第六話 パジャマ・パーティー
家に泊まりたいという美咲の希望に、ひばりは戸惑った。家族の許可がないというのはもちろんだが、ひばりは同年代の人と、一晩ふたりで過ごす経験をしたことがない。
「ごめん。美咲にも帰ってほしいな」
「変なことはしないし、絶対に後悔させないから、どうかお泊りさせてくれない?」
「……わかった。そこまで言うならいいよ」
美咲は嬉しそうにキッチンへ歩いた。
「さっそく夕飯作ろうか。家にある食材を確認したいんだけど、冷蔵庫開けてもいい?」
ひばりがうなずくと、美咲は冷蔵庫を開けた。そこにあったのは、豚肉、キャベツ、長ネギなど。続けて、台所の調味料スペースを確認すると、基本的なものの他にテンメンジャンがあった。美咲は「この材料ならアレだね!」と、お米を電子レンジに入れた。
その後、美咲はまな板と包丁を取り出し、キャベツと長ネギを切った。続けてフライパンを熱し、油と豚肉を入れる。美咲は豚肉の色が変わったら、キャベツと長ネギも投入して、調味料を加えた。
「慣れてるね。いいお嫁さんになりそう!」
「ただ炒めてるだけだって。それと、私は多分、いいお嫁さんにはなれないと思うよ」
「謙虚だね。そんな否定しなくていいのに」
ここで料理が完成した。美咲が炒めた野菜と肉を、フライパンから皿に移す。ちょうどいいタイミングでお米も温め終わり、ふたりはできた料理をダイニングへ運んだ。
テーブルに向かい合って座る。「いただきます」をして食べ始めると、美咲は「この料理の名前、なんでしょう?」と尋ねてきた。
「シンプルだけど、肉野菜炒めかな?」
「違う。テンメンジャンというタレを使ったから、ホイコーローだよ。でも、今日のホイコーローにはピーマンが入ってないんだ」
ひばりは食べながら、確かにピーマンがないことに気付いた。
「ピーマンなしでもおいしいでしょ?」
「おいしいよ。美咲の料理の腕のおかげだね」
「ありがとう。でも、私が言いたいのはそうじゃない。今日はピーマンがなくてもホイコーローにできた。つまり、ひとつくらい食材がなくても、他の食材で補えば、料理として成立するってことが言いたいの」
「でも、ホイコーローにとってピーマンは引き立て役だよ? もし切れてたのが豚肉だったら、野菜炒めになってた。一番大切な食材がないと、料理として成立しないと思う」
「そうだね。やっぱり主役なら大事だよね」
「美咲、さっきから何か隠してる?」
美咲は「誰だって、秘密のひとつくらい持ってると思うよ」とコップの麦茶を飲んだ。
夕食後、美咲がいたずらっぽい表情で、「一緒にお風呂入らない?」と尋ねてきた。
「そういうことはしない約束でしょ?」
「やっぱりダメか。いや、冗談だよ」
ひばりは美咲の今みたいなところが苦手だ。冗談のつもりと後から言っても、全く冗談に聞こえない。それに、さっきの食事中の会話も、料理とは関係ない、別の重要なことを伝えようとしている気がした。
「美咲、お願いがある。今、美咲が考えてることを、嘘偽りなく話して?」
ひばりが声のトーンを下げると、ようやく美咲が真面目な表情になった。
「私は何年先もひばりの隣にいたい。でも未来は不確定で、ずっと一緒は難しい。三手先を読んでも、未来なんて保証できないよ。そして、この気持ちも一方通行だから、早く両想いになりたいと思ってた」
「……まだ何か隠してるでしょ?」
すると、美咲は疲れた顔でこう言った。
「さっきからそっちばかり要求できてズルくない? もし何か隠してるとして、今の状況じゃ打ち明けないよ?」
「じゃあ、告白の返事だけど、後期の文化祭が終わるまでに返答するよ」
「ありがとう。でも、約束してくれたところ悪いけど、秘密はみんながいるときに話すことにするよ。まとめると、私はひばりのことが大好きってこと!」
相変わらずの下手くそな言葉で、誤魔化そうとする美咲。でも、最終的には話してくれるつもりらしい。ひばりは「わかったよ」と表情を緩め、風呂場に歩いた。
