第1141話 次世代の教育

 プランデットで酸素濃度を確認する。


 基準が五千年前で、エルフ対応なので今の人に適合するかは謎だが、まあ、風は送ったのだから即死することはないだろう。


「おれが先にいく」


 と、マベルクが暖炉に入っていった。


 こういうとき、先陣を切るのがこいつのいいところだよな。早死にするタイプでもあるが、人を引っ張っていけるのもこのタイプだろうな。


「少しずつ下りていけよ」


 オレはマキタの携帯扇風機を地面に向けてあとに続いた。


 暖炉の奥には一人が通るのがやっとの螺旋階段があり、所々しゃがまないといけないところがある。わざとか?


 五分ほど下りると、六畳くらいの部屋に出た。


 LEDライトを四隅に置き、四つのドアを見ていく。どれかがダミーか罠だろう。しゃがまないとならないところといい、四つのドアといい、追ってきたときを考えてのことなんだろうな。


 空間把握センサーで調べていき、正解のドアを発見。ゆっくりと開いた。


 ガスが満ちていると困るのでマベルクには階段に上がってもらい、プランデットで酸素濃度や成分測定をする。


 ドアにストッパーをかけ、扇風機で風を送り込んだ。


「風が流れたな」


 ってことは外に続いているってことか?


「擦ったあとがあるな」


 かなりの数がここを通ったのだろう。金属で擦れた跡が両側にあった。


「どうした?」


「いや、どんな気持ちで逃げたんだろうと思ってな。かなり慌てていたのが両側の傷でわかるよ……」


 生きているのを知っているから感傷的になることもないが、命からがら逃げるってのは自分の将来を見ているようで辛いよ。


「マベルク。守るべき者ができたら臆病になれよ。お前の行動次第で大切な人が生きるか死ぬかで決定される。お前の後ろに大切な人がいることを常に頭の中に浮かべておけ」


 これは自分への戒めでもある。いつでも逃げ出せるようにしながら逃げ出さなくてもいい状況を作り出す。オレは必ず家族を守り切ってみせる。


「……頭に入れておくよ……」


「そうしろ。お前はいずれたくさんの人の命を持つようになる。一番前に立つことになるだろうが、一番になる必要はない。誰が一番かを見極めたらいいんだ。上に立つってのは人を使うってことでもある。なるべく不満を持たさないように動かせば組織はそれなりに成り立つからな」


 それが難しいからオレは上には立ちたくないのだ。胃を痛めつけ、神経を擦り切れさせ、酒や女に溺れてしまう。


「それが嫌ならナンバー2やナンバー3を見つけて育てろ。自分の代わりに立ってくれる者がいるだけ楽になるからな」


 オレがこうして単独で動けているのは任せられる隊長クラスが何人もいるから。たくさんの地域に送り込めるから問題も解決できて、そこの脅威となるものを排除できる。つまり、安全圏が広がるってことだ。


「……なんか難しそうだな……」


「ああ、難しいさ。困難なことでもある。だが、今の状況に屈したくないのならやるしかない。まあ、屈してしまうのも楽でいいぞ。重たいものを背負うこともないんだからな」


 だが、それを捨てとき、お前は一生消えることない悔いを背負うことになるだろう。お前は、そんな男だ。


「まあ、そう深刻に考えるな。今のセフティーブレットはそれなりに大きい。今回のような大事が起きればセフティーブレット全体で対処する。セフティーブレットは職員を見捨てない。どんな場所にも駆けつける。これは絶対だ。守れぬ者はセフティーブレットを去ってもらう」


 もちろん、安全第一に、命大事に、命を粗末にしてはならない。勝てないのなら逃げろ、だ。


「そんな顔をするな。オレに教えられることは教えてやるから。さあ、先を進もう」


 大丈夫。お前に足りないのは経験だ。経験を積めばお前は最適の選択をできるようになるから。今はたくさん失敗して後悔したらいい。それは十年後の宝となるからな。


 辺りの通路を慎重に進むと、聖堂のような場所に出た。


「たぶん、伯爵家の霊廟だと思う。近くまで供え物を運んだことがあるから」


 まあ、伯爵家の霊廟があっても不思議じゃないか。てか、伯爵なら地上に作ってもいいんじゃねーの? 地下のほうがそんなにいいのか?

 

「ライトを持ってくる」


 一応、資料として残しておくか。また地下霊廟に入ることもあるだろうならな。


 タワーライトを二基持ってきてデジカメで撮っていると、日本語で刻まれた墓碑みたいなのがあった。


神木信弘かみきのぶひろ、って読むのか?」


 名前だけで他はこちらの文字だ。なんて書いてあるんだ?


「もし、これを読んだ同胞がいるならおれの頼みを聞いてくれ。もし、まだハクラクカが残っており、苦境にあるのなら力を貸して欲しい。報酬は女神像につけているものを渡そう。クソから渡された魔法の指輪だ。駆除すれば魔力は溜めこまれ、いろんな魔法が使える。同胞ならそれ以上の説明は不要だろう、だってよ」


 女神? あ、あれか。


 祭壇のところに女神像があり、その指に銀色の指輪が嵌められていた。


「神木さんは、それを渡されてこの世界に放り出されたんだな」


 哀れすぎて涙が出てきたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る