第5話 『たったひとつだけ』 ~るる、カルネアデス~

「だって……お母さんは葵のせいで死んじゃったんでしょ? 頑張れって……病気に負けないでって……いっぱいいっぱい無理させちゃった、から……」


 その目に澄んだ涙をいっぱいに溜めているあおいの前にるるがそっと屈み込む。


「葵、どうしてそんな事言うの? それは絶対に違うよ?」


 ふわり。

 ふわ、ふわり。


 優しい手つきで葵の頭から肩、背中を撫でては頬を摺り寄せたるるを見て、翔平の脳裏に在りし日の光景と現在の二人を重ねる。


 もう二度と見れないと思っていた。温かくて愛しくて、涙が零れてしまう程に幸せだった日々の欠片が目の前にある。


(仕草、クセ、話し方、表情……沙織にしか見えない。どうしてこの子はここまで再現できる? それとも……この子が霊媒師のような力を持っている? もし、もしそうだとしたら……。沙織……お前なのか? そこにいるのはお前じゃないのか?)


 こみ上げてくる感情を胸に、と一歩足を踏み出した翔平の目の前で葵の表情が、くしゃり、と歪んだ。

 

「だって! みんながそう言うんだもん、葵のせいだって!」

「みんな?」

「雄二君もさっちゃんも、佳奈ちゃんも……先生も! 言ってたもん! 葵のせいだって……あああん! うわあああああん!」


 葵の言葉を聞いた三人の表情が三様に変わった。


 ミシリ。


 秋が手にしたスマホが軋む。


(子供ならまだしも、小学校の教師が、だと? 何て……何て、酷い事を……)


「葵! その先生は誰だ!」

「あああああん! うわあああああっ!」

「お父さんが葵の代わりに言ってやる!」


 激高した翔平が空に向かって泣き声を上げる葵に詰め寄った瞬間、唇を噛み締めていたるるが、口を開く。


「翔ちゃん」

! お前も一緒に学校へ……」

「翔ちゃん!」


 その強い口調に足を止めた翔平に、るるがゆっくりと首を横に振った。


「さ、沙織……?」

 

 るるが、腕の中で泣き叫ぶ葵に語りかける。


「葵、辛かったね。悲しかったね。それでも誰にも言わずに一人で頑張って我慢してたんだね。葵は優しいもんね。お父さんにも辛い思いをさせたくなかったんだね」

「ひっく……ひっく、だって、葵の……葵のせいでお父さんがいっぱい泣いて……ごめんなさいごめんなさいごめ……ううう、うわあああああ!」

「……葵、聞いて」

「うああああああん!」


 イヤイヤ、と首を振り泣き続ける葵を抱きしめながら、囁くようにるるは言葉を続ける。


「いろんな人がいる。人の数だけ、たくさん気持ちや考え方があるよね。でも、本当の事は世界でたったひとつだけ」

「……?」

「病気で苦しい時、悲しい時に……葵がお母さんにどれだけ力をくれたか、お母さんがどれだけ嬉しかったか……本当の事を教えてあげる」



カクヨムコン投稿予定

『るる、カルネアデス ~高崎沙織~』

起承転結の転の部分です。

マ猫は転を思いついた後に書き始めるので、ここからスタートしました。


プロローグはKAC2024『心の色合い ~るる、カルネアデス~』で公開しています。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る