第24話 変わりゆく日常
「俺、またレベル上がっちゃったぜ!また一歩強くなったって感じだな!」
田中 一樹くんの大きな声が、昼休みの教室に響き渡る。
彼の周りには藤崎 美穂さんや、取り巻きの大野 拓真くん、山口 大輝くんがいる。
彼らは、田中くんがダンジョンでの成果を誇らしげに話すのを聞きながら、口々に感心しているようだった。
私はその様子を少し離れた席から眺めながら、宮下 莉奈、鈴木 奈央、岡田 茜の三人とランチをしていた。
「田中くん、またダンジョンに行ったみたいね。ほんと、最近そればっかりじゃない?」
莉奈が半ば呆れたように言うと、奈央も少し苦笑いしながらうなずく。
「うん、さっきも自慢げに話してたよね。確かにすごいかもしれないけど、私たちにはあんなの無理だよね…怖いもん」
奈央が小さな声で言いながら、お弁当箱のふたを閉じた。
茜は、その様子をちらっと見て
「それにしても、レベルアップしたら何が変わるんだろうね?」
と、興味津々といった表情で呟いた。
「まあ、強くなれるとか、いろいろって言うけど…それにしたって、わざわざ危険なことしてまで挑む意味があるのか、私には分からないなぁ」
私は何気なくそう言いながら、ダンジョンに挑むことについて深く考えたことがなかった自分に気づく。
すると、田中くんがまたこちらに聞こえるような大きな声で話し始めた。
「お前らも行けばわかるって。あのスリルを味わったら、もう普通の生活には戻れないぜ。なんなら今度一緒にどうだ?」
彼が周りの子たちに話しかけると、教室の雰囲気が少しざわつき始めた。
「いやいや、ちょっと無理だって。怖いし、怪我でもしたらどうするの?」
友人の一人がそう言うと、田中くんは鼻で笑いながら肩をすくめた。
「怪我?そんなの気にしてたら何もできねえよ。まあ、弱い奴には無理かもな」
教室の隅にいる私たちのところまで、その言葉が聞こえてきた。
莉奈がため息をつきながら
「ほんと、いつもああいう感じだよね」
と言って顔をしかめる。
「美咲も、田中くんみたいにダンジョンに挑戦してみたいって思ったことある?」
茜が私にそう尋ねてきた。
「うーん…私はあんなの無理だよ。怖いし、怪我でもしたらと思うと考えただけで嫌かな」
私は素直な気持ちを口にした。
ダンジョンに入ってレベルを上げるとか、正直考えたこともない。
いくらレベルアップすればすごいって言われても、自分にとってはまったく現実的じゃないし、魅力的に思えないのだ。
「うん、私も無理。だって、私たち普通に学校生活があるんだし、わざわざ危険なことする必要ないよね?」
奈央が、私と同じような気持ちを表にしてくれると、莉奈もうなずいた。
「その通り。安全第一だよね。私も怖くて無理だと思うし、普通の生活で十分だよ」
彼女は、楽しそうに頷きながらお弁当を食べ続けた。
クラスメイトたちも、田中くんの話に最初こそ興味津々で耳を傾けていたが、みんな次第に興味を失ったように自分たちの話題に戻り始めた。
ダンジョンに挑戦して、レベルを上げるなんて、一部の冒険好きな人たちにとっては刺激的なのかもしれないけれど、私たちには日常の生活の方が大切だった。
田中くんが誇らしげに話しているのを見ながら、私は改めて思った。
「ダンジョンなんて、自分には関係のない場所だな」と。
放課後、私が家に帰ると、家族がリビングでニュースを見ているところだった。
ダンジョンの話題はテレビでも取り上げられていて、日々のニュースはほとんどがダンジョン絡みになっている気がする。
「ただいま。」
「おかえり、美咲。見てごらん、またダンジョンの話だよ。」
父は私に手招きして、ソファの隣に座るよう促す。
「また?最近、ずっとダンジョンの話だよね。」
「そうだな。それだけあのダンジョンが世界を変えつつあるってことだ。」
父はテレビを指しながら言った。
画面には、新たな階層の発見や、ダンジョンの中で見つかった不思議な鉱石の話題が映し出されていた。
政府の人たちがその鉱石についての説明をしていて、どうやら新しいエネルギー源になる可能性があるらしい。
「エネルギー源って、本当に?」
私は驚いて、テレビに見入った。
ダンジョンは単なる未知の世界の入り口でしかないと思っていたのに、現実の世界にまで影響を与えるようなものになっているなんて。
「そう。これまでの石油やガスじゃなくて、もっと効率の良いものが見つかるかもしれないって話だ。」
父が少し真剣な表情で言うのを見て、私は思わず聞き返した。
「でも、まだ入るのは危険なんじゃないの?怪我とか、行方不明になった人もいるって聞いたよ。」
「確かに危険もあるが…それ以上に魅力的なものがあるから、人々が挑戦してしまうんだろうな。」
父は目を伏せながら答えた。
その表情には、どこか複雑なものが含まれていた。
母も私たちの会話に加わった。
「でも、美咲にはそんな危険なところに行ってほしくないわ。普通に生活しているだけで、充分だと思うのに。」
「もちろん、行くつもりはないよ。」
私は母の言葉に答えながら、心の中で少しだけ違和感を覚えた。
周囲でダンジョンに入ってレベルアップをしている子たちもいるけど、自分には縁のないものだとずっと思っていた。
けれど、ダンジョンがこんな風に世界の根本から変えていくかもしれないと思うと、何か胸の奥がざわつくのを感じる。
