ヤリ捨てされたギャルが嘘告白してきたので振ってやった。結果泣きつかれた。

やこう

ヤリ捨てされたギャルが嘘告白してきたので振ってやった。結果泣きつかれた。

 放課後、大学の校舎を出ようとしていた俺は、背後から響く明るい声に足を止めた。


「ねえ、斎藤くん!」


 振り返ると、そこには派手な格好のギャル――如月きさらぎが立っていた。


 明るい茶髪をゆるく巻き、露出の高い服を見事に着こなしている彼女は、普段から周囲の男子学生たちの視線を一身に集めている。


 いつもは軽口を叩いて、皆と冗談を飛ばしている印象だが、今は違った。

 彼女の笑顔にはどこか無理があるように見えたのだ。


「ずっと言おうと思ってたんだけど……私、斎藤くんのこと好き!」


 突然の告白に、俺は目を見開く。正直、驚いた。


「……え?」


 思わず反射的にそう答えてしまったが、次の瞬間には違和感が押し寄せてくる。


 このタイミングで、わざわざ俺に告白してくる? しかも、如月のことは名前くらいしか知らない。


 サークルも違うし、講義で一緒になることもほとんどない。そんな彼女が、どうして俺のことを?


 それに、彼女の笑顔が妙にぎこちない。


 まるで無理やり作っているかのように、唇が引きつっていた。これまで何度か見かけた彼女の明るい笑顔とは、まったく別物だ。


「……ごめん、俺、付き合えない」


 結論を出すまで、時間はかからなかった。


「……え?」


 如月の表情が一瞬固まる。だが、次の瞬間にはすぐに笑みを浮かべ、


「まあ、そりゃそうだよね!」


 と明るく言ってのけた。


「いや、ほんと、冗談みたいなもんだし! そんなマジにならなくていいって、斎藤くん!」


 それを聞いた瞬間、俺は確信する。

 やっぱり、彼女は本気じゃない。ただの遊びだ。


 ──でも、どこか引っかかる。


 彼女の態度はあまりにも軽く、あっさりしすぎているのに、その目には不自然なまでの力がこもっていた。


 口元は笑っているのに、目が笑っていない。彼女が振られても気にしないふりをしていることは明らかだった。


「じゃ、またね〜!」


 如月は軽く手を振り、くるりと背を向ける。その瞬間、俺は妙な違和感を覚えた。彼女の肩が、かすかに震えている。


(……泣いてる?)


 まさか、と思ったが、俺の足は反射的に彼女を追いかけていた。


「……おい!」


 慌てて声をかけると如月は驚いたように振り返り、俺の顔を見上げる。


「……なに?」


 声は震え、目元には涙の痕があった。やはり泣いていたのだ。


「……君、本当にそれでいいのか?」


 俺が問いかけると、如月は驚いたように目を見開き。


 ──そして次の瞬間、堰を切ったように泣き崩れた。


「……なんで、なんでよおおお……!」


 如月は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながらしゃがみ込んでしまった。


 周囲の視線が気になったが、それ以上に、彼女の突然の感情の爆発に俺はどうしていいかわからず、ただその場で立ち尽くすことしかできなかった。


「ねえ、どうして? なんであんたまで振るの? 私が告白したら、みんなすぐに『いいよ』って言ってくれるのに……なんであんたは、あっさり断るの……?」


 泣きながらも、如月は俺の袖をぎゅっと掴み、見上げてくる。


 その目には、寂しさと戸惑い、そして怒りが入り混じっていた。


「……そんなの、俺に言われても困るよ」


「困るって、どういうこと!? あんた……あんたなんか、全然イケてないじゃん! 普通の男子で、全然目立たないし、なのに、なのにっ……!」


「お、おい、イケてないってなんだ……!」


 俺を罵倒しながらも、彼女の声は震えていた。


 まるで、自分自身を責めるような響きだ。

 思わず俺は、彼女が本当に告白を「試し」にしたのか、それとも別の意図があったのか考え込んでしまう。


「……お前、本当に冗談で告白したのか?」


 俺が慎重に問いかけると、如月は一瞬目を伏せ、そして顔を背けた。


「……冗談に決まってるでしょ。だって、そんなの、あんたみたいな真面目君に本気で言うわけないじゃん……」


 言葉の内容と裏腹に、如月の目は潤んでいた。


 彼女が見せる必死の笑顔は、あまりにも脆く、今にも崩れ落ちそうだった。


 しかし俺は彼女にしっかり言っておかなければならないと思った。


「……君さ、こういうの、もうやめたほうがいいよ」


 俺はできるだけ柔らかい声でそう言った。


「嘘の告白なんてするもんじゃない。君がそれで傷つくなら、なおさらだ」


 その俺の言葉が彼女の何かを崩壊させたのか。


 彼女はその言葉に肩を震わせ、そしてまた泣き出した。


「だって……だって、誰も本気で私のこと見てくれないんだもん……!」


 その声には、ただの不満ではない、もっと深い悲しみと絶望が混ざっていた。


「男なんて、最初は『可愛い』とか『好き』とか言ってくれるけど……結局みんな、体だけ目当てで、私が本気になったら、すぐに捨てるんだもん……! 最近の彼氏もそうだった……!だから、どうせ遊びなら、遊びで返してやろうって……思って……」


