第36話 素顔の王子

「疲れを一切見せないのもそうだし、お客様のことを一番に考えた、お客様それぞれに合わせた対応、普通ではなかなか出来ない『理想』が、ちゃんと実現できてて」


 話すうちに、翔斗さんに対して思っていたいろいろなことがどんどん思い出されてきた。


「正直私、『お仕事がすべて』っていうような翔斗さんの生き方はどうなのかなって思ってたんです。生きる上でのなにもかもが『販売員として活かすため』っていうのが」


 翔斗さんはキョトンとした顔でこちらを見つめる。


「でも、そんな翔斗さんだからああいう接客ができるんだってわかったんです。もちろん簡単に真似できることじゃないです、けど、すごく……憧れました」


 なんだか気恥ずかしくなって目線を床に落としつつ言う。


「だって、お客様があんなにも幸せそうにされていたから。私、さっきのお客様にとって本当は今日は『旦那さんを亡くした悲しい日』だったんじゃないかなって思うんです。でもそれを『大好きな人のことを思い出せた素敵な日』に変えたのは、翔斗さんの力です」


 また胸が熱くなって、目が潤んだ。声が震えるけど、構わずつづける。


「販売員ってお仕事、すごい、って。人を幸せにできるお仕事なんだ、って。私、今日改めてそう思いました」


 私が話し終わっても翔斗さんはまっすぐに私を見続けてていた。


「……ゆっちゃん」


「はい」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げられてしまって「いえいえ! 思ったことを言ったまでで」と慌てて両手を振る。


「今の発言は、さすがに……ヴァンドゥール冥利に尽きるね。……ふは、本気で嬉しいよ。ありがとう」


「お、大袈裟ですよ…………あれ? 『王子モード』は」


 見上げると翔斗さんは本当に嬉しいのか片手で顔を隠すようにして俯き加減にくつくつと笑っていた。


「ああ。もういいやと思って」


 言うや「はあ」と両膝に手をついて、そのままどしゃりと崩れるように床におしりを付けて胡座で座り込んだ。


「え……翔斗さん?」


「…………あー。ずっと『仕事モード』でいたのはさ、俺自身のためだったわけ。『労い』なんて嘘。『仕事モード』でなら、まだギリギリ『いつも通り』を演じられる。……なのに。ああ。不意打ちでそんなこと言ってくんだもん。お陰で化けの皮が剥がれた」


「化けの皮……」

 自分で言うんだから本物だ。


「んん…………さすがにつかれたね」


 まさか翔斗さんからそんな言葉が出るなんて。意外すぎて私は目をパチクリする。


 翔斗さんはキッチリ留めてあった蝶ネクタイに指を掛けると、パチリと外してそのまま首もとにぶら下げシャツのボタンを片手で数個外してゆく。


 ひ……。白い首すじが見えて……ち、ちょっと色気が凄すぎて直視できませんよ!? 慌てて視線をそらせた。


「……翔斗さんって、休まなくても、寝なくても平気な人なのかと思ってました」


 ポツリと零すと翔斗さんはキョトンとして、それから顔を伏せるようにして「ふはっ」と笑った。


「ゆっちゃん。俺だって普通に疲れるよ」


「だ、だって……」


「最新の販売員型ロボットかなんかだと思ってた?」

「な!?」


 有り得なくもない……? なんて変な想像をしてしまって慌ててかき消す。翔斗さんは楽しそうにくつくつ笑っていた。


「んん……。だめだね。なんかゆっちゃんの前では『王子』を演じ切れない。すぐに『素』が出たがる」


「え……」


「それはたぶん、俺がゆっちゃんをちゃんと『販売員』として見るようになったからだろーね」


 『お客様』ではなく『販売員』として。


 その顔に先程までの完璧なる王子の笑みはなく、普通に疲労感たっぷりに弱く笑んだ翔斗さんの姿があってまた驚いた。


「翔斗さん……すごい。魔法みたいです。疲労感の有無までコントロールできるんですか!?」


 すると「意識することはひとつで」ともう寝言みたいに頬杖をついた姿勢で目を閉じつつ言う。


「十とか二十はなくて。ゼロか百。それだけ」


「ゼロか、百……」


「俺らだって人間だから。常にベストというわけにはいかないっしょ。けどお客様とは『今』しかない。覚悟して表に立った以上はなんとしてでも『百』のおもてなしを提供するのがプロってもんだよ」


 言い終わると俯いて「くふぁ」と大きくあくびをした。こんな姿も初めて見る。


「おつかれ、ゆっちゃん。よく頑張ったよ」


 早く帰っておでんでも食べな。目尻を拭いながらそんなジャストミートなことを言われて驚きつつもほっこり嬉しく、ついつい口角が上がる。



「翔斗さんも。おつかれさまでした。あと…………メリークリスマス、です」


「はは。いいね。メリークリスマス。ゆっちゃん」



 その時間は、まるで疲弊した身体にじぃんと沁みる深い甘みのよう。


 この素敵な聖夜をたぶん私は一生忘れない。






『6 素顔の王子と聖なる夜』





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