第33話 早口言葉?

 う、ひいいいいぃ! お、お手上げですぅ。

 心の中の小さな私が白目を剥きながら白旗を挙げてひらひらやる。


 こんな疲弊した中でこんな難しいことを訊ねられたのでは、もう「スミマセン、ワカリマセン」と機械のようにしか返せない。


 申し訳ないとは思うよ。そりゃ、せっかく聞いてくださったわけですし。でもよ、私たち、もう何日もずっと働いておりまして、そしてあと数分でやっと、やっと解放されて休めるってとこなんですの!


 さすがの翔斗さんも「ああ……」と即答できずにいるようだった。だけどすぐにいつものにっこりスマイルになってこう言う。


「少々お待ちくださいませ」


 え、なになに? どうするの? とお客様と同様にしげしげとその動向を追う私はもはや店員と呼べるか怪しい。んん。


 ほどなくして翔斗さんは奥からタブレットを持ってきた。どうやらお客様になにか見せるつもりらしい。


 慣れた雰囲気で軽く何度かタップ操作し、「こちらではないかと」とある画像を開いてお見せした。


「これは……?」


 わあ、これです! と興奮なさるのを期待していたけどお客様の反応はそんな戸惑ったようなものだった。ぶう。(疲労によりやさぐれ中)


「こちらは『シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ』というドイツのシュヴァルツヴァルト地方に伝わるサクランボのケーキです」


 疲れを微塵も感じさせないにこやかさで流暢にお伝えして丁寧に画面を手のひらで示した。……えと、な、なに、早口言葉……? あのその。シュバ……なんですって? 疲労で舌も回りませんけど。


 すると老婦人のお客様は「あ、ドイツの……」と反応する。


「ならそれかもしれないです」


 画面に目を向けたまま、うん、うんと何度か頷いて「えと……なんていうケーキでしたっけ」と申し訳なさそうに訊ねた。


 翔斗さんはすぐにメモ紙を用意してペンでさらさらと書き込む。そういえば翔斗さんってどんな文字を書くのかな、とそっと覗いてみると。


 そこにはカタカナといえど、かなり上手いと思える丁寧な筆跡があって私は思わずたじろいだ。


 くう。本当になにをやらせても完璧だ……。


「ありがとうございます。すみません、買うわけでもなく、いきなり変なことを訊ねてしまって」


「いえいえ。なにか少しでもお客様のお役に立てたのでしたら幸いです。ですが」


 そこで切って翔斗さんは首を傾げ気味にお客様を見つめる。


「もしよろしければ、どういった経緯いきさつでそちらのケーキのことをお知りになりたいと思われたのか、お聞かせいただけませんか?」


 もしかしたら、ほかにもお力になれることがあるかもわかりませんし。


 にっこり。ずっとにっこり。それは貼り付けたような偽物感なんかまったくない、もちろん疲労感もない、至って自然な、心からの笑顔と思えた。


 しかもこの状況で自ら話を掘るなんて。


 プロ……だ。


 その王子様は『偽り』なんかじゃない。紛れもない、『本物』だった。



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