9.領地再生計画 ⑥

「そう。ただ、この計画を実現するためには、一つ重要なことがあるんだ」


 少し勿体ぶるように間を取り、ユーリはゆっくりと口を開いた。


「そ、それは……なんですの?」


 ユーリの言葉に、オフィーリアは戸惑いながらも、ゴクリと喉を鳴らした。


「そう……それは、農作物の安定供給が不可欠だってこと。美味しいお菓子もパンも食べ物も、すべては農民がいなくては始まらないんだ!」


 ユーリは、オフィーリアに言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「そ、それは、そうですわね……ですが……レーベルク男爵領から農民は減少していますわ……」


 オフィーリアは信じられない現実を突きつけられたような表情で、椅子へと腰を下ろした。

 その隣で、リーゼロッテが「まったく、何を二人でしているのやら」と冷めた表情で、レーベルク男爵領に不足している点を指摘する。


「新しい職人や、そのパサージュとかいう建物も必要ではありませんか?」

「ロッテはのりが悪いな~」


 ユーリがぼやきながら腰を下ろすと、オフィーリアが前のめりになって尋ねてきた。


「それで、それで、貴方様は、農民を増やして夢の国をつくる具体的な案をお持ちなのですよね?」


 少し考えたユーリは頷き、指を折りながら説明を始めた。


「そうだね、まずは十分の三税を廃止して、領主が生産した農作物を一括購入する。次に、農作業に必要な物資を領主が購入して貸与。最後に、農業技術の指導と教育」


 前世の農協を思い出しながら、ユーリは次々とアイデアを挙げていく。


「それから、新しい職人や店舗従業員の教育は後宮で領地の女性を雇って行う。レシピや調味料は商人ギフトで手に入れるとして、ついでに店舗も商人ギフトで購入しようか」


 その言葉に、オフィーリアとリーゼロッテは同時に目を見開いた。


「そんなものまで購入できますの?」

「そんなものまで購入できるのですか?」

「商人ギフトはお金さえあれば、買えないものはないからね。……お金さえあれば、だけど」


 ユーリは二人の反応に満足しながら、鼻を高くして答えた。

 オフィーリアが苦笑しながら、そっと呟く。


「贈り物としていただいた宝石で、足りますかしら……」


 リーゼロッテも少し遠い目をしながら、未来の変革に思いを馳せる。


「ギルドの大改革に市場の整備、新たな店舗の建設、それにルナ=ノワール商会のことも考えると、忙しくなりそうですわね……」


 それを聞いたユーリは、クロエに向かって尋ねた。


「クロエ、計算が得意って聞いたんだけど、ロッテの手伝いをお願いしてもいい?」

「はい、ご期待に必ずお応えします」


 クロエは控えめに微笑み、頷いた。


「では早速、ギルド改革案の草案を練りましょう」


 リーゼロッテが頼もしくクロエに声をかけ、クロエも真剣な顔で「はい、承知しました」と応じる。

 頷きながら立ち上がったユーリは、オフィーリアに声をかけた。


「じゃあ、ちょっと遅いけど、市場を見に行ってみようか」


 オフィーリアも立ち上がろうとした瞬間、その動きがぴたりと止まる。


「うん? どうしたの?」


 その時、背後から声がかかった。


「私をのけ者にして、旦那様は何やら楽しそうなお話をしてますのね」


 振り向くと、セリーヌが少しふくれっ面をしながらアイナを従えて立っていた。


「あ、あとでちゃんと相談するつもりだったんだよ!」


 慌てて弁明するユーリに、セリーヌは微笑を浮かべ、そっと人差し指を彼の唇に当てた。

 そして、彼の胸元に身を寄せて甘く囁く。


「ふふ、私もその旦那様が何をなさろうとしているのか、興味がありますわ……今からベッドの上で、ゆっくりお話を聞かせていただいてもよろしいかしら?」


 セリーヌの艶やかな声に、ユーリは思考が一瞬で飛び、返事をする余裕すら失った。

 すると、マーガレットが襖を静かに開け、セリーヌはユーリの腕を取り、そのまま夢想花の間へと導いていった。

 途中、セリーヌはふと足を止め、オフィーリアの方に振り返りながら誘うように声をかける。


「フィーちゃんも、もちろん来るわよね? 今日は実習も兼ねて、頑張りましょうか」


 その言葉に、オフィーリアの白い頬がわずかに熱を帯び、視線が恥ずかしそうに下へと逸れる。

 驚きと羞恥が入り混じった表情で伏せた瞳が長いまつげの陰に隠れ、ドレスの裾をぎゅっと掴む指先が小さく震えているのがユーリの目に映った。


「……セリーヌ様、わ、私も、その……あれをするのですか?」


 オフィーリアの戸惑う仕草に、セリーヌは余裕のある微笑みを浮かべ、優しく囁いた。


「フィーちゃん、旦那様を喜ばせる方法は、先日ちゃんとお教えしましたでしょう?」


 その言葉に、オフィーリアは小さく震えながら息を整え、か細い声で「……はい」と答えた。


「ちょ、セリア、これからやることが沢山あるんだから、そんなことしている暇はないと思うのだけど……」


 ユーリはささやかな逃げ道を探すかのようにセリーヌに向き直るも、腕に感じる柔らかさについ言葉が詰まってしまうのだった。

 セリーヌは甘く微笑み、まるで獲物を逃がすつもりのない瞳でユーリをじっと見つめた。


「まあまあ、まずはベッドでゆっくりお話をしましょう。少し熱を発散なさった方が、しっかりとした計画も立てられるでしょう? それに……旦那様は底なしだから、四人くらいは余裕でしょう?」

