立花慎一郎の憂鬱

事前連絡を入れていたので、基地に戻ると私の上官の三人が私たちの帰還を待ってくれていた。上官のひとりが酷い有様の私の子供達にまずはシャワーでも浴びて来なさいと言ってくれたので、博を含めた三人はまだシャワー室にいる。

私は今日起こった出来事を回想している。

酷い一日だった……。

魔物達の存在を知らされたのもそうだが、何より娘の美羽に背負われたことのほうがショックが大きい。もう少しで美羽の背中で涙を流すところだった。大吾もそうだが美羽は私の最も大切な宝だ。今まで美羽には尊敬とまでは言わないが、せめてどんな時でもすごく頼れるお父さんと思っていて欲しかった……。なのに……「お父さん私がおんぶしてあげるよっ」だとっ!

もちろん全力で拒否した。だがどんなに頑張っても前を走る者達に迷惑をかけてしまう自分に心は折れてしまう。結局帰りの下山道でも美羽に背負ってもらうことになる。せめて大吾におぶさりたかった。だが博がいた!もちろん美羽に博をおんぶさせるわけには絶対にいかない!うーヒロシめーお前は走れよ!なんで楽ちんそうに大吾におぶされている!?

怒りの矛先が博に変わった頃、三人はシャワー室より戻って来た。


博が撮影した動画と酒井3等陸曹が撮影した動画を見終え、今は、大吾と美羽の話を私と三人の上官、そして博で聞いている。先ほどから私と上官の四人の口は半開き状態だ。気がつくと口の中がカラッカラッの状態だ。博はなぜか平然としている。

大吾と美羽の話は5年前兄妹で成し得た人命救助から始まった。まさか!あの話は本当だったのか?当時私は兄弟の言う巨大な青鬼の話を聞いていた。ふたりが嘘をついているとは全く思っていなかった。だからこそ心的外傷後ストレス(PTSD)を疑って、私たち夫婦は心配のあまり二人をカウンセリングに通わせたっけ……。

次にふたりが話し出したのは、本日7月25日は二人にとって3回目だということ。いわゆるタイムリープというやつだ。1回目の朝に魔物に襲われ死んで、青鬼の元に行きいろいろ話し、時を起床時に戻して復活させてもらい。2回目の朝はなんと私の親友田所夫妻も殺されて、結局ふたりも殺されて、またまた青鬼の元に行っていろいろ話し、今度は起床時より5時間前まで遡り復活させてもらい。山の広場で魔物たちを待ち伏せして壊滅に追いやったと言う。可愛い子供たちになんということだ!

ふたりが話すには死んで復活するたびに体が強化されていくということだった。実際にどれほどのものか証明すると言ってふたりは何か固くて棒状の物を用意して欲しいと言って来たので、自衛隊のリクリエーションに使っている野球の金属バットを手配する。金属バットならを素手で折る人もいるということで、まず大吾が右手の親指と人差し指で金属バットをつまむと、まるで粘土で出来たバットのようにクキュッと音を立てて潰す。その潰れたバットを美羽に渡すと、美羽も折れた半分の真ん中を親指と人差し指でつまむとクキュッと潰す。そのまた折れた半分を大吾がクキュッと潰す。クキュッ、クキュッ、クキュッ、クキュッ、クキュッ。親指と人差し指だけで何度も潰された金属バットはもはやグリップの部分がかろうじてバットだったことを示す物体になり変わっていた。(弁償しなくては…。五千円ぐらいで足りるかな?)と現実逃避に心が逃げようとするのを堪え、なんとかふたりの話を聞き終える。

話しを一通り終えると上官たちが大吾たちに質問する。

「動画を見る限りその魔物たちは武装といわれる物を何も所持していなように見えたのだが、丸腰で世界に喧嘩を売るつもりなのか?」

「それについてですが、巨大な青鬼の話によると異世界では地球のような武器の類は開発されておらず、剣や槍、弓の程度の武器しかないようで、昨今では弓以外の武器は使用せず、薬物と魔術によって身体強化をし、自身の肉体を兵器化して戦うそうです」

「その兵器化した肉体は地球の兵器に対してどれほどの脅威があると?」

「はい、まず防御力についてですが、日本の警察官が通常所持している拳銃程度で致命傷を与えるためには、ピンポイントで急所にあたれば数発。しかし実戦でそれは難しいので実際には数十発打ち込む必要があるとのこと。例えるなら拳銃でサイを倒すとお考えいただければ良いかと。これは魔物軍全て部隊に共通します。また、攻撃面ではゴブリン部隊だと、地球上のトラやライオンなどの肉食獣と同等の俊敏さや攻撃力を行使し、オーク部隊だと俊敏さは変わりませんが、片手でゾウやサイを押さえ込むことが出来るほどだと、グリフォン部隊は飛行スピードと旋回能力の飛躍的向上だと聞いております」

「なるほど、そこまでの身体能力で武器を使用するとすぐに武器が破損し、かえって邪魔になると言うことか。それで先程薬物と魔術と聞いたが、魔術は先ほど聞いた。薬物というのは?」

「はい、薬物の詳細までは聞かなかったのですが、地球でいう麻薬と同種と考えて良さそうです。その薬物の効果は個体によって多少誤差がありますが、およそ30分ほど継続し、魔物たちは戦闘時、常に身体中に装備し携帯しているようです」