 如月の言葉は、断片的で支離滅裂だった。


 それでも、その内容は衝撃的で、俺はただ彼女の話を聞くことしかできなかった。


「私だって……ちゃんと好きになってほしいよ……私だって、本気で、誰かに好きって言われたい……なのに、あんたまで……」


 彼女の声はどんどん小さくなり、最後は掠れるように消えた。


 俺は言葉を失い、ただ彼女の肩に手を置くことしかできなかった。


「……ごめん、俺には君が何を考えてるのか、ちゃんとわかってなかった」


 俺の謝罪に、如月はゆっくりと顔を上げた。


 涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔は、見るからに疲れ果てていた。


「……もう、いいよ。あんたに謝られても……私、バカみたいだよね……」


 そう呟く彼女の声は、あまりにも切なかった。これ以上何を言えばいいのか、俺には見当もつかなかった。


 ただ一つだけ言えるのは、彼女が冗談なんかじゃなく、本当に傷ついていたということだ。


「もう、やだよ……誰かに好きって言われたいだけなのに……誰か、私を、ちゃんと見てよ……」


 そう言って泣き続ける如月の姿を前に、俺はただ、彼女が少しでも落ち着くのを待つことしかできなかった。






 ******





 あの日以来、如月が何かと俺に話しかけてくるようになった。


 教室で見かければ隣に座ろうとするし、講義の後には


「ねえ、斎藤くん、お昼一緒にどう?」


 としつこく誘ってくる。


 本気で嫌がっていたわけではないが、もともと一人で行動することに慣れている俺にとって、彼女の積極性は少し負担だった。


 それでも、あのとき涙ながらに


「ちゃんと私を見てよ」


 と訴えてきた彼女の姿が頭に残っていて、結局は断りきれずに付き合ってしまうことが多い。


「今日はパンにする? それとも学食?」


 学食の前で悩んでいると、如月がニコニコしながら俺に選択肢を提示する。


 俺は肩をすくめて、


「どっちでもいいよ」


 と答えた。


「じゃ、パンでいっか!」


 如月はすぐに答えを出し、腕を組むようにして俺を引っ張っていく。


 周囲の視線を感じて、俺は内心苦笑する。華やかなギャルと、地味な俺が並んでいるのだから、目立たないはずがない。


 パンを買って、学内のベンチで二人並んで食事をしていると、彼女はじっと俺を見つめてくる。


「ねえ、斎藤くん。あのとき、私に優しくしてくれたのって、どうして?」


 不意の質問に、パンをかじっていた俺は少しむせそうになる。


「……どうしてって、別に大した理由はないけど」


「いや、あるでしょ? 普通、あんな泣き崩れたギャルなんて、鬱陶しいって思うじゃん?」


 彼女の目は真剣そのものだ。俺はパンを置き、少し考え込む。


 確かに、彼女が泣き崩れたとき、普通なら面倒ごとを避けてそのまま立ち去るのが正解だったかもしれない。


「ただ、君が本当に傷ついてるように見えたからだよ」


 俺がそう答えると、如月は一瞬驚いたように目を見開き、次の瞬間にはぷっと吹き出して笑った。


「何それ、めっちゃ真面目じゃん! あんた、ほんと変わってるよね~」


 からかうような口調だったが、その笑い声にはどこか温かさが混ざっていた。


 それにしても、こうして話していると、如月が本当に「派手なギャル」でしかないのか疑問に思えてくる。


 確かに見た目は派手だし、言葉遣いも軽い。しかし、彼女はどこか普通の女の子らしい一面も持っているように感じられた。


「まあ、こうやって一緒にいるのも悪くないでしょ?」


 突然、如月は俺に向かって悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「ねえ、これってさ、デート……だったりする?」


