過労死した俺、今度は異世界で影の力を駆使して死なない程度に頑張ります。

疾風

第1話 異世界へ

 神谷悠斗かみやゆうとは、毎日、仕事に追われる日々を過ごしていた。彼が勤める会社は、いわゆる「ブラック企業」。朝から晩まで働き詰めで、休む暇もない。上司の命令に従わなければならず、ミスをすれば容赦ない叱責が待っている。残業は当たり前、休日もほとんど無い。彼の体は限界に達していた。

 

 ある日の深夜、パソコンの画面に映し出された資料を見つめながら、彼の意識はどんどん薄れていく。頭が重くなり、目の前が次第にぼやけ、心臓が激しく脈を打ち始めた。


「限界だよ……」


 悠斗はついに机に突っ伏し、そのまま意識を失った。


 *


 目を覚ましたとき、悠斗は真っ白な空間にいた。天井も床も存在しない、無限に広がる何か。自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのかが全くわからなかった。

 

「ここは……?」


 悠斗が立ち上がると、突然、頭の中に声が響く。


「神谷悠斗、汝は選ばし者である。新たなる世界へと旅立つ運命……」


 悠斗は何が何だかわからなかったがひとまずその言葉に耳を傾ける。


「……何だ?選ばれた?新たな世界?」


 すると、白い空間が急に歪み始め、悠斗の体はゆっくりと吸い込まれるように沈んでいった。もがこうとしたが、体が動かない。次の瞬間、光が一閃し、視界が真っ暗になった。


 悠斗が次に目を覚ましたのは、見知らぬ場所だった。彼が立っていたのは、広大な草原の真ん中。周囲を見渡すと、見たこともない巨大な樹木や奇妙な形の山々が連なり、目の前には青空が広がっていた。だが、その空には、ありえないものが浮かんでいた。2つの太陽が、まるで悠斗を見下ろすように輝いていたのだ。


「ここは……?」


 悪い夢でも見たのか。悠斗は真っ先にそう考えた。だがそれはすぐに否定されることとなる。


『ごめんごめん!ろくな説明もせずにそっちの世界に飛ばしちゃった』


 先ほど選ばれし者がどうのこうのと言っていた声が、なんともフランクな様子で声をかけてきたのだ。

 悠斗はその声を聞き、あたりを見渡すが人影はない。


 「どこにいるんだ?世界に飛ばした?一体何を言ってんだ?」


『どんだけ、周りを見渡してもいないよ。だって俺神だもん。天の声ってやつよ』


「天の声??」


『そうそう。こっちの操作ミスでさ。おまえに色々と説明する前に送り込んじゃったから今から説明するわ。OK?』


「全く状況は飲み込めないがとりあえず説明をよろしく頼む」


 悠斗は、何が何やら全くわからなかったが、一先ず天の声の話を聞くことにした。


『まぁ、あれだよ。簡単にいうと異世界転移ってやつだ。生前のお前があまりにも不憫に思ってさ。セカンドチャンスをやろうと思ってさ』


 天の声は、軽いノリでそう述べる。悠斗は苦笑いを浮かべるしかない状況である。


「全く理解できなんだが……」


『まぁ、細けぇことは気にすんな。第二の人生楽しめよ。きっと次の人生では女の子とあんなことやこんなことできるからさ。まぁ頑張れ。そんじゃあ、俺は忙しいんでこれで』


「あっ!おいっ!」


 雑な言葉を残して、天の声は消えてしまった。

 悠斗はまだ、信じがたい気持ちで立ち尽くている。だが、体の感覚は確かにリアルで、どうやら夢ではないようだ。

 冷静さを取り戻そうとしながらも、悠斗の頭の中は混乱していた。この世界でどうすれば良いのか、どこに行けば良いのか、何も分からない。


「とにかく、動き出すか……。せっかくだしあのよくわからん神様とかいうやつが言っていたように、とりあえず楽しもう」


 悠斗は周囲の景色を見渡しながら歩き出す。草原を歩くうちに、遠くに小さな集落らしきものが見えた。


「ひとまずあそこを目指そう」


 *

 

