終わってから始まる学生生活

@kaigyakunaaitu

第1話終わってから始まる学生生活

 ――――それは激しい衝突だった。


 


 その日、高校入試を控えていた僕は、激しい豪雪で電車が止まっていることをテレビニュースで知った。

 だから僕は、両親に車で受験会場まで送ってもらおうと、ちょっとしたイベントだなと、トラブルを楽しむように軽い気持ちでお願いした。


 


 


 


 ――――身体中が痛い。……たぶん腕は折れてる。頭から血を流しているせいか、目に血が入ってろくに視界が定まらない。


 


 


 


 両親はそれこそ息子の大事な日だ任せなさい! と喜んで言ってくれた。

 どちらか片方、どうせ送ってくれるなら出社する父さんだけでよかったというのに、母さんが「やだやだ! 大事な日の息子にエール送るの!!」なんて子供みたいなワガママを言って、それに父さんも妹も苦笑いして、僕は仕方ないなと笑って、母さんのワガママに入試前の緊張が少しほぐれたことに感謝した。

 そんな世界のどこかにはある当たり前の日常の一幕を送る、そのはずだった。


 


 


 ――――折れてないほうの腕で血を拭う。視界が少し晴れて、薄ぼんやりとしていた視界が徐々にクリアになってくる。


 


 


 だからこれはきっと、当たり前の日常、幸せと同じくらいに世界中にある、ありふれた不幸が僕たちに訪れた。

 それだけの話だった。

 その日僕たちは、事故にあった。


 「……あ、あぁ……あぁあああ……うわぁああああああああああああ!!!!」


 父と母は即死だった。

 運転席と助手席は完全に潰れており、そこには血だまりが広がっていた。

 人の型をとどめていない両親。

 それが本当に僕の父と母だったモノなのか、判別すらできないほど損壊した肉体。

 よく見れば父と母はなにか巨大なものに潰されおり、それがトラックの前方部分であると気づく。

 交通事故。

 そう理解するも、僕は身体中の痛みと、両親のあまりにも変わり果てた光景に強いストレスを感じたのか、意識を保っていられず気を失った。

 そうして、僕は目を覚まし、どこかの病院のベッドにいた。

 ちょうど看護士が様子を見に来ていたのか、僕に気づくと慌てた様子で僕を担当しているのであろう医者の先生を呼びに部屋を出ていく。


 


 「………………」


 


 なにも言葉が浮かばなかった。

 思考もまるで靄がかかったかのようにうまく働かない。

 なにかあったはずなのに、まるで現実を認めたくないとでもいうかのように、なにも頭にに浮かんでこない。

 頭の中がまるで突然空洞になったのかような妙な感覚だった。

 そうして暫くぼうっとしていると、僕を担当しているであろう医者の先生が来た。

 どう伝えるべきか、迷っているようで、まるで壊れ物でも扱うかのように、強張った表情の先生。

 暫くすると、先生は重い口調で口を開いた。


 


 ――――君は事故にあった。そして君はここで入院している。


 


 そんな簡潔な言葉。

 ……ああ、なるほど。

 よくよく気づけば僕は腕にギプスがはめられている。

 そうか、僕は事故で骨折したのか。


 でも、なにか、なにか大切なことを忘れているような……。


 そう、深く記憶を探ると――――瞬間僕は頭を殴られたかのような衝撃が走った。


 


 「うっ、ぐぅ!」


 


 突如フラッシュバックする当時の記憶。

 人の形をとどめていない両親、血だまりの車内、あたりまえにあった日常の消滅。

 僕はたまらず吐瀉物をまき散らした。

 医者の先生は慌てたように僕の背中をさすると、看護師に拭くものを取ってくるように指示をする。

 僕は嘔吐と恐怖で震える体を折れていないほうの腕で強く抱きしめた。


 


 「僕の……僕の父と母は……」


 

