④情けは人のためならず

「だからさ! 俺が勝手にギギちゃんを助けただけなんだって。体が勝手に動いたってやつ? だからお礼なんてもらわないし! 金もいらねぇ飯も食わせてもらわなくてけっこう! 家に泊めてもらうなんて言語道断!!」

「でももう傷の手当してるよね」


 そう言ったのはヨースという男——ギギの父親でありこの山小屋の主人、そして俺の命の恩人でもある。

 ヒトシは気がつけばこの山小屋のなかにいた。ヨースが運び込んでくれたのだろう。床のうえなのはベッドがヒトシのサイズにあっていないからだ。


(俺デカいのによく運び込めたな。見かけによらず力持ちなのかこのおっさん……。山男な割に髭も生やしてないし並の体格だっつうのに。見た目からして優男で塩顔で、性格の方も温厚でなおかつクールっぽい)


 ヒトシは上半身の服を脱がされ頭や手に包帯を巻かれている。痛みはあるが一週間もすればどうにかなる程度の負傷具合だ。

 

「でもでもでも」

「親切はありがたく受け取ってくれ。なにせ娘の命を助けてくれた大恩人だ」


「それはこちらも。あのクマ倒したのはあんたのほうっス」

 相手は年上なので敬語(?)にしておいたヒトシである。

「共通語が使えるんだね。ギギが言うには転移者なんだって? 気がついたらこの山に倒れていた。この国の名前も知らない。今王様が誰なのかも」



「んじゃそっちも年号や今の首相の名前言ってみてくださいよ。わかんないでしょ?」

「『ねんごう』も『しゅしょう』も知らない言葉だね」


「あと俺が元いた世界には銃はあるけれど、魔術なんて存在しないよ」

「修行しないと魔術は使えない。……君は素手であのクマと戦った。娘を助けてくれた。ありがとう。感謝しきれない」


 ヒトシは気恥ずかしさから頭をかく。


「そうだ、俺は転移者なんスよ。俺みたいな奴家に匿ったらお偉いさんにこの家が迫害されない?」

「そんなことされないよ。転移者についてはそのうち役人がきて登録してもらえば普通にこの国の住民として認められる」


「そんな簡単に済んでいいのか……慣れすぎじゃね?」

「何年かに1回くらいの間隔で現れるからね。もういちいち騒いだりしないよ。君が酷い目にあわないことは保障しておく」



 実際ヨースの言うとおりだった。

 

 この世界へ転移してから1週間後、俺とヨース一家(ヨースとギギ、ギギの妹の計3名)は領主の邸宅へむかった。

 謁見の間で会った領主——禿頭のおっさんは俺を褒め称えた。


「ほう、転移者がヨースの娘を助けたと。見ず知らずの子供を助けるために命懸けでクマと戦った。それも武器もなしに」

「……ま、そっスね」


「信じられぬ!! まさに英雄的行動。そしてサトウ殿は大きな怪我もせずにその戦いを切り抜けられておる。元いた世界でも武勲でその名をなしていたに違いないな!」

「俺はただのヤンキーです」


「やんきー……? ともかく領主として恩賞をあたえぬわけにはいかなぬ」

「いりません!」


「うむ?」

「いりません。俺が自分勝手にやったことなんで。怪我が治ったらヨースさんの家からも出て行きます」


 ヒトシの隣に座っていたヨースが頭を押さえつけてくる。

 さらにヨースが耳元でささやいた。


「ありがたくいただいておけ! いいから」

「良くねぇよ! 俺のプライドが許さねぇ!」

「なら金や拝領物は俺が預かっておくから!」


 どうやら恩賞とやらの受け取りを拒否すると領主様の機嫌を損ねることになりかねないらしい。

 ヒトシは渋々金(異世界あるあるな金貨ではなく紙幣)と拝領物(小刀と衣服と高そうな蒸留酒)を受け取った。領主はそれに満足してくれたようだ。


 公式の謁見が済むとヒトシは別室で王都からきたという役人から聴取を受けた。

 さして長い時間はかからなかった。ヒトシが元いた世界の歴史や文化、地理、そして技術について知っていることを正直に話した。

 ヒトシはもう電池が切れてしまったスマホの機能について語ったが、調書をとっている役人は半信半疑のまま話を聞いているようだった。


(まぁ俺も使い方はわかっても仕組みのほうについてはまるで詳しくないからな。こっちの科学者に伝えられても理解できるかどうか……)


 ヒトシは転移者として認められ一定の人権は保障されるそうだ。この国の国民の1人として認められた。転移者だからといって大きな自由の制限も受けない、公然と差別されることもないとのこと。


(それはいんだけどよぉ)