 どれだけ歩いただろうか、悠斗の体はすでに限界を迎えつつあった。異世界に突然放り込まれ、何も食べていないことに気付いた悠斗の腹は鳴り続けていた。


「腹減った……」


 そう呟いた直後、足元がふらつき、視界がぼやける。体は力を失い、その場に倒れ込んだ。全身が冷たい地面に触れ、意識が遠のいていく。


「このまま、死ぬのか……?いや、そもそも俺は死んだからここにいるのか?ははは。1日に2回も死ぬなんてレア体験すぎる」


 悠斗はかすかな後悔を感じながら、目を閉じようとした。そのとき、微かに人の気配が近づいてくるのを感じた。


「……大丈夫?」


 優しい声が耳に届き、薄れる意識の中で彼は声の主を見上げた。そこには、淡い栗色の髪が風に揺れる女性の姿があった。その瞳は深い緑色をしており、まるで森の中の泉のように澄んでいた。

 最後にこんな美少女に会えるとは、眼福だ。悠斗はそう思いながら再び目を閉じた。


「倒れてる……しっかりして!」


 その女性が慌てて近づいてきて、悠斗を抱き起こす。彼女は彼の口元に水筒をあてがい、水を流し込んだ。悠斗はその冷たさに少し意識を取り戻し、なんとか目を開けた。


「う……うぅ。君は……?」


 「私はリリーナ。そこにあるファリーナ村の住民。あなたは旅人?」


 悠斗はうなずくことしかできず、リリーナは優しく微笑んだ。


「俺って……。なんなんだろう?」


 悠斗はそう言いながら再び意識を失った。


「ちょっと!旅人さん!ちょっと〜!」


 *


 「う……。うぅ。はっ⁉︎俺は一体何を」


 悠斗が目を覚ますとそこは屋内だった。


「やっと目が覚めた。大丈夫?」


 リリーナが声をかける。


「あぁ、なんとか。ここは?」


「ここは私のお家。それよりお腹が空いてるみたいだったから、これを食べて。まだ体力が戻ってないでしょう?」


 リリーナはそう言ってスープを差し出す。

 悠斗はそのスープを一口飲むと、優しい味が体の中に染み渡り、涙がこみ上げてきた。現代での忙しさや孤独感から解放され、異世界で初めて感じた温もりに、思わず感謝の言葉が口をついて出た。


「ありがとう……リリーナさん」


 「ちょっと、急に泣かないでよ!どういたしましてだけれども、そんなに大層なことはしてないから!それにしてもあなたは何者?」


 リリーナは微笑みながら、静かに悠斗を見つめた。


「俺は、神谷悠斗。それ以外はよくわからん。気づいたらここにいたんだ」


「カミヤユウト?変な名前〜!」


「適当にユウトでもなんでも呼んでくれ」


 そうか、こっちの世界で日本人の名前を出したらおかしいのか。そりゃあそうだよな。悠斗はそう思った。


「おっ!目を覚ましたかい。兄ちゃん」


 家の奥から、優しそうな顔立ちの中年の男が現れた。歳は、50前後だろうか?悠斗はその男の光を感じられないどこか死んだ魚のような瞳が気になった。


 「この人は、私のお父さん。君をここまで運ぶのを手伝ってもらったの」


「そうだったのか。ありがとうございます」


 悠斗は、リリーナの父に会釈をしつつお礼を言った。


「良いってことよ!それより体は元気になったかい?」


「そりゃあもう元気になりました!色々とありがとうございます!美味しくいただいております」


「特段、豪勢なものはふるまえなくてすまねぇな。まぁ、ゆっくりしていってくれ」


 リリーナのお父さんは、そのまままたどこかに行ってしまった。

 どこか張り付いたような笑顔のリリーナの父親の表情をして去って行った。

 悠斗は、その姿を見て既視感を感じると同時にとても心配になった。


「君のお父さん。だいぶ疲れているのではないかい?」


「うん……。あまり、仕事がうまく行ってないみたいで……。お父さん、私になんの仕事をしてるかは教えてくれないし。どうすれば元気になってくれるかわからなくて……」


「そっか……。ごめん。人の家の事情にズカズカと。そんな状況の中親切にしてもらって、ありがとうの言葉しかない」


「良いのよ。こちらこそ、変な話しちゃってごめんなさい。困ってる時は助け合いだから!」


 少し、暗い雰囲気になってしまったことを感じた悠斗はここで一気に話を転換しようと試みる。


「俺、このへんのことよくわからなくてさ。どこか、この村とかここら辺の地域のことをなんとなく知れる場所とかあるかな?」


「……。それなら、酒場があるよ!結局ああいうところに情報って集約するんだよね」


 リリーナは、突然話が変わったことに少し驚いたが悠斗なりの優しさだろうと察して、快く質問に答える。


「ありがとう。行ってみるよ」

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