1-4 邂逅

 扉からは死角になる、家の入口。鉄と肉のむっとする匂いに眉を寄せる。その庭にも人が倒れていた。それは老婆のようだった。彼女もまた血の海に沈んでいたけれど、どうやら血を流しながら家の中から庭へ落ちたらしい。引きずったような跡が縁側から、家の中へと続いていて──。


「……っ!」


 そうやって、視線を動かした先で、俺は息を呑んだ。


 涙を流し、こと切れている若い女の上に、何かが覆い被さっている。人のような、獣のような大きな黒い塊だ。灯りの落ちた室内は満月の光さえ通さず暗すぎて、まるで闇が蠢いているようだった。その姿はうねる巨大な蛇のようでも、あるいは炎のようにも、はたまた大きな蜘蛛のようにも見えた。


 なんだ、あれは。


 俺にはわからない。あんなもの、見たことが無いのだ。加えてそいつは女の死体の血を吸っているようだった。


 とても、獣のすることでもない。身が震えた。


 動揺のあまり、後ずさりする。その時、俺の足元でじゃりと小石を踏む音がした。しまった、と思った時にはもう遅い。大いなる闇はぴたりと動きを止めたかと思うと、ぬっ、とその上体を起こし、こちらを見つめたのだった。


 不思議なことに、その瞬間俺の脳裏に浮かんだのは、「美しい」という言葉だった。


 頭を上げたことで満月に照らし出された「それ」は、まるで女のように色白で整った顔立ちをしていた。切れ長の垂れた目に、真っ赤な瞳が輝いている。その唇が血で紅を塗ったように赤く艶やかに光る。それはどうしたことか、吸い付きたくなるほどに魅惑的だった。


 その頭には大きな獣の耳が生えているように見えたが、なんのことはない。被っていた頭巾がそのように影を作ったのだろう。


 瞬きをすれば、先ほどまで見えていたような巨大な黒い闇などどこにもなく、そこには全身を血に染めたひとりの僧がいるばかりだった。

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