三島博、東極夏彦を回想する
その男、東極夏彦。頭脳明晰でスポーツ万能。性格は温和で気さく。周りからも人格者として知られていた。だがその素性は妄想癖があり凶悪。人心掌握術に長け、人を手足のように動かし、本人に自覚させないまま悪事を働かせるのが奴だ。悪のカリスマのような存在。世が世なら、歴史にその悪名を刻むことができたであろう程の人物。いや、ヤツはもう日本を震撼させた事件を起こしている。すでに犯罪史上最悪とも言える事件で歴史に名を残している。
夏彦の父親はIT産業という言葉が生まれる以前に個人売買のサイトを立ち上げ、巨万の富を得る。今や世界中がそのサイトを利用するほどの大企業のCEOである。
ヤツには歳の離れた異母兄弟の兄がいる。見た目はあまりぱっとはしないが、性格は穏やかで品行方正。随分と頭のキレがよく、現在父親の会社の重役のポストに着き、会社をさらに発展へと導いていた。
夏彦は俺と大吾と同じ高校へ通っていた。高校1年のとき夏彦は大吾と同じクラスになっている。俺は隣のクラスだったので、よく大吾のクラスに遊びに行っていた。もちろん夏彦とも顔を合わせることがあったが、夏彦は俺など眼中にない様子だったが、時折見せる、ほんの一瞬だが大吾に向け嫌悪をこめた視線に俺は気づいていた。
大吾は全く気付いた様子はなかったが、俺には解る。あれは昔の俺の目だ。人を羨み、妬む。激しい嫉妬の視線だ。
大吾のクラスは、大吾と夏彦を中心にした2つのグループに分かれていた。恐らく自分と同等以上の大吾の存在を疎ましく思っているのだろうと、あまり気にせずにいたが、その視線が次第に殺気を帯びてきたのを感じ、大吾に夏彦と何かあったのかと尋ねた。
「えっ?東極。そういえば学校以外でもバッタリ出会ったりするな…」
「それはどういう所で?」
「えーと。そうそう、つい最近美羽と夜釣りに行った時に港の倉庫の前であったな…。それから夜9時くらいかな?美羽の友達の家出少女を探しに行った時に3丁目の廃工場があったろ。そこでバッタリ出会ったりもしたな…」
「なんで夏彦はそんな辺鄙な所に、しかも夜遅い時間にいたんだ?」
「あー、港であった時は東国の親父さんの倉庫がそこにあって、親父さんの手伝いで在庫の不備がどうのこうのって言っていたな…」
「廃工場は?」
「それも親父さんの手伝いで廃工場の買収がどうのこうのって言っていたな。夜遅くまで大変だなって言ったのを覚えているよ」
「ふ〜ん。でその時の夏彦の様子はどうだった?」
「ちょっと待て博、その前になんでそんなに東極のこと聞くの?」
「いや、大吾と同じクラスなのにヤツはあまりお前と話そうとしないだろ?お前は割と積極的に話しているのにな。それでどうしてかなって思っただけだ」
「えっ?俺って避けられているの?」
「は〜〜〜。お前気付いてなかったの?」
「ああ、全然」
「まあいい。それで倉庫前と廃工場の時の夏彦の様子は?」
「……俺その時になんかしたかなぁ?あっ東極の様子ね。普段と同じ感じだよ。いつもの人懐っこい笑顔だったぞ……。ああでも、なぜかバッタリ会う時はフード付きのコートを着たいたよ。いつも目深にフードを被っていたので覚えているぞ」
「なんで目深にフードを被っているのに夏彦ってわかったんだ?」
「ああ、それはなんでか知らないが、いつも出会い頭にぶつかるんだよ。例えば道の角を曲がった瞬間とかな。それで俺の方がデカいから、東極が仰向けにひっくり返るんだよ。当然すみません!って助け起こそうとするだろ。その時にあ〜東極か〜ってなるよな」
「はははっなるほどね!」
俺は大吾から夏彦の話を聞き終え。なぜ夏彦が大吾に殺意を向ける理由がわかった。
その理由。なぜか大吾、美羽兄妹は悪事の現場に出くわすことが多いのだ。
俺の駄菓子屋窃盗未遂事件の時もそうだが、まるで見計らったように、犯罪が起こる直前、大吾兄妹はその当事者と遭遇するのだ。そうして犯罪は未然に防がれることとなるのだが、当の兄弟はそのことに全く気付いていない。当然だ。大吾たちのおかげで犯罪は起こらず、ただ偶然その当事者と出会ったに過ぎないのだから。
俺たち仲間内の元悪ガキたちからも大吾たちのおかげで悪事に手を染めないですんだという話は随分聞いている。大吾たちには恥ずかしくて話さないが、懺悔を込めてか、元悪ガキたち同士ではそんな話がよく持ち上がるのだ。
それはさておき、夏彦は間違いなく何か良くないことを企んでいる。
俺はそう確信して、東極夏彦という男を徹底的に調べることにしたのだ。
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