私の彼氏は行方不明者

クロックス(Qroxx_)

野に入るということ

 私は今日も寝付けないでいた。一人で寝るにはちょっとばかり大きいベッド。ついこの前までは隣に彼氏がいた。「少し狭いよね〜」なんて考えていたのが、何だか懐かしくてたまらない。


 私の彼氏は、一言でいうと変わった人だった。真夏の日に長袖の服を着て、真冬の日に半袖を着る。腹が減ったと言って水だけ飲み始める。私は最初こそ驚いたけど、自分の拘りを追求する彼に不思議と目を奪われていた。


「一週間ばかり野にることにするよ」


 三日前の土曜日の夜、ベッドの上で一通りのことを終えて眠りにつこうとする私に、彼はそう呟いた。普段とは少し違う声色だった。覚悟というか神妙さというか……。とにかくそんな感じがしたのだ。

 

「ん?あー、グランピングとかやりたい?今度三連休だし丁度いいかもね。冬になったら寒いし、今のうちにやれたらいいね」


「そうじゃないよ。ただ"野"で過ごしてみるだけ。それに一人がいいんだ。一人でやってみたいんだ」


 彼の言っている言葉が、私にはあまり理解できなかった。どこか要領を得ない言葉が、余計に私を眠たくさせる。でも何か大事なことを言ってるのは、彼の雰囲気で伝わった。


「あんまりよく分からないけど、とにかく一人の時間が欲しいんだよね。それはいいとして……お金は?なるべく共有のお金は使って欲しくないんだけど」


「金なら大丈夫、自分の分で何とかなるよ。だからあかねも一人の時間を楽しんでみて」


「そういう話、次からはもっと早めに教えてよね」


「たしかに、気を付けるよ」


 そうして唐突に始まった一人暮らしが、3日目を迎えた。私は何も出来ないでいた。特に夜だ。中途半端に頭が冴えて眠れない。何でも出来るという自由さが、かえって窮屈だった。ダラダラとスマホを見ても心が満たされることはない。それが苦しくて必死に眠ろうとした。


 彼が離れてから10日が過ぎた。メッセージも電話も一切反応がない。少し不安になり彼のご両親に聞いてみたけど、何も聞かされていないそうだ。行方不明届を出そうかと一瞬過ぎったが、そうはしなかった。私は彼が必ず帰ってくると確信していたからだ。


 そして14日目の朝、パジャマ姿の彼が隣にいた。この2週間が嘘のように、ごく自然とそこで寝入っている。夢でも見た気分になって頬に触れてみた。指に熱が伝わるのを確認して、私は彼に抱きついた。


「んんー苦しい」

 

 彼は寝ぼけた声で呟いた。久しぶりに声が聞けて、より深く抱きしめた。嗚咽混じりの涙を流し続けた。

 あんまりに私が泣いているせいか、珍しく彼から謝り始めた。


「ごめん、気付いたら2週間経ってたんだよ」


「どれだけ、、心配、したと思ってるの」


「本当に悪かった。悪かったよ」


 その日は結局泣き疲れて何も出来なかった。

 二週間どこにいて何をしていたのか、私は知らない。彼にその話をしても「悪かった」の一言しか出てこないからだ。

 だけど成果もあった。彼の変人っぷりが少し落ち着き出したのだ。相変わらず変なことを話している時もあるけど、冬場に半袖を着たり、あの日のように突然いなくなったりすることもない。なんだか親しみやすさが増していた。それが私たちの関係にどう影響するのかは分からないけど、少なくとも今年の冬は幸せな季節となった。


 もうすぐ冬が終わろうとしている。雪解けの季節だ。

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私の彼氏は行方不明者 クロックス(Qroxx_) @gacheau_tocolat

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