第6話

春の終わりから約十ヶ月が経った。

空に晴れが煌めき、春の陽気が僕らに着実に歩み寄って、雪が溶け始めた頃。

僕は一人で桜の木の麓に来た。

「はぁー」

息を吐いた。息が白く映るほどの肌寒さが僕を襲う。

「寒っ」

僕は身を縮こむ。春の季節が近づいてきたとはいえまだ一桁の気温だ。そりゃあ寒い。

露点に達しついた水滴を指で触れる。

「ちべたっ!」

すぐに手を放し、用意してきた手袋を付ける。

冬の終わりと春の始まりのちょうど合間。それだけで気分が高鳴ってくるのは僕だけだろうか。僕と君の季節が一年という幾年にも感じられる時間を過ごしてようやく帰って来る。刹那に過ぎる時間が。

「ふふっ」

思わず僕は笑っていた。去年、君に「春は私と静次の季節」と言われた。それから、この時間を心待ちにしていた。雪が微かに残り、湿った芝生の上に僕は腰を下ろす。

春の頃はずっとここに来て朝焼けを眺めるのが日常だった。

しかし、昨日突如生まれた悪夢が僕をここに駆り立てた。

君が僕の目の前からいなくなる、そんな夢。確かに人間として生きるからには必ず『死』というエンディングが待っている。

それでも、僕はそのエンディングを迎えてほしくはなかった。ずっとこの時間が続くようなエンディングがいい。

僕はまた一つ息を吐いた。

すると、声が聞こえた。間違えるはずがない.。いつも聞いている声だ。

「やっぱりここにいたね。静次」

君が僕の方に歩きながらそう言った。鼻の先が、指の先が赤い。長い間、外気に触れていたのだろう。

僕は立ち上がり外した手袋を君に渡す。

「寒かっただろ、ほれ使いな」

「まったくキザなフリしちゃってぇ、うん!ありがと!」

素直に手袋をつけた君。その様子を見て微笑む僕。

未だに僕らは厚着をしていたが、どこか胸が熱くなっていた。

まるで春の陽気が僕らの周りに集まったかのように。

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