 どうなりましたか、なんて言えなかった。

 ……分かっている。

 わかっている。

 僕ははっきりと見た。

 ……あれは、助からない。どうしたって……助からない。

 ……でも、でももしかしたら夢だったかもしれないじゃない。

 もしかしたら受験勉強で寝不足気味だった僕が見た白昼夢で、そんな時に偶然事故にあった。

 そんなことだってあるかもしれないじゃないか。

 そう願いながら言った無茶苦茶な現実逃避染みた言葉が口から洩れた。

 それに先生は気まずそうに、言ってしまって良いものかと迷いながらも、首を横に振った。


 


 ――――残念ながら。


 


 「ふっ……うぐぅ……うぁ……あぁ……」


 


 やはりという思いと、どうにもならないという感情がない混ぜになり、ただ涙が出てきた。

 体は重いのに、思考だけがぐるぐる回って、まるで熱病にでも侵された患者のような気分だった。


 


 「……僕の、僕のせいなんです……僕が車で送ってほしいってわがまま言ったんです……だからこんなことに……こんなことになったんです……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 


 先生は君のせいじゃないと言ってはくれたけど、僕は誰に言ったらいいかもわからない謝罪をただ繰り返すことしかできなかった。

 あとから知ったことだが、事故の原因は飲酒運転だったらしい。

 トラックは豪雪の視界不良の中、酒で酩酊していて、反対車線に飛び出していたことに気づいておらず、事故を起こしたとのことだ。

 怒りはあった。お前さえいなければなんて何度も思った。

 事故を起こした運転手は何度も謝罪をしていたらしいが、そんなことは今更だった。

 顔すら合わせたくなかった。

 じゃないと僕は自分でもどうなるか分からない恐怖があった。

 それにもうあの日常は帰ってこないのだ。

 僕があんなお願いをしなければこんなことにはならなかった。

 僕がわざわざ車をだしてもらわなければ、こんなことにはならなかった。

 僕が、僕が、僕がいたから……そんな自己嫌悪が止まらなかった。

 でも、自殺することも、気が狂うこともできなかった。

 だって僕には妹がいるのだ。

 あの日、僕に頑張れと笑いながら見送ってくれた妹がまだいるのだ。

 僕が目覚めて、暫くしてやってきた妹は、泣きながら生きててよかったと僕に縋り付いてきた。

 そんな妹がまだいるのだ。

 だから、せめて僕のせいで死んだ両親の分まで、妹だけでも幸せになってほしいと、そう想って、無理やり正気を保っていた。

 だけど、不幸というのは連鎖するのか、それとも神様というのは心底人の不幸を願っているのか、苦難は続いた。

 まだ未成年である僕たちには後見人が必要だった。

 そして僕たちの後見人は一言でいうと人間のクズだった。

 年頃の子供たちを二人も面倒見れないと親戚筋をたらい回しにされ、行き着いた場所は、父と母が亡くなったことで降りた保険金が目当てのクズだった。


 ――――酷いものを見た。


 豪遊の果ての豪遊。

 増えていくブランド品。

 どれだけ言っても金遣いの荒さを改める気はなく、ギャンブルに酒。

 見る間に使い込まれる両親の残してくれたお金。

 僕はそれに何度も文句を言い、その都度殴られた。


 酷いことをされた。


 僕たちにはろくな食事も出さず、せめて妹の進学費用だけでも残してくれとお願いするもぶん殴られ、僕が動かなくなるまで蹴られた。

 そうしてあっという間に両親の残したお金を食いつぶしたクズ共は「お前らも事故で死んで金になってくれや」なんて妹に向かって吐き捨てた。

 我慢の限界だった。

 僕は両親を馬鹿にされ、残された妹にまでひどい言葉を投げつけ、せめて体で役に立てと妹に迫るようなクズだった。

 気が狂いそうだった。

 今にも包丁を取り出して刺し殺してやりたかった。

 だけどそれだけはできなかった。

 残された妹が不幸になる。

 殺人者の身内になる。

 それがどれだけ妹の不利になるか、わかっていた。

 だから、僕は家を出て、働くことにした、もちろん妹を連れてだ。

 あんなところに、妹を残していけばどうなるか分かったものじゃない。

 今すぐ出ていかなければそれこそ妹はひどい目にあわされる、時間は少ないと、そう思っていた。

 高校は結局ろくにいけはしなかった。

 入院していて本命の入試には行けなかったものの滑り止めには受かっていたのだ。

 だが金がもったいないと無理やり辞めさせられ、食事代をろくにもらえなかった僕はバイトをして妹を食わせていくことに精一杯で、当時の僕には警察なり役所なりに逃げるという考えすら思いつかなかったから、家から出て働くという選択肢しか選べなかった。