「本当にお風呂、入れてくれるんだ?」
「入るのはひとりずつだけどね!」
「わかってる。じゃあ、ひばりが湯舟洗ってる間に、さっき使った食器を洗っておくね」
美咲の足音が遠ざかっていく。柄ではないが、ひばりは新婚夫婦みたいだなと思った。
それからふたりは風呂を済ませて、パジャマに着替えようとしたが、ここで美咲が大きな声を出した。
「あっ、パジャマ持ってくるの忘れた!」
ひばりは機転を利かせて、クローゼットから水色のパジャマを取り出した。
「これ、私の昔のパジャマ。私はあのピンク色のを使うから、美咲はこれ使って?」
美咲は鼻歌を歌いながら、水色のパジャマに着替えた。「ひばりの匂いがする!」と浮かれる彼女の頭を「変態みたいなこと言わないでよ」とタオルの鞭で打つ。
「ちょっと下に行って薬飲んでくるね」
美咲が一階に降りていく。ひばりは見られないうちに、ピンク色のパジャマに着替えた。数分後、ひばりの部屋に戻ってきた美咲の手には、チョコレートの袋が握られていた。
「あれ? 私、みんな用のお菓子を用意したとき、チョコなんて買ったっけ?」
「これは私が自分の家から持ってきたブランデーチョコ。菓子類は年齢制限ないから合法だよ。私、ずっと前から、ブランデーチョコで酔えるか気になってたから、今日はその検証として食べるの」
美咲は図々しく話すと、袋を開けた。中には小さなチョコの粒が、十数個乗った受け皿がある。それからふたりは創作サークルの話や高校時代の話など、自由に語り合いながらブランデーチョコを食べた。受け皿のチョコが全部なくなったとき、ひばりは自分が酔っている感じはしなかったが、美咲は普段より、だいぶ陽気になっていた。
「私は酔ってないけど、美咲はグレーかもね」
「私も全然酔ってないよー。まだまだ足りないから、スーパーで買い足してこよう?」
「もう十時回ったから閉まっちゃってるよ」
外着に着替えようとする美咲を止める。不意にはだけた美咲の肩にドキッとしたら、それを気付かれてしまった。
「今、色っぽいと思ったでしょ?」
「うるさい! 今日はもう寝なさい!」
美咲は「お母さんみたい」と愚痴りながら、ひばりのベッドに身を預けた。ひばりは両親の部屋のベッドを使おうか悩んだが、面倒に感じたので一緒に寝ることにした。
その夜、ひばりの夢におじいちゃんが出てきた。優しそうな顔、しわだらけの手。その姿は驚くほど鮮明で、ひばりは夢だとわかりながら、おじいちゃんとの会話を楽しんだ。
ふと目が覚め、時計を確認すると、早朝五時だった。続けて自分の隣を見て、ひばりは大きな声を出した――美咲がいないのだ。
「美咲! どこ行ったの⁉」
さっき見た夢のこともあり、ひばりの頭におじいちゃんが亡くなったときのことが浮かぶ。と、不意にドアが開く音がして、ひばりは玄関へ走った。外着姿の美咲の片手には、コンビニのレジ袋が握られていた。
「たくさんお世話になったし、お礼を買ってきた。モンブラン、好きでしょ? 初めて一緒に学食食べたときも、注文してたし」
「急にいなくなったから心配したよ」
「ごめんごめん。それにしても、早起きは三文の徳って本当なんだね!」
「何かいいことでもあったの?」
すると、美咲はジーパンのポケットから自分のスマホを取り出した。そのホーム画面には、ひばりの寝顔が設定されていた。
「ちょっと、勝手に私の写真撮らないでよ」
「ひばりの寝顔、ずっと撮りたかったの。今日から辛いときは、これ見て元気出すよ」
「もう、好きにすればいいじゃん!」
「すねた顔も可愛い! そういうことで、昨日と今日はありがとね。じゃあ、またね」
美咲は楽しそうに手を振りながら、家を出ていった。彼女はお泊り会で、いつもよりはしゃぎ気味だったが、今、お礼を奢ってくれたように、ひばりのことを気遣ってくれている。そんな美咲との毎日を、これからも大切にしていこうと、ひばりは考えた。
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