1-3 外の世界

 今まで扉の隙間からしか見ていなかった世界は、あまりにも奥行きに満ちて広い。満月が昇った夜空は明るく、頬にはそよ風を感じた。そして、濃い鉄の匂いも。


 おまけに転がり出た勢いで、したたか地面に打ち付けた体が痛む。慌てて手を付き起き上がって、俺は唖然とした。


 そこはいつも見ている庭で、見慣れた男が血まみれで倒れている。首からドクドクとおびただしい血を溢れ出させ続けるその様を見て、不思議と俺は理解した。


 死んでいるのだ。


「う、うわ……っ」


 その血が、俺の手や体にまで纏わりついている。その生温かく鉄の匂いがするぬめりに、何とも言えない嫌悪感を覚え、俺は眉を寄せた。


 そして気付く。先程、この死体を襲ったはずの生き物は、どこかへ消え失せているようだった。


 わけがわからないまま、振り向く。そこには、大きな岩が鎮座していた。


 先の尖った、山のような形をした岩は中央がくりぬかれており、そこに小さな扉つきの祠が収められている。その扉が、完全に開いていた。周りには千切れたしめ縄や、血で汚れ、破れて落ちた札なども見えた。


 俺はその祠に、恐る恐る手を伸ばす。俺の手のひらよりもほんの少し大きい程のものだ。もしかして俺は、ここから出てきたのだろうか? 


 周りを見ても他にそれらしいものはない。ここに、俺が閉じ込められていたのか。それが今夜、何かの拍子に開いて、外に出られたということか?


 祠に触れてみても、何も起きない。また閉じ込められるわけでもなさそうだ。


 俺はひどく狼狽えていた。


 ずっと閉じ込められていた俺には、自由を得てどうしたらいいのかわからない。これまではずっと眠っていればよかったけれど、外に出てしまったわけだし、寝床はこんなに小さくてもう入れそうもない。新しい暮らしを探さなければいけないだろう。


 だというのに、恐らくこの屋敷には、この死体を作った「何か」がいる。


 俺は小さく震える脚で歩き始める。扉から見えていたのは、この家の一角でしかない。数十歩も歩けば、もう俺の知らない世界しかないだろう。ともかく、何が起こったのか、どうしてこの男が死んだのか確かめなければと思った。それ以外に、俺にわかることはないのだから。


 そうして、俺はゆっくりと家の入口へと進んで行った。

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