そんな私の考えを察したのか、父は優しい目で私を見つめて話を続けた。
「美咲、ダンジョンができてから世の中はどんどん変わっていく。例えば、俺たちの仕事だって影響を受けている。金属加工の仕事は減る一方で、代わりにダンジョンでしか手に入らない素材を扱うような仕事が増えているんだ。」
「え?お父さんの工場でも、ダンジョンの素材を扱うことになってるの?」
「まだ本格的には扱ってないが、近い将来そうなるかもしれない。今までの機械じゃ追いつかなくなる可能性もあるし、俺たちの時代の仕事がこのまま続けられる保証はない。…お前も、これから生きていく中でこういう変化に対応しなきゃならないかもしれないんだ。」
父はそう言いながら、少し寂しそうに微笑んだ。
私はその言葉を聞いて、改めてダンジョンの影響力の大きさに気づかされた。
ダンジョンは単に冒険する場所じゃなくて、世界そのものを変える力を持っている。
父の仕事まで脅かされるような存在ならば、私たちの未来もまた、確実に変わっていくのかもしれない。
母もまた心配そうに父の方を見つめている。
「でも、私たちにはどうすることもできないものね。今はまだ、ダンジョンの影響がどれほどのものかなんて、予測もつかないし。」
「そうだな。まだ分からないことが多すぎる。それでも、美咲、こういう時代に生きるっていうのは、きっと大変なこともあると思う。だからこそ、自分の足でしっかり立っていく力を身につけていかなくちゃならない。」
父はそう言って、私の肩をそっと叩いた。
私はその言葉を胸に刻むように聞きながら、どこか迷いのある自分に気づいていた。
田中くんが自慢げに話していたレベルアップの話が、単なる自己満足ではないこともあるのかもしれないと、初めてそう思ったのだ。
家族と一緒にリビングで過ごす中、テレビのニュースは次々とダンジョンの話題を報じていた。
父の仕事、未来の生活、変わりゆく世界の中で、自分がどう生きていくのか。
まだ答えは見つからないけれど、ダンジョンの存在が確実に何かを動かし始めていることだけは、実感として胸に響いていた。
夜中に目が覚めてしまった。
もう一度、寝ようと何度も寝返りを打っても、どうしても眠れない。
頭の中には、今日の学校でのことがぐるぐると渦巻いていた。
田中くんがレベルアップしたことを自慢していた場面や、クラスメイトたちがダンジョンについて興奮気味に話していた様子が、思い出されては消える。
「はぁ…」
一つため息をついて、私はベッドからそっと抜け出した。
こんな夜は、冷たい水を飲んで心を落ち着けたほうが良いかもしれない。
階段を静かに下りて、リビングへ向かうと、薄暗い明かりの中で、父と母が話しているのが聞こえてきた。
「不渡りが出るまで、まだ余裕はあるとはいえ、このまま行けば工場も、あと2年も持たないだろうな…」
父の落ち着いた、でもどこか重たい声が耳に届く。
私は思わずその場で立ち止まり、聞き耳を立てた。
聞いてはいけない話だとは思いつつも、両親の会話から目が離せなくなってしまう。
「そんな…何か方法はないの?」
母の声には不安と焦りが混ざっている。
「金属加工の仕事は減るばかりだ。今までは機械を借り入れて工場を拡張してきたけれど、その借り入れた機械も、ダンジョンの素材が出回り始めてからはほとんど使い道がなくなってきてる。今のままじゃ、うちの工場は時代遅れになっていくだけだよ。」
父の声には、どこか諦めの色がにじんでいる。
私は喉がきゅっと締まるような思いで、その言葉を聞いていた。
「でも、まだ不渡りが出たわけじゃないんだし…今は様子を見るしかないわよね。何かしら新しい仕事が入ってくるかもしれないし。」
母が希望を見出そうとするように励ますけれど、その声にはかすかな震えがあった。
「それもそうだな。ただ、このままダンジョンの影響が続くようなら、そう簡単にはいかない。ダンジョンでしか手に入らない素材がどんどん市場に出てきたら、俺たちの仕事は追いつかなくなるかもしれない。」
父は頭を抱えるようにして、重々しく言葉を続けた。
「美咲にも、今から少しずつ心構えをさせておくべきかもしれないな。今はまだ高校生だが、いずれは自分でしっかりと道を選ばなくてはならない時が来る。」
私の名前が出てきて、心臓がどきっと跳ねる。
聞くべきでなかったかもしれない。
でも、こんな話を聞いてしまった以上、今の生活がいつまでも続くわけではないことを痛感する。
父が抱えている不安を思うと、胸が締め付けられるような気がした。
私は足音を立てないように、その場を離れ、自分の部屋へ戻った。
布団の中に潜り込みながら、ただ父の言葉が頭の中でリピートされる。
「2年…持たないかもしれない。」
ダンジョンが現れてから、私たちの生活が少しずつ変わり始めていた。
そう感じてはいたけれど、まさかこんな形で父の仕事が影響を受けているなんて思いもしなかった。
静かな夜の暗闇の中で、私は一人、その事実を抱え込んで目を閉じたが、すぐには眠ることができなかった。
家族のために私ができることは何だろう。考えれば考えるほど、不安が深く胸に沈んでいくようだった。
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