メインアクター

葉桜

プロローグ

 桜木さくらぎ拓海たくみが小学五年の冬、妹のつぼみは死んだ。あれから何年も経った今でも、拓海はそのときのことを鮮明に思い出せる。その日、拓海は蕾と幼馴染の松永まつなが美紀みきと一緒に、近所の公園で遊んでいた。道路には雪が降り積もり、灰色の空が寒そうな夕方だった。

 きっかけは何気ない喧嘩だった。見たいテレビが始まるという理由で、拓海は家に帰ろうとした。しかし、蕾はまだ外で遊びたいらしく、ムスッとした顔で駄々をこね始めた。

「お兄ちゃん、私、まだ帰りたくない」

「そんなに遊びたいのなら、美紀とふたりで遊んでろ」

「ダメだよ。家の外ではお兄ちゃんと一緒だって、ママと約束したでしょ?」

「うるさい! 俺は先に帰るからな!」

 後ろから「ちょっと拓海!」と、美紀の声が追い掛けてくる。拓海は道路が滑りやすいのも無視して、逃げるように家への道を走った。ここ最近、蕾はいろいろとズルすぎる。冷蔵庫の拓海のプリンを勝手に食べたりしていたし、夕食時のテレビも、蕾の見たい番組ばかり見るようになっていた。

 だから、拓海は蕾を置き去りにした。履き慣れた運動靴が雪のアスファルトを蹴る。蕾はまた泣くだろうか。それなら怒られるのは自分だなと考えたとき、後ろから追い掛けてきていたはずの美紀が、不意に悲鳴のようなものを上げた。

 後方で車のクラクションと激しいブレーキ音が響き、拓海は思わず振り向いていた。まだ小学生の拓海の目に、道路に飛び散る赤く恐ろしいものと、呆然と立ちすくむ美紀の姿が映る。その日、桜木蕾はわずか八歳の若さでこの世を去った――。

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