残念貴族のハーレム奮闘記 ~チートな旦那様は貧乏領地の救世主~

葛餅水雲

1.プロローグ

「ユーリ、お前の婿入り先が決定した。二と三の鐘の間に迎えが来るので、それまでに準備しておくように。それから、魔術師のギフトを持たないお前には、名門レオニダス家の家名を名乗る資格はない。分かるな」


 目の前に座る父アルベルト・フォン・レオニダスの冷たい声が書斎に響く。

 まるでダンジョンの奥に鎮座する魔物の主、オークキングのようである。

 朝早く、登庁前の父に呼び出され、書斎に足を運んでみれば、婿入りという名の追放宣言であった。


「つまり、レオニダス家から出て行け……ということでしょうか……」


 ユーリ・フォン・レオニダスは、胸に広がる冷たい痛みを抑え込もうと必死に努めたが、その声は微かに震え、動揺が隠せなかった。


「……そうだ」


 父の冷徹な視線が突き刺さるたび、心臓が重く沈んでいく。

 冷静さを保てたのは、前世の記憶と経験のおかげだったのかもしれない。

 享年三十五歳、ボッチのサラリーマン人生の教訓を胸に、他者に認められたいと勉学と剣術に打ち込んできたが、人生とはやはり思うようにはいかないものである。


 星辰の儀で魔術スキルのギフトを授からなかったその瞬間から、いつかこの日が訪れると自分に言い聞かせてきた。

 それでも、追放の言葉を耳にした時、自分が義弟に比べて劣っており、父から見捨てられた、という恐怖が心の奥底から溢れ出したのだった。


 星辰の儀とは、貴族の子弟が神々や星霊から、ギフトと呼ばれる祝福を授かる儀式である。

 ギフトには三種類あるとされており、特定の技能や魔術に特化したスキルであったり、特定の才能が成長しやすくなる職業であったり、特別な守護や恩恵を与える加護であったりする。

 レオニダス家は代々、魔術スキルに関するギフトを授かり優秀な魔術師を輩出してきた。

 父アルベルトもその一人で、氷魔術の最高位スキルである『氷帝』を持つ高位魔術師であり、見た目に反して魔術庁長官を務めている。


『はぁ、高いを金を積んで侯爵家の血を買ったというのに、まさか外れギフトが産まれるとは……』


 父の言葉を思い出す。

 側室の弟であるケビンが炎属性の最高位スキルである『炎帝』であったのに対し、ユーリは職業ギフトである『インチキ商人』であった。

 星辰の儀では天球儀の星の配置でその人のギフトを詠むのであるが、ユーリを担当した司祭があまりにも不憫に思ったのか「インチキ」の部分を小声で「ユーリ様の授かったギフトは、(インチキ)商人です」と言ったぐらいである。


 父にとっては魔術スキル以外は外れギフトだったようで、せめて加護であれば、と嘆いていた。

 もしも「インチキ」が父に知られていたら、即刻叩きだされていたかもしれないので、司祭に感謝である。

 その日から、弟のケビンがレオニダス家の正式な後継者となり、ユーリは使用人のような扱いを受けることになる。

 しかも、社交界では貴族でもあるに関わらず商人のギフトを授かった、残念貴族として酒の肴にされた。

 彼らにしてみれば、「貴族たるもの自身の目利きを養ってこそ貴族であり、ギフトに頼るようでうは真の貴族ではない」ということらしい。

 

(まともな性格をした女性であればいいのだけれど……)


 これから婿入りすることを考えて、ユーリは内心ため息をつく。

 自分のような落ちこぼれ貴族が宛がわれる相手も不幸だが、その相手もまた、貴族として何かしらの問題を抱えているに違いない。

 どんな相手なのだろうかと思案していると、ユーリの心を読んだかのように、父が相手に関して教えてくれた。


「お前の婿入り先は、新設されるレーベルク女男爵だ」

「レーベルク男爵領というと、十年前に財政難で王国に返還された領地でしょうか」

「ほぅ、良く勉強しておるな」


 ほんの少しだけ、父の顔が悲しそうな表情に見えたのは気のせいだろうか?

 ユーリに向ける冷たい視線の奥に、一瞬だけ複雑な感情が垣間見えた。

 だが、それもすぐに消え去り、再び無慈悲な表情に戻り父は話を続ける。


「お前がこれから向かう領地なので教えておこう。初代勇者の別荘があるのだが、オルタニア王国では見かけない建物で、南方にある獣人国の居城に似ているそうだ。屋敷もかなり広く、維持費に膨大な資金が必要になるらしい。領地の租税では賄いきれず、借金がスライムのように増えていき、ついには前領主も白旗を上げて諦めたそうだ」

「スライムのようにですか……」


 前世でスライムといえばロールプレイングゲームで登場する可愛らしいモンスターを想像するかもしれないが、この世界のスライムは凶悪な分裂速度で増えていき、何でも溶かしてしまうため、一度捕食されると逃げる術がないと言われる恐ろしい魔物である。


「お前は知らぬかもしれぬが、前領主は責任を負って毒による自害をしておる」

「なっ……」

「お前も他人事ではないぞ。五年以上赤字が続いた場合、連座もありえるのだからな」


 父の言葉を聞いて、ユーリは目の前が真っ暗になった。

 男爵位に叙されると聞けば一見名誉のように思えるが、実際は借金まみれの貧乏領地を押し付けられ、結果を出せなければ無能な貴族として処刑されるのだから、与えられる側にとってはたまったものではない。

 そんな領地が与えられる人物は、困難な状況を打開できるだけのギフトを持つ者か、罪人か追放者か落伍者か、どちらにしても王都から僻地に送られる者である。

 自分が婿入りする時点で、後者の可能性が高いことは疑いようもない。


「せいぜい処刑にならぬように、商人のギフトで何とかするのだな。話は終わりだ行っていいぞ」


 そう言うとアルベルトは席を立ち上がり、仕事へと向かう準備を始めた。

 ユーリは絶望感に打ちひしがれながら、フラフラと扉に向かって歩いていく。


「……今まで育てて頂きありがとうございます」


 扉から出て行く際に振り返り、ユーリは頭を下げた。

 自分を見捨てた父であっても、これまで育ててくれた恩がある。

 それに対してだけは感謝しておこうと、ユーリは思ったからであった。


「もう二度と家族として会う事はないが、新しい家族とは幸せになりなさい」


 ユーリは驚いて顔を上げたが、父は背を向けていたため、どのような表情でそう言ったのか分からなかった。


「父上もお体にはお気をつけて(せめて、もう少し痩せてください)」


 そう言ってから、ユーリは父の書斎から出て出立の準備に向かうのであった。

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