「えっ?」


 あまりにも直球の言葉に、俺は思わずパンを落としそうになる。


 慌てて否定するように首を振ったが、如月は俺の動揺を見て楽しそうに笑った。


「冗談だってば~。そんな顔しないの。ほんと、斎藤くんってからかい甲斐あるよね!」


 俺は何も返せずに彼女の笑顔を見つめてしまった。


 彼女の表情は、前に見た涙に濡れた顔とは全然違う。本当に楽しんでいるようで、その笑顔が、妙に眩しく感じられた。


 ある日、講義が終わった後、如月は俺を待ち伏せしていたらしく、教室の外で腕を組んで立っていた。


「斎藤くん、ちょっと付き合ってよ!」


「え、どこに?」


「いいから、ついてきて!」


 如月はそう言うなり、俺の腕を引っ張り、校舎を出る。


 抵抗する間もなく、俺は彼女に連れられて大学近くの公園にやって来た。


 夕方の柔らかい光が公園の木々を照らし、風が心地よい。何をするつもりかと身構えていると、如月はベンチに腰を下ろし、俺をじっと見つめた。


「ねえ、あんた、私のこと嫌い?」


 唐突な問いに、俺は一瞬言葉を失う。彼女の目は真剣で、ふざけている様子は一切ない。


「嫌いじゃないよ。ただ……どうしてそう思ったんだ?」


「……だって、あんた、最初に私を振ったとき、全然迷いもなかったじゃん」


 如月は苦笑しながら、少しだけ視線を落とした。


「私は、結構ショックだったんだよ? 自業自得ってのはわかってるけどさ……あんなに冷たくされると、やっぱり凹むじゃん」


 その言葉には強がりが見え隠れしていて、俺はどう返すべきか迷った。確かに、あのときの俺の対応は冷たかったのかもしれない。


「……あのときは、ごめん。でも、君が本気じゃないって思ったから、そう言ったんだ」


「うん、わかってるよ。あんたが悪いわけじゃない」


 彼女は笑顔を作りながら、じっと俺の顔を見つめてくる。


「でもさ、もし……もし私が本気だったら? あんた、私を振らなかった?」


「それは……」


 如月の真剣な眼差しに、俺は思わず言葉を飲み込んだ。


 どう答えるべきか悩んだが、結局のところ、今の俺には彼女の気持ちが本当かどうか見分けることはできない。


 だから、下手なことを言って彼女を傷つけるのは嫌だった。


「俺にはわからないよ」


「……そっか、やっぱそうだよね」


 如月は力なく笑う。そして、しばらくの沈黙の後、ふいに顔を上げて俺をまっすぐ見つめた。


「ねえ、斎藤くん。私、もう一度、ちゃんと告白していい?」


「……え?」


「今度は、嘘じゃなくて。本気で。だから、お願い。もし……もし本当に振るなら、ちゃんと私を見てからにして」


 彼女の真剣な眼差しに、俺は圧倒される。先日とは違い、今の如月はただ泣き叫んでいるだけの女の子じゃなかった。


 自分の気持ちを伝えようと、必死で言葉を選びながら俺に向き合っている。


 俺は息を吐いてから、ゆっくりと頷いた。


「……わかったよ。君が本気なら、俺もちゃんと受け止める。だから……もう泣くなよ」


 如月は目を見開いたあと、ふっと柔らかく微笑んだ。


 その笑顔には、前のような悲壮感は一切なかった。


「うん……ありがと。やっぱ、あんた優しいよね」


 彼女の微笑みを見て、俺も自然と頬が緩むのを感じた。


 その瞬間、ようやく俺は如月の本当の顔を見たような気がした。


 彼女が求めていたのはただの同情じゃなく、「ちゃんと見てほしい」という心からの願いだったんだと。






 ******





 学園祭の準備が始まってから、如月の姿を頻繁に見かけるようになった。


 同じサークルというわけでもないのに、彼女はなぜか俺のサークルの出し物を手伝うことになったらしい。


 大学内でギャルといえば如月、というくらい存在感があったが、実際に一緒に作業している彼女は想像以上に真面目だった。


「これ、もっと派手にしたほうがいいと思うよ!」


 サークルの展示物を作っている最中、彼女はクラスメートたちにアドバイスを送り、時には率先して作業を手伝っていた。


 彼女が明るく声をかけると、周囲の雰囲気も自然と和らぎ、みんなが楽しそうに笑顔を見せる。


 派手な見た目とは裏腹に、誰かを気遣う心配りが見える姿に、俺は少し驚いていた。


「ねえ、これどう?」


 俺が飾り付け用の小物を持っていると、彼女がふいに声をかけてくる。


 髪を軽くまとめて、いつもよりカジュアルな服装の彼女は、普段よりずっと可愛らしく見えた。


「うん、いいんじゃないか? 派手すぎず地味すぎず、ちょうどいいと思う」


「ほんと!? よかったぁ~。斎藤くんに褒められると、なんか嬉しいな」


