしていた〈早我見さがみ〉という家があったんだ。芳帖家が早我見家から妻を取り、早我見家が芳帖家から妻を取り、そうやって結びつきを強めてきた。要するに同盟関係だな」

「なんかそれ、あんまよくねーんじゃねぇか? どういうメリットがあんだよ」


 稀瑠れあるが口をとがらせて抗議こうぎする。確かに、現代では婚姻こんいん関係が濃くなってしまうことは推奨すいしょうされていない。できてもいとこ婚までだし、叔母おばおいの近さになると結婚はできない。けれど、八百年前となると話は違ってくる。当時は、現代の法律もなければ、遺伝いでんの仕組みだって知られていなかったはずだ。


「メリットは色々ある。相手の家の子が自分の家の孫になったりするわけだから、殺し合いや裏切りがそうそう起きなくなるだろう? 家格かかく……家柄いえがらとしては早我見さがみの方が少し高かったくらいなんだけど、何かあれば援軍えんぐんを出し合ったり、まぁそこそこ上手くやってきた間柄あいだがらだった」

「で、起きたんですの? 殺し合い」


 次に軽口をたたいてきたのは而葉しかるばさんだ。紙芝居を観ている子どものように、なんだかニコニコわくわくしている。


「話を聞いてなかったのか? 僕の父上だって早我見の当主と幼馴染おさななじみだ。それに、争いが起きればたみが死に、田畑は荒れ、米は不作になる。領地も川を挟んで隣だったし、何か起きれば他人事ひとごとじゃない。できるだけ穏やかに暮らせるよう、そうやって同盟関係を育ててきたんだ」

「へぇ……なかなか強固な絆がおありでしたのね」

「馬鹿にしてるのか? まぁいい、これで家の話は一旦終わりだ。それでその、刀のことなんだが」


 弓丸が私の持っている短刀を指差す。今はさやの中にしまっている。そのさやには、前までなかったはずの紋様もんようが浮かび上がっていた。菱形ひしがたをいくつかに分割して、精緻せいちな線で結び合わせたような金色の紋様もんようだ。


「あの洞穴ほらあなから出た後、その刀がさやから抜けなくなっていただろう。だからほら、結局君に……えっと」

「おんぶに抱っこで」


 而葉さんがまた茶々を入れる。而葉さんは弓丸に対して丁寧な態度を取る方だと思っていたけれど、実は慇懃無礼いんぎんぶれいというやつなのかもしれない。


「……運んでもらってしまったというわけだけど。思えば、あの時にはすでに変化が始まっていた、ということなんだろう」


 弓丸が私の手から短刀を取り、「まばたきしてみて」と言う。言われた通りにして目を開くと、短刀は私の手元へと戻っていた。


「えっ……えっ!? 今こっそり置いた?」

「いいや」

「うぉぉすげぇ! サガミン、別にこいつは何もしてなかったぜ。実はマジシャンなのかも」


 こいつ、という言葉に弓丸はチラッと稀瑠を見たが、特に触れることなく話を続ける。

 

「……もう、その刀は君にいてしまったんだ。仮に横から奪っても、それはなかったことになる。まがひめに化生を取り込まされることで、禍者として化け物を使役できる力が手に入るのと同じように――僕からその刀を受け取った君は、それによって力を得た。そういうことだ」

「同じように、ということは……何か代償がありそうですわね」

「……も、もしかして、このままだと日向ひなたさんみたいになっちゃうってこと?」


 ヤドリづたの実に体をおかされ、脚さえもつたの一部となって洞窟をおおくしていた禍者――日向さんの姿がよみがえる。自分が誰なのかもよく分からなくなって、手当たり次第に人を襲って、力におぼれながら終わりを待つ……そんなの、絶対に嫌だ。


「このまま憑かれた状態を放置すれば、やがて身を滅ぼすという点は同じだ。ただ、細かいところは違う。そもそもこの刀が君に”く”までは、化生けしょうのようなを遠ざける守り刀であり、僕の移動手段でしかなかったはずなんだ」


 弓丸が、短刀にそっと手を重ね、金色の紋様もんようが浮き出た表面をでる。その目は短刀に注がれながらも、どこか遠くを見ているように思えた。


「この刀は、〈宿世渡すくせわたり〉と呼ばれていた。僕が生まれる前から、〈早我見さがみ〉の家がひっそりと保管していたものだ」

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