増殖する卵

夏目 漱一郎

第1話 一日目

 『二十年ぶりの日本一が懸かった第七戦目、九回裏の攻撃ツーアウト満塁。一打出れば逆転サヨナラのチャンスに、バッターは代打 沢村孝之さわむらたかゆき

満を持しての登場でしたが、クローザー『ジャクソン』のスライダーに追い詰められ早くもツーストライク。まったくバットにかすりもしません! そして、ジャクソンがセットポジションに入って第三球目、投げた! ああっと! 空振りだああああぁぁぁっ! 三球三振。ゲームセット! 沢村、ジャクソンのスライダーに手も足も出なかった! 皆の期待を一身に集めた沢村でしたが、全くいいところがありませんでしたあああぁぁっ!』


「なにやってんだよっ馬鹿野郎~~っ! お前なんかやめちまええっ!」


頭にきた観客の誰かが、俺に生卵を投げつけてきた。その生卵が俺のユニフォームの胸に当たり、ユニフォームのチーム名の部分にベッチャリとヌメヌメした汚れが付いた。


「うわっ! きたねえっ!」


そのショックで俺は、それが夢だった事に気付く。


「なんだ、夢か……」


よくよく考えてみれば夢に決まっている。なぜなら、俺はプロ野球選手なんかじゃないから。

なんであんな夢を見たのか判らないが、それよりも判らないのは、俺の今の状態。



夢だったはずなのに、どうしてんだよ。この生卵はいったいどこから湧いてきたんだ?


 寝る前の記憶を辿っても、ベッドに卵を持ち込んだ記憶は無い。そんな事をすれば、寝返りをうった時にこうなる事は考えなくても容易に想像がつく。


汚れたのは、シャツだけじゃない。シーツも汚れちまったし、洗濯が大変だよ。まったく、なんだよこの生卵は!



※ ※ ※



          



 どうしてこうなったのか、話を整理して考えてみる。まず、俺がベッドに卵を持ち込んだ記憶は無い。とすると、卵は最初からここにあって、それに気付かずに俺がベッドに入ったという訳だ。しかし、誰がここに卵を仕掛けた?


アパートのこの部屋に住んでいるのは俺だけ。もしかして、テレビのドッキリ? 番組のスタッフが大家に話をつけて、部屋に入ってこれを仕掛けた? ついでにカメラも仕掛けて、今もこの部屋をモニターで見ているのだろうか?

いや、俺が芸能人ならともかく、ただの一般人の部屋に勝手に入るなんて事は、いくらテレビ局でもリスクが高すぎるだろう。


それとも、この部屋がどこかで異世界かどこかと繋がっていて、とか……


いや、さすがに話が飛躍しすぎだな。ファンタジー小説じゃあるまいし……でも実際にこの卵がどうしてここにあったのか、どうしても合理的な説明がつかない。












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