倉森明人は、なぜかSPみたいな仕事をしています
@tolucky1212
1-1
背中に電気が走った。
心臓の鼓動が漏れて周りが静まり返った。いや、そうではない。
自身の打ち放った銃に全員が目を凝らしている。
目に映る光景を認識し、呼吸の粗さを感じながら
これは自分なのか?
――――――
横浜港に停泊する豪華客船は、間もなく出向しようとしていた。
「おーい明人、こっちだー」
「悪い、遅れた」
明人は、大勢の同期たちをかわしながら雄二たちと合流し、周りを見渡した。
シャンパンにワイン、生ハムなど、洒落たつまみを食べながら談笑する会場の風景は、まだ学生であることを彷彿させるが、身にまとう真新しいスーツが、初々しさと気品を感じさせる。
『
明人たちが乗船している日本製の豪華客船が世界的な知名度を上げた結果、経済の面で一定の費用対効果が認められた。
歓迎会の予算について一部の野党より国会にて質問があがったが、豪華客船は引き続き海外富裕層の目に留まる事を視野に入れて利用される事となった。
「内定後は資金調達のためにバイトばかりしていて実感なかったけど、俺たち本当に4月から霞が関の一員になるんだよな?」
「あぁ。夢じゃないぞ。俺たちは、あの官庁訪問を乗り越えたんだ・・・。まぁ、秀則は浪人してまたこっちの世界を目指すんだけどな」
「そうか・・・あいつの励まし会は近々やるかな」
「とりあえず、今日は楽しもうぜ」
楽器演奏をBGMに、明人たちはワインやシャンパンを飲みながら、互いの省庁の配属される部署を予想して楽しんだ。
(まさか自分が霞が関の一員になる日が来るなんて。これからもひたむきに頑張ろう)
そう思い、明人はグラスを口に傾けた。
その時。
銃声の乾いた音が響いた。
静まり返った会場がざわつき始めると、
男は、腕を紐でくくった女性を連れて何か叫んでいる。
聞き慣れない言葉を大声で発しながら空へ拳銃を向ける。
会場は騒然となり、悲鳴があがった。
混乱が渦巻く中、明人は逃げ惑う人々に逆らって走った。
「おい明人っ!」
「先に避難してくれ!」
そう言うと、明人は雄二たちの視線からフェードアウトした。
人の流れに逆らい、建物を目指して走っていた時だった。
「待って!」
力のこもった女性の声がして、明人は立ち止った。
「私も一緒に行きます」
追いかけてきたのか、息を少し荒くした女性が明人のすぐ後ろに立っていた。
「危ないからあなたは逃げてください」
「いいえ。私はあなたに付いて行きます。私も行きたいんです」
綺麗な顔に似合わない険しい表情をしたその女性は、言葉に何の迷いもなく明人に言い放った。
この女性に何を言っても無理だと察した明人は、仕方なく頷き二人で走り始めた。
間もなくして、アナウンスが流れた。
「“わたしたちはカンボウチョウカンとはなしをします。ひとがたすけたかったら、カンボウチョウカンだしてください。We need to talk to him”」
片言の日本語と、訛りを伴う英語が会場に響き渡る。
「“こなかったら、30分ごで1人ころします。また30分で1人ころします。これは、ホントです“」
学生たちは、脱出用のボートを下す作業に取り掛かっていた。
大勢の流れる人を盾にして建物内への侵入に成功した二人は、とある部屋にたどり着いた。
スマホは圏外で、外部と連絡はとれない。
どうにかしてまずは外部とコンタクトを取り、そして捕らわれた人を助けられないかという一心でここまで来たが、この部屋は資料室らしく、連絡手段に使えそうなものは見当たらない。
「まずはこの部屋の中に、船の見取り図等があるか探しましょう。外部と連絡が取れそうな部屋を探すんです」
明人の言葉に一瞬戸惑うが、明人に付いてきた“
1分もしないうちに、灯凜は見取り図を探し当てた。
折り曲げられた見取り図をテーブルに広げ、明人は真ん中あたりを指さす。
「ここが連絡室みたいです。鍵がかかっているかもしれないので、まずは事務室に行って鍵を探しましょう」
明人は、連絡室と事務室を交互に指した。