 だから必死に調べた。

 妹を進学させてやれるような給料のいい仕事。

 後ろめたくなくて、世間体のいい妹が恥ずかしくない仕事。

 僕は中卒でも働けてある程度収入が安定している、伊藤組という土建屋の作業員になることにした。

 最初は社長の加賀さんにまだ若いんだから学校卒業してからこいとやんわりと断られたが頭を下げ続けた。

 この際同情でもなんでもいいと現状すらぶちまけた。

 両親のこと、今の後見人のこと、そして、妹をどうしても進学させてあげて、幸せにしてあげたいということ。

 僕は泣きながら頭を下げ続けることしかできなかった。

 すると、加賀さんは泣きながら俺を抱きしめ。

 うちで働きな、妹さん、幸せにしてあげなきゃなと、言って僕を雇ってくれた。

 ありがとうございますと何度も何度もお礼を言うことしかできなくて、久しぶりに大人の優しさに触れることができて涙が止まらなかった。

 家を出る際、もはや一銭にもならない僕たちを快く追い出したクズ共は両親が残した家がどれくらいの値で売れるかという話しかしていなかった。

 僕たちの思いですらも金に換えていくクズ共に僕は何も言わず、妹の手を引いて家を出た。

 亡くなった両親には申し訳ない気持ちになり、惨めな気持ちでいっぱいになったが。

 弱音なぞ吐けるわけがなかった。

 僕なんかよりもっと惨めな気持ちになっているであろう妹は文句ひとつ言わなかったのだから。

 僕のせいで死んだ父と母、僕のことが憎いだろうに。

 こんな生活をさせてしまって申し訳ない気持ちと、僕に何も文句を言わない妹に救われている現状に自己嫌悪がわくが、それでも僕は妹には幸せになって欲しいと願うことしかできない。


 


 そうして十年の月日がたった。

 初めは体力のない僕にはきつい作業の連続ではあったものの。

 加賀さんは優しかったし、若い作業員が珍しいかったのかほかの作業員の人もとても優しかった。

 同情もあったと思う。

 妹のために娘さんがいる作業員の人がお古の服を融通してくれた。

 これでも食えと、どこかで釣りをしてきた従業員の人が大きな真鯛をクーラーボックスごと僕に渡してきたこともある。

 どんな女がタイプだとか、胸派か尻派かなんて揶揄う人もいて、仕事に厳しい年配の人にはよく怒られもした。

 それでも、今思えば充実していたのだと思う。

 体を動かしていると嫌なことは忘れられたし、十年という月日は僕の罪悪感を癒してくれるには十分な時間だった。

 中卒という世間からすれば誇れるものではないものの、高齢化が進む現場作業員で若い人間は重宝された。

 勉強も実は好きだった僕は資格もたくさん取り、初めのころの給与に比べれべ雲泥ともいえるほどにたくさんもらえている。

 だからまだ貰える給料が少なかった時期の妹の高校の入学と、卒業式はボロボロ泣いてしまい、妹に恥ずかしがられながらも弄られたのは今思い出しても少し恥ずかしい。

 そうして妹が大学に進学し、卒業して、就職して、僕はやっと背負い続けてきた罪悪感と、妹の人生という名の荷を少しおろせた気分になった。

 安堵とは違う達成感というのか、そんなものが少し心を占めていた。

 そして妹は結婚する。

 お相手は加賀社長の息子の加賀多聞さんだ。

 妹とは七つ離れた年上、僕よりも完全に年上。

 最初妹さんを僕に下さいお兄さんと言われたときは異世界にでも迷い込んだ気持だった。

 だって明らかに年上だったから。

 だけど、妹が恥ずかしそうに、でも幸せそうな顔をしていたから、僕も思わず泣きながら


 


 「僕のせいで妹は苦労してきました。だから貴方が幸せにしてやってください。…………バトンを貴方に託します、よろしくお願いいたします」


 


 頭を下げて。

 僕は久しぶりに嬉しくて泣いた。

 多聞さんも、妹も、釣られたのかボロボロ泣いて。

 それが可笑しくて泣きながら笑った。 

 後に絶対にこのことを知っていたであろう加賀社長に妹の結婚相手、加賀社長の息子さんなんですけど知ってました?

