煌めく双惑星――光無き恒星 One Stars' side

一考真之

プロローグ 星に滴る雫




「ほらほら~、起きな~。朝ですよ~」


 それは、とある一軒家の一室にて。


 一人の女子が、もう一人の女子が寝ているベッドの上に、四つん這いで乗っかっていた。


「あと……ごふん……」


「あんまり遅いと気が変わったおねーちゃんが食べちゃうよ日織さん?」


「おねーちゃんに食べられるなら本望……」


「かわいい顔でよだれ垂らしながら言わないの」


 そう言った後、上に被さっていた女子がベッドから離れる。元々寝ていた女子はなくなりかけた微睡を、布団と共に抱え込もうとしていた。


 その様子を見て、先ほどまで乗っかっていた側の女子がため息をついた。


「寝坊してもおねーちゃんは知らないからね」


「じゃあ引きずり出して~……」


 違うところは、今この場に起きている出来事からも分かるように、朝への強さ。片方はそれなりに強く、もう片方はかなり弱い。ただ、そんな風に相違点を探すのは、大抵の人はそこまでしないうちに諦めるだろう。


 若干グレーチックな、ややくすんだような色合いの白系の色をした、肩にかかるくらいの長さの髪。深みを湛えた青い瞳。体格を含め、2人には共通点の方がたくさんあるのだ。後ろ姿だけではまず分からないほどに2人はよく似ている。


 起きている女子――凛月と、寝ている女子、日織。姿見のそっくりな2人の苗字も、その1つ。どちらも一つの星と書いて『ひとほし』。




 そう、2人は、この辺りではそれなりに名が知れている洋菓子店『一星堂』の、時に看板娘も努めている、双子である。


 そして、この世界における魔導士を育成する機関の1つ、蒼水魔導学院の、立派な生徒でもある。



 凛月が無理やり開け放った、日織の部屋のカーテンの向こうから差し込む日光。優しくも強くもあるその光と共に広がった青空は、確かに1日の始まりを告げていた。







* * * * * * *







 学生である一星姉妹は当然日中はいつも座学に実技に、と勉学に励むのだが、放課後になると日によって何をするかが異なる。


 この日は、姉妹揃って実家である一星堂の手伝いをしていた。


 手伝いと言っても、両親の意向できちんと労働としてカウントされているため、2人にとってはアルバイトの代わりでもある。元々看板娘として、客寄せのようなことをしたり店内の小さなイートインスペースを清掃したりと顔を見せていたこともあってか、一星堂の客も凛月と日織のことを知る人が多く、その整った容姿故に2人を目当てに来る客も少なくはない。


 しかし今日は、客足が向く気配がそれほどなかった。


 退屈な時間に飽きてきた店番中の凛月は、暇をどうすることも出来ずに外を眺めていた。


「おねーちゃん暇そうだね」


 後ろから、これまた暇を持て余した日織がエプロン姿で顔を覗かせる。


 今日は、将来2人で実店舗を出したいという夢のための一歩として、両親の提案の元、週1日、月4日の定休日のうち、1日だけ店を開けて不定期で店を完全に任される日だった。そういう日はメニューが凛月か日織が作ることの出来るクレープだけが売られる日になる。


 凛月と日織の料理の腕前は、両親には当然劣るものの、店に出すことは可能な水準には達しているため、この不定期開催のクレープ専売日を楽しみにしている人も、少しはいたりするのだ。


「暇そう、じゃなくて暇なのよ。そーいう日織だって、こっちに来れるくらいだから暇でしょ」


「私は色々準備をするから、それなりには仕事量あるんだよ」


「じゃあなんで来たの」


「おねーちゃんがすごく退屈そうにしてたから」


「あらおねーちゃん思いなこと」


「あとこれ今日作るメニュー表だからサンプル出しておいてね」


「はいはーい」


 メニュー表を手渡して、再びキッチンに戻っていく日織。その背中を見た後に、凛月も自分の仕事に取り掛かる。


 ミニ倉庫の中に入っている、クレープの食品サンプルの中から、今日日織が作る予定の品を出していく。




 最初の客が来たのは、そのサンプル群に、ちょっとした謳い文句を付け終わった後だった。


「いらっしゃいませー」


 半分ほど営業スマイルで、客を出迎える。


 若干茶色気味の黒髪に、黒い目。若干童顔で、凛月よりも少し低い背丈。制服は、まさかの凛月たちと同じ蒼水魔導学院のもの。すぐに名前が出てこないことから、凛月の知っている生徒ではないことが分かる。


 だが、制服の左胸のポケットの上についている着脱式ワッペンが、彼女が凛月や日織と同じ高等部であることを示している。何もなければ気さくに話しかけるのだが、今は接客中であるため、凛月は普段のノリに戻らないように気を付けていた。