「……四人?」


 ユーリは不思議に思い顔を上げたが、その瞬間、セリーヌがにっこりと笑みを浮かべながら付け加える。


「アイナ、それから、リリィもいらっしゃい」


 セリーヌがアイナとリリィに声をかけると、アイナはまるで分かっていたかのように澄ました顔で「わかりました」と頷いた。


「ふぇっ、私もですか?」


 リリィは驚いて目を丸くし、鈴のような可愛らしい声で答えた。

 その響きにユーリの心臓は跳ね上がり、抑え込んだはずの煩悩がゆっくりと膨らんでくる。


(あの妄想が……まさか現実になるのか……)


 淡い期待が湧き上がり、理性が揺らぐのを感じた。


(くぅ、自分の節操の無さが恨めしい……)


 理性で抑えようとするも、リビドーの前では防壁も薄く、心が乱れるユーリ。

 セリーヌは彼の高まる鼓動を感じ取ったのか、目を細めからかうように囁いた。


「ふふ、リリィみたいなお淑やかで可愛らしい子、それに……胸もある子が好みなんですよね、旦那様は」


 リリィは顔を真っ赤に染め、恥ずかしさと嬉しさでどうして良いか分からず俯いてしまった。

 両手でスカートの裾をぎゅっと掴み、もじもじとするその姿が、さらに愛らしさを引き立てている。

 リリィが顔を上げると、クロエと目が合った。

 クロエは「後で感想、聞かせなさいよ」と言いたげに彼女をじっと見つめており、リリィの頭からはじわりと湯気が上がるようだった。


「お母様、リリィさんを無理に誘うのはどうかと思いますよ」


 リーゼロッテが呆れた口調で言うと、セリーヌは肩をすくめて微笑んだ。


「あら、リリィもまんざらでもなさそうよ。それが分からないようでは、リーゼもまだまだね」


 その後、リーゼロッテがリリィに優しく声をかける。


「リリィさん、嫌だったら遠慮なく断っていいのよ」


 するとリリィは顔を真っ赤にしたまま、消え入りそうな声で答えた。


「あの、えーっと、その、嫌……嫌じゃありません。もし、奥様方がお許しくださるなら、私も末席に座らせていただけると……」


 言い終えた途端、「言っちゃった」という表情で慌てて両手で顔を隠すリリィ。

 その姿を見て、セリーヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、リーゼロッテに「ほらね」と視線を送った。

 悔しそうに視線を返すリーゼロッテに、セリーヌは優雅に指示を出す。


「私の勝ちってことで、リーゼとクロエには、明日の一の鐘までに草案を仕上げてちょうだいね。明日、あの偏屈な宰相をぎゃふんと言わせるのが楽しみですもの」


 そう言ってウィンクするセリーヌに、リーゼロッテとクロエは思わず青ざめる。

 セリーヌはさらに色っぽく囁いた。


「それとも……旦那様と六人でやってみる? ベッドは空いていますわよ?」


 その誘いに、リーゼロッテはさらに真っ青になり、慌てて首を横に振った。


「草案を明日の朝までに完成させます! クロエと……」


 その返事に少し寂しそうにクロエがボソリと呟く。


「私も旦那様の末席に加えさせていただきたかったですわ……」


 その声を聞いたリーゼロッテが「えっ、貴女もなの?」と驚くが、セリーヌは安心させるようにクロエに微笑んで言った。


「大丈夫よ。貴女もフィオナも、ちゃんと数には入っていますから」


 その言葉に、クロエは安堵した様子で「奥様、ありがとうございます」と頭を下げた。

 ユーリはその様子を見て内心、複雑な気持ちに囚われる。


(あぁ、僕の知らない所でハーレムが膨れ上がっていく。ホントにガンガン行くんですね……)


 嬉しいやら恥ずかしいやらで頭を抱えるユーリ。

 しかし今のこの熱を何とかしないことには収まりそうにない。

 その様子を見ていたマーガレットが控えめに頭を下げる。


「お風呂の準備を整えておきますね」


 そう言うと、静かに部屋を後にする。


(マーガレットさん、貴方はエスパーですか!)


 内心で驚きつつも、ユーリは「そうですよね、お風呂に入らないと駄目ですよね」と納得する。


 マーガレットが退出した後、リーゼロッテとクロエは草案作成の準備に入り、オフィーリアとリリィは互いに照れくさそうに顔を見合わせている。

 そんな二人に、セリーヌが優しい微笑みを浮かべながら声をかけた。


「さあ、貴女たち。夜は長いのですから、旦那様に私たちを存分に堪能していただきましょうね」


 ユーリはその笑顔にたじろぎ、肩を落として周囲を見渡すが、自分の味方は誰もいない。

 理性も頼りにならず、結局ユーリは夢想花の間へとセリーヌに導かれ、静かに引きずられていくのだった。



 真夜中を少し過ぎたころ――。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


大人の階段上る、オフィーリアとリリィ、アイナが見たい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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