 なんて聞くと寝耳に水だったのかひどく驚いていた。

 いや知らないんですか!? なんて社長にツッコミをいれてしまったが僕は悪くないと思う。

 その晩社長と一緒に妹の成長と結婚の喜びに泣きながら飲み明かした。

 ベロベロになりながら帰ってきた僕に妹がため息をつきながら「出ていくのが心配になりました」なんて言われた。

 だって嬉しいんだもんなんて言えば、ため息をつきながら兄さん今まで育ててくれてありがとう、大好きなんて言われてまた泣いた。

 そして結婚式を控えた前日。


 

 また世界は僕に牙をむいた。


 

 加賀社長と多聞さん。そして妹が式場で最後の準備に向かい。

 僕はどうしてもやらなければいけない仕事が残っていたので後から向かう手はずになっていた。

 社長には今日くらい他のやつに任せろと文句を言われたが、申し訳ないですと謝り倒すことしかできなかった。

 そして少し遅れて式場に到着すると、まだ三人は到着していなかった。

 嫌な予感がした。

 どこか寄り道しているのか? と思うも、こんな大事な日にそんなことをするような人たちじゃないことを僕が一番よく知っている。

 だから僕は式場を飛び出して、社長の家に向かおうとして、電話がかかってきた。

 慌てていたので電話の存在を失念してたと、いったいどこにいるのかと思いながら電話にでると、それは病院からだった。

 そこからはよく覚えていない。

 事故らしい。相手はあの後見人であるクズ共だった。

 豪遊していた時のことを忘れられず、借金に借金を重ねて首が回らないようになり、幸せになろうとしている妹を妬み、わざと車をぶつけて心中を図ったらしい。

 病院に行けば三人の遺体があった。

 社長、多聞さん、そして妹の遺体。

 みんな死んだ。


 だれもいきてない。


 


 「あ……あぁ……ああああああああああああふざけるな!! ふざけるな!!! 馬鹿野郎!!うわぁあああああああああ!!!」


 


 何をしたっていうんだ!!

 父も! 母も! そして妹すら僕から奪うのか!!

 苦しんで! 苦しんで! でも妹だけはどうか幸せになって欲しくて!!

 十分だろ!! もう十分じゃないか!!

 なのに! なのにまだ僕から奪うのか!? なんでだよ!! もう許してくれよ!!


 


 「もう嫌だ……もう嫌だ……もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ……こんな世界……もう嫌だ……」


 


 朦朧としていた。

 たぶん当時の僕はなにもかもに嫌気がさして、ゾンビのようだった。

 ただ歩き続けた。

 嫌なものから逃げるために。

 なにも考えたくないから。

 ただ歩き続けた。

 気づけば神社の前にいた。

 なんの神様を祭っているかもわからない寂れた神社だった。

 僕はいるかもわからない神様に言わずにはいられなかった。


 


 「……なあ神様。なんでみんな死んじゃうんだよ。僕でいいだろ……。妹が幸せを見つけたんだ。僕のせいで死んだ父さんと母さん。甘えたかっただろうにずっと我慢して、やっと甘えられる相手を見つけて、やっと幸せになろうとしてたんだ!! なのになんでこんなことになるんだよ!! 僕が何かしたか!? だったら僕を殺せばいいだろ!! 僕を殺せよ!! なんでだよ!!」


 


 僕はうずくまってどうしようもないほどに悍ましい世界に世界に涙した。

 もう限界だった。

 やっと両親の死に心が決着をつけたというのに、これは惨いだろ。

 妹も多聞さんも加賀社長もとてもいい人だったじゃないか。

 なんでこんなことになるんだよ……。


 


 「…………もうこんな世界嫌だ…………こんな世界で生きていたくない…………もう消えたい……」


 