「ふむ、肉体そのものが武器で、装備しているのは軽微な薬物と食料のみ。まさにゲリラ戦に特化している。山岳地帯でも潜まれてたら、大型兵器の使用は難しくなるな、どこに潜んでいるかわからない敵に闇雲に攻撃しても兵器の無駄遣いになるどころか、日本国土に深刻なダメージを与えてしまう、最悪民間人を巻き込みかねないということか…」

「そういうことです、先ほども少し触れましたが、敵の部隊編成も聞いておりますので、ここでご報告しますがよろしいでしょうか?」

「おお、そうしてくれ」

「さほどお伝えしたとおり異世界での総兵力は15億。日本に潜伏していると思われる魔物は巨大な青鬼の推察によると100万。その詳細はゴブリン部隊70万、オーク部隊20万、グリフォン部隊7万、その他戦闘には加わらない衛生部隊や兵站部隊などの3万です。魔物たちは開戦と同時にゲートの拡張をして一気に大量の魔物軍を侵攻してくるはずなので、開戦後は異世界の総兵力15億を相手にすることになると考えていた方が良さそうです」

「15億…。なるほど丸腰でもそれほどの武力を持つ兵士とその数、それなら地球を侵略するに足るな。地球側としても大型兵器はおろか核兵器の使用まで視野に入ってくる…。それで敵方の4部隊があると聞いたが、先頭に加わる3部隊にそれぞれ役割があるのかな?」

「はい、まず最も数が多いゴブリン部隊ですが、奴らは敏捷性に優れ小柄な体を活かした斥候や潜伏を得意としており、ゲリラ戦の主力となります。次にオーク部隊ですが奴らはゴブリンに比べると数段動きが鈍くなりますが、部隊の中で一番頑丈でチカラが強く、相手側からの攻撃の壁役を務め、防壁や主要施設などの破壊工作の時にも力を発揮します。最後にグリフォン部隊は優れた飛翔能力と知力で上空から戦況を判断し、地上のゴブリン部隊とオーク部隊に指示を出す司令塔の役割を持ちます。空中戦になった場合、奴の持つ旋回能力は戦闘ヘリを軽く凌駕するので難敵ともいえます」

「うーむ聞けば聞くほど、防衛戦だけでは国民を守ることは不可能だな。我々から先制攻撃を仕掛けるしかないのかぁ」

「その通りです!奴らには国際法なども無意味です、開戦早々多くの国民が犠牲になります!」

「…………君たちのいうことは全面的とまではいえないが信用に値すると私は思っている。防衛大学の学生であり、父に自衛隊の幹部を持つ。そんな君たちが今、我ら自衛隊や警察、消防をすでに動かしてまで嘘をついているとは到底思えない。だがな今陸自ができるとことと言えば、君らの証言に基づいて魔物たちの潜伏の証拠を押さえることぐらいまでだ。まだ国民になんの被害も出ていないこの状況で即時攻撃とはいかないのは君たちもわかるだろう。もちろん被害が出てしまってからの攻撃では遅すぎるとも理解はしているが……」

「では、敵を包囲して圧力をかけ、敵からの攻撃を誘導してみては?」

「確かにそれも考えられるが、そもそも敵の全部隊の居場所を特定するのに時間がかかりすぎる。仮にその居場所を近々に把握でき包囲できたとしても、完全に包囲されて味方の被害が甚大となるのが分かっていて、それでも攻撃を仕掛けてくるだろうか?私なら即時に降伏し、撤退を全軍に伝える。そして異世界に戻り別の作戦を練り攻撃を再開するだろう。そして次は日本以外が標的になる。我々が全世界に向けて唯一の証拠の動画を公開し警告しても、奴らは武器らしいものを何も所持していないし、ましてや素直に異世界に撤退している。各国の中には異世界を歓迎したいとすら考える国も出てくるだろう」

上官の言うことはもっともだ。上官のその話に場は静まり返る。

そのしばらく続いた静寂を破って、博が口を開く。

「確実とは言えませんが、こっちからの攻撃の突破口、開けるかもしれません」

そうみんなに伝えると、一斉に博に注目する。

博はその案を話す前に聞いてほしいと、大吾たちが顔を洗いに小川に行って広場にいなくなったところからグリフォンたちが山奥に去るまでのことを詳細に話す。一通り話し終えると。最後に博の口から衝撃的な発言がとびだす。

「私の撮影した動画の中で3体のグリフォンと共にやって来た男がいたでしょう?その男は私と立花兄妹がよく知る人物でした。もちろん人間で日本人です。その男を利用できるかもしれません」

「「「「なんだと!?」」」」

その場にいた全員が驚愕の声を上げる。

「その男の名前は東極夏彦。自衛隊の方も東極財閥総裁の次男で逃亡中の犯罪者と聞けばお分かりになるのではないかと」

「ちょっと待って、私もグリフォンがやって来たところの三島くんの動画見たけど、全然気づかなかったよ?」

「ああ、そうだろうな。奴は当時とは様子が随分と変わっていた。それに異世界だっけ?その見慣れない格好と目深に被ったフードで気づかなかったんだろう。あとでじっくり確認するといいよ。モニター越しじゃなくて俺は直接ヤツを見たんだ、見た瞬間わかったよ。なにせ奴の悪事を暴くために張り付いていたからな。奴の変装した姿なんて何度も見ている。見間違えるはずは無いよ」

そう言うと博は東郷夏彦の話を始めた………。

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