 如月は小さくぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。その仕草に、俺は思わず笑みを浮かべた。


「そんなに褒めてないって」


「でもでも、私のこと認めてくれたんでしょ?」


 彼女は上目遣いで俺を見上げる。


 俺がうっかり視線をそらすと、如月はからかうようにクスクス笑った。


 その姿は、以前のような無理な笑顔ではなく、本当に楽しそうだった。


 学園祭の準備が進むにつれ、俺は次第に彼女を「派手で軽いギャル」という先入観で見ていたことを反省するようになった。


 表面的なイメージに惑わされて、彼女の本当の姿を見ようとしていなかったのだ。






 ******




 ──そして、学園祭の当日。


 俺たちの展示ブースは賑わいを見せ、如月も他のメンバーと笑顔で接客していた。


 目立つ彼女がいるおかげで、サークルの展示は予想以上に盛り上がっていた。


「斎藤くん、ちょっと来て!」


 そして展示の時間が終わったあと。

 彼女が俺を呼び出した。


 外は日が沈みかけ、キャンパス全体が祭りの雰囲気に包まれている。


 彼女は俺を静かな裏庭へと連れて行き、辺りを見回してから、少し緊張した様子で俺に向き合った。


「……今日は、ちゃんとあんたに伝えたいことがあるの」


 彼女の表情は、普段のようにふざけていない。


 俺はごくりと唾を飲み込み、彼女の言葉を待った。長い沈黙の後、如月は大きく深呼吸し、ぎこちなく唇を開く。


「斎藤くん、あのね……私、前に冗談で告白したこと覚えてるよね?」


「ああ、もちろん覚えてるよ」


「……あのとき、本当に冗談のつもりだった。でも、あんたに泣かされてから、ずっと……ずっと考えてたの」


「泣かされてって」


「まぁそこら辺はいいの!」


 彼女は不安げに目を伏せながら、かすかに唇を噛んだ。


「えっとね……私ね……本当にあんたのことが好きになっちゃったみたい」



 彼女の口から出てくる言葉は予想以上に重く、俺は一瞬、息を呑んだ。


 以前のような軽い調子ではなく、必死に感情を抑えながら、彼女は続ける。


「今度は嘘じゃないよ……本気で、あんたが好き。最初はただの冗談で……その、ちょっと優しくされたから期待しちゃっただけだったけど……」


 如月の声は震えていた。


 彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいるが、それでも彼女は逃げずに俺を見つめている。その姿に、俺はしばらく言葉を失ってしまった。


「本気で好きになっちゃったら、どうしようもないよね……?」


 彼女は自嘲気味に笑い、涙をぬぐいながら、寂しげな笑みを浮かべる。


「ねえ、こんな私をどう思う? やっぱり重い? 面倒くさい?」


 俺は彼女の言葉に、首を横に振った。心臓が高鳴っていたが、逃げるわけにはいかない。


「君は、すごく真面目だよ。そんなこと思わない」


「……え?」


 彼女は驚いたように俺を見つめた。俺は、彼女に向かって一歩踏み出す。


「最初は、軽い冗談みたいな告白だと思ってた。けど……今の君は違う。本気で自分の気持ちを伝えようとしてる。それに、学園祭の準備でもみんなを引っ張ってくれて、誰よりも真面目に頑張ってた」


 彼女の目が大きく見開かれる。俺はそんな彼女に優しく微笑んだ。


「だから……俺も、君のことをもっと知りたいって思うようになった」


「……本当?」


 如月は、信じられないというように震えた声を出した。俺はしっかりと頷く。


「君のことをもっと知りたいし、君の告白をちゃんと受け止めたい。だから、俺と……ちゃんと付き合ってほしい」


 その言葉が、俺の本心だった。


 最初は彼女に同情していただけかもしれない。だが、彼女の明るさや優しさを知るたびに、彼女を「ただの軽いギャル」と思っていた自分を恥ずかしく感じていたのだ。


 如月は目を大きく見開き、次の瞬間、涙をぽろぽろと零しながら小さく頷いた。


「……ほんとに? ほんとに私でいいの?」


「本当だよ」


 彼女の顔を涙で濡れた指でそっとぬぐい、俺は優しく笑った。


「だから、もう泣くな。今度は泣かないって言っただろ?」


「……うん……で、でも嬉しくて……!ありがとうっ、斎藤くん……っ」


 如月は嗚咽を漏らしながら、俺にすがりつくように抱きついた。


 俺は驚きながらも、彼女の背中に手を回し、その震える体をそっと支える。


 ──こうして、俺たちは本当に向き合い、互いの気持ちを確認し合った。


 涙と笑顔が入り混じる中、俺たちは静かに抱き合いながら、これから始まる新しい関係を確かめ合うのだった。






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