まねっこ
北沢陶
1
ここ最近、毎日神様を見かける。
山のふもと、並んだお地蔵様の前でずっと体育座りをしている女の子がいる。
年は俺より三つ四つ下、小学校中学年くらいに見えるけど、この町の小学校にはあんな子はいない。いくら俺だって知ってる。中学年だけで一クラスができるような町だし、そのクラスも七人しかいない。
神様だな、と思ったのは、最初に見かけたときには人間の形をしていなかったから。胴体や手足は人間と同じ形をしてたけれど、頭が大きくて髪は地面につくくらい長かったし、肌がカラスみたいに真っ黒で、目は赤くて顔を覆うほどのがひとつだけ。黒みがかった瞳孔が、ぎょろぎょろと動いてた。前を通る俺に気付くと、じっと俺を目で追ってた。
なんで怖いと思わなかったんだろう。たぶん、背が小さくて、体育座りをしていたからだ。
二日目、三日目になると、だんだん神様の形が変わってきた。肌は俺と同じような薄橙色になって、目もふたつになった。鼻と口もできた。たまにこの道を通る、中学年の女子たちを見て顔のパーツを真似たんだと思う。それがうまい具合にそこそこ可愛くなってたから、俺は少し笑ってしまった。
ただ目だけは、どういうわけか赤いままだった。
初めて目にしてから一週間くらい経ったころには、神様は髪も肩の少し下くらいの長さになってたし、服も女子を真似したTシャツにスカート姿で、すっかり人間らしくなってた。おかしなことといえば目と、ずっとお地蔵様の前で体育座りをしていることと、表情がまったく動かないことだけ。あと、全然喋らないのもそうだ。
だから話しかけてみることにした。お地蔵様の向こうはすぐ山になっているし、その向かいも廃屋や空き地しかないから、特に立ち止まるようなひともいない。前の道だって、通りかかるひともそんなにいない。中学年の女子たちはたまに友達の家への近道に使ってるけれど、小学生の女子に何を言われたって気にならない。
神様の前にしゃがみこんでみると、赤い目が俺をしっかりと捉えてきた。いざ話しかけようとすると何を言えば分からなくなって、
「こんにちは」
ってバカなことしか言えなかった。
お地蔵様の奥に並ぶ、樫の葉がざわ、と一斉に揺れた。これが神様の言葉なんだとしたら、話をするのは難しいなと思ったとき、神様が口を開いた。口を開けるのは初めてらしく、がくんと、人形の顎が壊れたみたいな開け方になった。
口の中には、歯も舌もなかった。人間の口の中をじっと見たことがなかったんだろう。俺は大きく口を開けて、神様に見せた。神様は首を傾げて俺の口の中を覗いた。数分ほど経って、顎が痛くなったころ、神様の口の中に歯と舌が生え始めた。
歯と舌ができたのなら喋れるだろうと思って、俺はもう一度、「こんにちは」と言った。
「あえ、が」
見た目を真似するのは早くても、言葉はそう簡単に喋れないらしい。
「なあ」俺は神様に笑いかけた。
「人間の言葉を教えようか。それで、友達になろう」
「あぐ、え、げ」
また樫の葉が、ざわざわと揺れた。
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