「でもここって、さっきの大男の立てこもっている部屋からそんなに遠くない場所だし、危険じゃないですか?」
「この地図を見る限りでは、ここ以外に通信手段のとれそうな場所が見当たらないんです。手探りで一つずつ部屋を回るのは男たちと鉢合わせの可能性があるし、時間もかかるし・・・」
明人に地図を読み取る速さがあったのはいいが、所詮は机上の空論。
施錠の有無も分からない場所に焦って行くのは、命がいくつあっても足りない。
二人が言葉を詰まらせている時だった。
「提案がある」
漆黒の髪をまとった男が突然現れた。
飄々とした態度に驚いた二人は、当然のごとく男を警戒した。
「あ、あなたは・・?」
「地図を見ろ。立てこもっている部屋の奥は物置部屋になっている。そこに昇降口がある」
灯凜の問いかけを無視して、男は昇降口に繋がる図面通路を指した。
「俺が昇降口から侵入する。侵入の前に、この通路右手にある管理室で待機して、船のブレーカーを落とせ。無線で合図を取る」
なぜ室内の詳細を把握しているのか、何をしようとしているのか聞くのも憚る雰囲気だ。
「侵入って・・無茶ですよ。相手が何人いるかも分からないのに」
「部屋を暗くしてくれさえすれば勝算はある。銃と弾の予備はあるし、20人くらいなら1人で対応できる」
もはやどこから話せばいいか分からず2人は黙った。
男は淡々と話す。漆黒の髪から生み出される艶めきが、口の動きに連動して揺れる。
「・・あの、なぜ突入が前提なんですか?」
少しびびりつつ、灯凜が男の話を遮った。
「装備しているかもしれないし、仮に敵に・・・その銃が命中したとしても、人質に誤ってあたる可能性だってあります。命あっての人命救助です。外部からの助けを求める事を考える方が大事でしょう」
男は一瞬伏し目がちになったが、灯凜の方を真っ直ぐ見た。
「俺は周りの援助がなくても突入するつもりでいる。時間がない」
「時間って、30分のこと?」
「官房長官の交渉をあてにしたら駄目だ。ジョーカーに何の保険もなくエースを渡すことはまずない」
突飛なことばかり言うかと思いきや、冷静な意見まで言ってのける。
とりあえず、目の前の男が変わった人だと2人は理解できた。
「人質の中に、俺の仲間がいる」
「!?」
「とにかく時間がない。俺は一人でも行動に移す」
重い空気が流れる中、漆黒の男は入口に向けて銃を構えた。
その構えまでに、1秒もなかった。
物音はしなかったが、入口には2メートルくらいある男が両手を挙げて立っていた。
「おいおい銃をおろしてくれよ。俺は人質救出の手掛かりを探すためにここへ来たんだ」
ケイと名乗る栗色髪の男は、救出の手掛かりを求め、声がするこの部屋にたどり着いたと事情を説明した。
「なぁ、近くで聞き耳立てていたんだけどよ、お前の作戦気に入った」
ケイはニカっと笑い、白い歯を漆黒に向けた。
ケイから醸し出される雰囲気とそのガタイの良さから、漆黒の提案に乗った事に明人と灯凜は妙に納得した。
「色々事情があって、銃保管庫の場所を知っている。案内するから付いてきて欲しい」
ケイがそう言うと、漆黒の髪がゆらめいた。
「あんたミリタリー出身だろ。突入はできるよな?上に潜んで俺を援護して欲しい」
ケイはヘーゼル色の目を見開き、そしてゆっくりと頷いた。
「わかった。これから急いで突入の計画を立てよう。・・じゃあ2人は、外部との接触と別の方法からの人質救出の模索に専念するか?」
ケイと漆黒が、明人と灯凜を交互に見る。
2人がまじまじと見るものだから、思わず困り顔になり、明人と灯凜は破顔した。
まさか緊迫の状況に率先して立ち向かう、命知らずな変人に出会えるなんて。しかも2人も。
先ほどの優雅な雰囲気の会場では、1ミリも想像すらできなかった。
自己犠牲を惜しまない人たちに出会ったことで、明人と灯凜はますます己の自己防衛本能が麻痺したと感じつつ、同時に気持ちが高揚していた。
4人の考えがおおかた一致した。
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