 ヒトシが『元いた世界への戻り方』をたずねても、役人は笑って首を横に振るのみであった。


(どうあがいても絶望)


「えーフ○ーレンも新章にはいって気になるところだっつうのに。最近ア○ーズにドリ○ターズも掲載されるようになって続きが楽しみ……。どうにかして帰る方法は……いや、もしかしたらこっちの世界でも面白いコンテンツがある可能性がないくはないんだが……」

「なにぶつぶつ言ってるの?」


 ヒトシとヨース一家は夕食を振る舞われた。この世界の基準では間違いなくご馳走なのだろう。量も種類も申し分なかった。

 ヨースのつくったものもそうだが、この国の料理は全般的に味付けが薄いようだ。ヒトシの舌にはあまりあわなかったが食べられるだけありがたい。


 ヒトシの隣に座ったギギが説明してくれる。

「お父さんは領主様お抱えの猟師なのよ! このお肉もお父さんが燻製にして献上した猪肉。美味しいでしょヒトシ」

 うなずくヒトシ。

 そしてヨースのほうをむいた。

「んー、思ったより生活は豊かなの?」


 ヨースはワインを飲んでいた。

「領主とその一族が年に何回か山にきて猟をするんだ。俺はその付き添いをする。あと獲物のなかから上等なのを贈る。その対価だけで普通の国民の倍くらいの収入になるね」

「ウマい仕事だな」


「余った肉や毛皮なんかは山を降りて村で売るんだ。だからまぁかなり金銭的に余裕がある。

「勧誘ですか?」


「そう。俺が猟で家を空けているときに大人がいてくれたら助かる。ギギもヨシモもまだ小さいしね」

 ヒトシの隣で小さくない!! とギギが主張しているが父親は無視する。

 ヨシモはギギの隣にちょこんと座っている。無口で口を開いても小声で存在感がない子だ。ギギの2つ下で8歳。髪の色は青紫色で亡くなった奥さんとそっくりだそうだ。

 勝ち気な性格のギギと対照的に大人しそうな性格をしている。ギギはクールぶっているが実は熱血なお姉ちゃんで、ヨシモは見ているこちらが守ってあげたくなるような妹キャラといったところか。

 2年前にヨースの奥さんが亡くなってからこの家族は3人暮らしをしているという。孤立した山の中で父子家庭。いろいろな意味で苦労は絶えなかっただろう。きっとこれからも。


「俺がいたら問題が解決すると?」

「それはもちろん。というかヒトシ一文無しなんだから今家を離れたら野垂れ死ぬでしょ。それにこの世界のことをほとんど知らないし」


「……確かに」

「君はギギにもヨシモにも好かれているようだ。子守役としては適任なはず。もちろん給料は出すよ」


 地元じゃ知らぬ者のいない札付きの不良だったヒトシが、

 なんの因果かこの世界では小さな女の子に好かれるベビーシッターになる。なってしまう。


(大事なことは考えるな、即答しろっていうし)


「わかりました。あの家に残ります——しばらくの間は」

 そうヒトシが答えるとギギは席から勢いよく立ち上がり絶叫。


「やったー!! わー、わぁあああい。祝! 乾杯しようヒトシ!! ほらグラスもって!!」


 そう言ってギギはグラスをもち、自分のジュースが入ったそれとヒトシの酒が入ったそれをぶつける。


「乾杯?」

 そう言ってヒトシはビールに口をつける。


「そういえば元いた世界ではお酒は20歳になってからなんじゃなかった? 飲み慣れてない?」

「き、気のせいですよ……」


 ヒトシはヨシモの様子をうかがった。彼女も黙ってはいるが頬を染め、こちらを上目遣いで見て、嬉しそうな顔をしている。

 ヨシモにとって彼は転移してきたなにも知らないエキゾチックな青年であり、姉を救った勇者なのだ。


(姉妹どちらからも気に入られている。悪くない仕事にありつけた……のか。ともかく異性として意識することだけは避けないと。まぁこんな小さな子たちをその目で見るこたぁないんだが)

 ヒトシは自分とタメか年長以上の異性にしか欲情しない。彼から見ればこの姉妹は手間のかかる小動物のような存在であった。



 ……ヒトシはその邸宅に半日滞在しふと疑問をもった。


(この家、広さの割に仕事をしている使用人が少ないような。それに領主の家族の姿も見かけない。なにか理由があるのか?)

(まっ、この世界のルールなんてわからないから考えても仕方ねぇか。たずねるまでもない)


 邸宅の客室に1泊した後、ヨース家一行は帰宅することになる。

 帰り際、ヒトシは邸宅の入口で領主に呼び止められた。

「サトウ殿。これは強制ではないのだが、できれば承諾していただきたい儀がある」

「なんスか?」


————————————————————————————————————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る