「この、数量限定のデラックスミルクストロベリークレープ、2つください!」


「はーい、2つね――えっ、2つ?」


 目の前の少女からの注文を流れ作業のように取ろうとして、個数を思わず聞き返す。


 彼女が頼んだ、デラックスミルクストロベリークレープ。数量限定としているのは、作るサイズが大きい分材料が必要になり、そこまで作れないからである。『大きいの食べたい人、いそうだよね』という日織の思い付きでメニューとして出しているが、本当に通常より大きいサイズなため、甘いもの好きでも途中で飽きが来るなこれ、というのが、最初に食べた凛月の感想だった。


 サンプルのすぐ横に大きさ注意とまで出しているそれを2つ、というのだから、少しばかり心配にはなる。


「お客さん、ホントに2つで大丈夫? それ結構大きいですよ?」


「大丈夫です! 全然いけます! 普通のサイズなら4つでも!」


「お、おお……いや総量増えてる……?」


 稀にいる、いわゆる『目がない』人物。あまり食べそうに見えない目の前の少女は、そういう人なんだろう。


 そう納得することにして、凛月は、キッチンにいる日織に向けて声を発する。


「日織、でっかいの2つね」


 凛月の言葉に、日織が驚いた表情を向ける。声に出さないのは、客がいるが故の自重か。それでもちょっとおかしく感じる日織の反応を見て、凛月は笑いをこらえるのに少しばかりの時間を要した。


 ひとまず注文を通しておいて、再びショーケースの向こうにいる少女の方へ凛月は言葉を向けていた。


「代金は1,200円です」


「えーと……じゃあ、これで」


 トレイの上に置かれた1000円札二枚を受け取り、凛月は慣れた手つきでレジを叩た。そうして出てきたお釣りを手渡ししつつ、次の言葉を口にした。


「これ、お釣りです。あと、サイズ的にちょっと時間かかるので、あっちのイートインスペースで待っててくださいねー。席は好きなとこで大丈夫なのでー」


「あ、はい」


 少女が移動していくのを、凛月はショーケースの奥から眺めていた。


――あの子も、文房具買いに行くのかなぁ


 1件挟んだ隣が文房具屋であるため、一星堂にはその文房具屋の袋を持った人や、これから買いに行く人も多く訪れる。凛月が少女を見て、そう考えるのも自然な流れだった。


 キッチンでは、日織が慣れた手つきでせっせとクレープを作っている。可能ならば凛月も付き合いたかったのだが、そうすると来た人に対応する人がいなくなる。両親も今はいないため、完全に2人だけで店を回す必要があるのだ。


 これまでに回らなくなったことはないが、流石に連続して注文が入ると忙しくはなる。


「おねーちゃーん! 1つ先に持ってって!」


「はいよー」


 キッチンの奥まで入るべく自身のキッチン用帽子を被った後、日織の指示通り、出来上がった1つ目のデラックスミルクストロベリークレープを、先ほどの黒髪の少女のところに持っていく。


 その少女は、イートインスペースの一番奥の席にぽつりと座っていた。


「お待たせしましたー。デラックスミルクストロベリークレープです。もう1つは今作ってるから待っててくださいね」


 凛月の言葉に、少女は軽く頷くだけだった。


 あまりコミュニケーション好きじゃないのかなぁ、などと思いながら、凛月はレジの方へと戻っていく。


 そして定位置のようなレジからイートインスペースを見ると、少女が美味しそうにクレープを食べているのが見えた。かなりの好物なんだろうな、と思わせるほどに、笑顔だった。


「おねーちゃん、2つ目、いけるよ」


「はいはーい」


 先ほどと同じように、日織の作ったクレープを受け取り、そして少女の待つテーブルに持っていく。


 1つ目のクレープは既に半分ほど平らげられていた。早いなぁ、という感想を胸の内に抱きつつ、テーブルの上に、日織の作ったクレープを置いていた。


「お待たせしました。2つ目のデラックスミルクストロベリークレープです」


 凛月の言葉に、少女は先ほどと同じように軽い頷きだけを返した。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 凛月も、全ての品を届け終わった後の定型文的な言葉を返すと、またレジの方へ戻っていった。



「お客さん、どう?」


 いつの間にか後ろに来ていた日織が、小声で凛月に話しかける。


「めっちゃ幸せそう」


「そっか、よかった」


 少女が満足そうに食べているその横顔を見て、凛月と日織はレジの中、小さな空間で顔を見合わせて微笑んでいた。



 それから少しして、少女の手の中からクレープが消え、椅子から立ち上がった後、帰ろうとするその姿に、2人はレジの小さな空間から揃って声をかけた。


「「またのご来店、お待ちしております!」」


 凛月と日織で種類の違う笑顔を見た相手の少女は少しの間きょとんした顔だったが、軽く頭を下げると、そのまま自動ドアの向こう側へと去っていった。


 そうして店の中が再び二人だけになったところで、日織が口を開く。


「さっきの子、宵星さんじゃない?」


「日織、知ってるの?」


「うん。あの子の友達とよく話すからね」


「へー……」


 日織の言葉を聞きながら、凛月の視線は、先ほどまで少女――宵星雫がいたところに向けられていた。




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