 心身ともに疲弊していたのであろう。

 蹲った状態で僕はゆっくりと意識が朦朧となっていく。

 もし神様とやらがいるのなら、どうかお願いだ。

 あの日を、両親を失った日を、あの日からもう一度やり直させてくれ、そう願いながら意識を手放そうとしたとき、凄まじい光が神社から放たれた。 


 


 


 


                  ★


 


 


 「優作ー! 今ニュースで言ってるわよ! 雪で電車止まってるんですって! 今日入試でしょ! どうしましょ!」


 「…………………………は?」


 目が覚めた。

 いや正しく言うなら意識を取り戻したというべきか。

 僕はこんがり焼けたトースト加えながら豪雪のため電車が停止しているというニュースの情報を『母親』から聞かされた。


 「え? は? なにが起きて……え?」

 

 「どうしたの優作? 食パン焼きすぎちゃった?」


 「え、いや、お、美味しいよ母さん」


 母さん? 母さんだよな? なんで? 夢か?

 痛い。夢じゃない。何が起きてんだ? まさかあれ、全部夢?


 「そう、よかった。それより電車止まってるんですって、どうする? お父さんに送ってもらう?」


 母さんの言葉にあの光景がフラッシュバックし、反射で否定した。


 「いや電車で行くよ! 遅延証明があれば遅れても入場できるだろうし臨時のバスがでるんじゃないかな! ほら、どうせならこの機にギリギリまで勉強できるでしょ!」


 事故の光景が頭に駆け巡る。

 夢……? の光景が嫌なリアリティをもって僕に警告してくる。

 いや……本当に夢か?

 夢にしてはリアリティがありすぎる上流石に長すぎるだろう。

 それに


 (現場作業の手順も、クレーンの操作方法もわかる。どう考えても夢じゃない)


 「あら、そうなの? でもどれも空振りならタクシーで行きなさい。緊急手段はいくら持ってても損はないわよ」


 「うん、ありがとう母さん」


 涙がこぼれそうだ。

 母さんの声が聞こえる。

 母さんが生きている。

 どうしてこんなことが起きたかはわからないけど、もしかしたらあの神社の神様が


 「願いを叶えてくれたのかな」


 神様なんて信じてなかったし、今だって信じてはないけど。

 今だけは。

 そう一人考えていると、とうとうリビングに妹が現れた。


 「あ、兄さん。今日入試だっけ? 大丈夫だとは思うけどがんばってえええええええええええ!??」


 「優花! ああ、優花!! 生きてる! 生きてるんだな!! 優花!!」


 僕は寝起きで眠たげな表情の妹に抱き着いて思わず泣きながらそう言った。

 僕の大切な妹。

 結婚式を挙げれなかった妹。

 今度こそ、今度こそ見届けるんだ。

 最愛の妹の幸せな姿を。


 「ええええ!? どうしたの兄さん!? 受験ノイローゼ!? 今!? 本番で!? というかなんで私死んだことになってるの!?」


 「あらら悪い夢でも見たのかしら」


 「おー優作、雪で電車止まってるぞ。父さん送ろうかって何事だ!? 受験ノイローゼ!?」


 父さんがちょうど、寝起きでスマホのニュースを見ながらリビングに入ってき、僕たちの状況に驚いていた。

 まあいきなり妹に抱き着いて泣いている息子を見るとこうもなるであろう。

 だが妹と同じ反応であるあたり遺伝を感じる。

 でも僕はそれに喜びを感じた。

 父さんも、母さんも、妹も生きている。

 みんな生きてるんだと、声を大にして叫びたくなったが、テレビに映る時計をみると、そろそろ家を出なければまずい時刻であるのも確かであり、僕は涙を拭うと「ごめん!なんでもない!」と笑う。


 誤魔化すように鞄を手に取り、


 「騒いじゃってごめん! 僕頑張るよ! じゃ! 行ってきます!!」


 そう言って僕は喜びに震えながら笑顔で家を飛び出した。


 


 


 


 勿論本命は落ちた。


 僕は滑り止めの朝霧高校に進学することになった。


 まあ……流石に十年以上まともに勉強していないとこうもなろうと、苦笑いすることになった。


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