⑤『万人恐怖』

 領主は深刻な顔をしてこう言った。


「この2年、各地の領主の邸宅や銀行を荒らし回っている盗賊団がいる……という話はヨースから聞いているかね?」

「盗賊団……あーそんな話もしてたな」


 領主や富豪の屋敷、そして銀行や美術館など金目のものが集まる建物に集団で押し入り金品を奪う。

 そいつらは警備する兵士や魔術師を正面から打ち倒し、殲滅し、悠々と目的とする現金や高額の美術品を奪っていくらしい。無法がすぎる。


 チームの名前は『万人恐怖』。

『万人恐怖』は日本の強盗団や海外のマフィアとは規模が違う。

 人数——ではなく戦力が。

 連中は一国の正規軍すら倒しきる。


「『万人恐怖』のなかでも雑兵の奴らなら倒すことはたやすい……だが組織内の上位、十数名いる幹部クラスともなれば国内屈指の魔術師を返り討ちにしてしまうほどの強者」

「そう聞いてますよ。鬼強ぇっスね」


「率直に言って軍や中央政府の最強戦力をもってしても、あの連中を倒し切れるかどうか……。そもそもあやつらが次にどの施設を狙うかがわからない。アジトも所在不明」

「警察機構はあるけれどそれでも無理だと」


 敵は魔術師集団なのだ。

 常人には察知しえない本拠地を用意するだとか、

 尾行する敵を認知し撒くだとか、

 高速で移動し襲撃対象の施設に移動するだなんて可能性も考慮しなければならない。そういう類の固有魔法を使える術師がいるというのだから——

 交戦以前に捕捉することがまず困難なわけだ。


「かといって資産を少しでも安全な場所へ移動しようとしても」

「そこを狙ってくる可能性がある」


「すでに50名を超える犠牲者、そして国の年間予算に変換すれば1%強の財産が奴らに奪われてしまっている。このままでは経済危機や内乱……いや他国からの侵略を誘発しかねない。国家の存亡の危機なのだよ」

「そこまでいきますか?」


「連中は数ヶ月に1度のペースで『事』を起こしそのすべてを成功させている。迎え撃つ我々としては戦力が必要だ」

「俺に戦えと?」


「転移者はみなそろって魔術を身につけているという。国が連中にかけた懸賞金はそれこそ10代放蕩したとて尽きぬほどの額になる。素手の状態で巨熊と渡りあった君のガッツを活かして欲しい。」

「その…なんだ…困る」


 ヒトシの意を介さず領主は説明を続けた。

「『万人恐怖』の首魁は女だ。『シーマ』と名乗っておる。連中と交戦し辛うじて生き残った兵士の証言によれば若い女だ。茶髪で顔面に傷があるという」

「強いんでしょうね」


「とてつもなく。だがその頭を潰しさえすればしょせん寄せ集めの集団。組織として統制がとれるとは思えん。なんとでもなるだろう」

「希望的観測では……? しかし、女がチームの頭とは聞いたことがない」


(いや、現実世界の不良集団チームと比べちゃいかんな。女でも力があれば人が集まってくるのか)


「シーマという女はこの国でも三指に入るであろう魔術の使い手と思われておる。あるときなど、潰走し山に逃げ込んだ護衛兵たち目がけ放出魔法を放ち、山ごと消し飛ばした」

 ヨース家が住んでいる山と同じくらいの大きさの山をだよ、そう領主は付け足した。


「ミサイル……いや小型核かな……? それが本当ならヤバいっスね。魔術……というよりもその女が」


(今から魔術を身につけてない俺にそんな化け物と戦えと。ただの野生生物に四苦八苦してたのに?)


「歴戦の魔術師たちが交戦しているが、その女に傷ひとつつけた者は1人とておらぬ。どうだね? 興味をもったかね?」

「ムリ」


「君は元いた世界では最強の男としてそうじゃないか。この世界で強き者と戦い、勝利し、栄誉を得たいのではないのか?」

「ム」


「やんきー? という概念が私にはイマイチ理解できなかったが、こうして君と対面すればわかる。その威容、その男らしい顔つき……君はタフな人だ。君にふさわしい戦場を用意することができて私は領主として満足しているよ」

「リ」


「……本当に戦う気はないの?」

「すいません。仕事については先約があるんで……」


(戦い慣れていることは俺の長所ではある。魔術を覚えればきっとそれなりにやれるはず……)

(でもヨースのおっさんと約束しちまったし、しばらくの間はあの家で姉妹の面倒を見なくちゃ……。その間に『万人恐怖』が捕まってくれたらなんてことないんだが……)


「なら仕方ない……。こちらからはなにも言うことはない」

「すいませんね。連中が金持ちを狙うっていうなら山小屋に住んでいる俺たちなんて安全ですね。というかここも危ないんじゃないですか?」


「だからこうして私以外の家族やほとんどの使用人は王都内に疎開させているのだよ。。それに私自身も抵抗してみせるさ。仮に今奴らがきたとしたのなら、客人の君たちは生きて返すつもりだった」


 中年のおっさんが吠えた。腕に力がこもる。

 ヒトシには目を凝らさずともわかった。このおっさんは今の自分よりも遥かに強い。この人もまた魔術師であり武人。『万人恐怖』にこの邸宅が襲撃されようと無傷で済ませるつもりはない。


「領主様、古強者ってやつっスね」

「ああ。サトウ殿、君がたとえこの依頼を受けずとも、君への評価が下がることはない。……しかし残念だよ」

「どっちなの?」


「君の武勇伝は広く長く語り継がれなければならない。それでは、またいつか会おう。できればそのときは平和な世の中になってもらいたいが」

 領主は照れ顔になって平民のヒトシに頭を下げる。

 この態度は……、


(このおっさん俺のファンになったのか?! さっきのお礼といいサーヴィスが良すぎると思ったぜ……)

(魔術が使えるこの人からすれば俺なんて(きっと)一蹴できる弱者でしかないのだろう。だが、ただの人間である俺がクマに立ち向かって一矢報いたんだ。『いじめられっ子がいじめっ子に一発殴りつけてやった』みたいな爽快感があるのかもしれんな……)


 領主は英雄を手放しに褒め称えた。

 数ヶ月後、倒した巨熊は剥製にして邸宅の玄関ホールに飾られたし、役人がとった調書の写しも入手し添えられた。さらには絵師に俺の似顔絵や巨熊と戦っている場面の絵画まで書かせる始末。

 最初のファンこそ中年のおっさんだったが、転移者サトウ・ヒトシを英雄視する人間はこの国中に溢れかえることになる。それはまたしばらく先のことだ。


 この中年男性は口伝てに、新聞社に、その他あらゆる手段をもってヒトシの勇名を流布した。『自分の領地内に異世界から転移してきた巨漢の青年が獣害から少女を救った』と。

 この領主が左藤齋に関する噂を広めたことが、この国の未来を変えることになるのだが、それを理解する者はただ1人もいない。


————————————————————————————————————


 いかにもな悪役が出てきました。

 数話後にヒトシはヨース家を出てこの『万人恐怖』を相手に戦いを繰り広げることになります。

『数ヶ月』という言葉が出てきましたけれど翻訳されているとでも思ってください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る