クズ兄貴は異世界でもクズ人間だった

ありもと優

第1話 クズ兄貴と異世界へ





クズ兄貴は五分間、わたしはちょい長く異世界転生するお話である。



 1

 私は洋子。

 小学六年生。クズ人間の兄貴ヒトシは、私の八歳上で今年二十歳になる。

 兄貴は本物のクズだ。




「洋子。お小遣いもらったか?千円貸してくれ」


こいつ……ほんまにクズやな……


「ないよ。今週、漫画の本を買ったから」


「馬鹿か、お前は。漫画なんて立ち読みしろよ。まあ、いい。貯めてるお金、貸して」


「何に使うの?」


「パチンコに決まってる。早く出せよ」


まじで、くそだな、コイツ……


「クズにくれてやる金はない。兄貴は、真面目に労働しようとか思わへんのか?」


「ケッ!しけたガキだな。労働なんて、俺には不必要。お前、いまに見ておけよ。俺が金持ちになったら、お前を助けてやらんからな」


「クズが……!ほざいとけ」


なんとも口の悪いきょうだいであった。



 軽口を言い合っているなか、部屋が仄白くひかりはじめた。


「おい!なんやねん、これ……」


「兄貴……ひかりが!!」



ひかりは強くなって、わたしと兄貴は、そのまぶしさに目を閉じた。


 

 ひかりは、異世界への入り口だった。







2

異世界の扉を開いた洋子とクズ兄貴ヒトシ。

 何もない、ひたすら草原が広がる場所に立たされた。見渡す限りの青空と緑の草しかない。



「一体ここは、どこやねん……」


「兄貴…もしかしてこれって異世界なんとちゃうか?」


「異世界……?」


「うん。この間から読んでる漫画とシチューエーションまったく一緒やねん!」


「まじか…?!で、その漫画では、こっから先は、どうなるんや?」


「武士にやられて、死ぬだけ」


「異世界やのに武士って……どんな漫画やねん、それ……」


「なんか戦国時代に転生した物語やったけど、はじまりが草原に立ってたから、同じやな〜と思って……」


「死ぬのは勘弁!とりあえず、人がいる場所まで移動せなあかんぞ、これは……」


「兄貴…むやみに進まん方がええで。水分も食料もないねんから。身体がやられる」


「たしかに…じゃあ、どうする?この状況……」


「とりあえず、寝転んで、誰か来るまで待っておいたほうが身のためや。そのうちたぶん、精霊とかなんかが迎えにくるパターンやねん」


「そうなんか?異世界ってそんな感じなんやな…俺はよくわからんけど。もし死にそうになったら、お前を売り飛ばすからな!!まあ、とりあえず昼寝でもするか〜」



呑気なクズ兄貴である。






3

「お前たち!そこで何をしとるのじゃ!!」



大声に驚いて、洋子は身体を起こした。

 そこには馬に乗った、鎧を着けた人が白黒に丸い紋章がある旗を掲げて、洋子たちを睨んでいた。



「……武士……!」


洋子は慌ててイビキをかいて寝ているクズ兄貴を揺り起こした。しかし、一度寝たらクズ兄貴は、しばらくは起きないと洋子は知っていた。



「もう一度聞く。お前たち、ここで何をしてるんじゃ?」


武士は洋子の顔を見て、かすかに口調が和らいでいた。


「間違いがあって、この場所に辿り着きました。命だけは、ご勘弁を………」


 武士はクズ兄貴をチラ見した。


「その男は、お前の旦那か?」


「いえ、違います。この者は、わたしの兄でクズ男でございます」


喋り方、こんな感じでええかな?洋子は脳裏で悩んだ。


「クズの兄貴か…なぜクズなのじゃ?」


洋子は戸惑った。パチンコの話をしても通じないだろう。こうなったら適当だ。


「このクズ兄貴は、わたしに無心をやめないのです。わたしが汗水垂らして働いたお金を、このクズ兄貴は奪うのです。両親は、このクズ兄貴が殺しました」


「なんと……!!本当にクズだな!!……ところでお前は、幾つだ?」


「はい。十二でございます」


「まだ幼女だな。よし、お前わしのところへ来なさい」


「へ?」


「クズ兄貴の命は俺がもらう。お前は、わしの嫁になればいい。そこを退け」


武士は馬から降りた。洋子は馬の尻尾に身を潜めた。



「おい!!起きろ!いくらクズ兄貴でも、流石に寝ている人間をヤルわけにはいかんからな!!ほら!早く!起きろ!!!」


「…んん〜………なんですか〜………」


「よし!起きたな!おのれクズ兄貴。成敗してやる!!」


「ひっひぇぇぇ〜!!!」



洋子は馬の尻尾に隠れて顔を覆っていた。

 やっと死んだか、クズ兄貴。



武士が、馬の元に戻ってきた。


「あのクズ兄貴のポケットに、こんな武器があった。お前、これは何だかわかるか?」


スマホだった。

 洋子は、武士からスマホを受け取ると黙って電源を入れた。なぜか、電波が立っていた。wiーfiも使える!!

 しかし、充電が出来ないだろうし、使えないか……


「これは、武器ではありません。これでは人を殺められません」


「そうか……クズ兄貴といっても、一応はお前の兄だからな。形見にしておけ」


「はい」


「お前、名前はなんていうのじゃ?」


「洋子でございます。太平洋の洋に子供の子と書きます」


「そうか。わしは、天野屋じゃ。天野屋洋次郎。同じ洋の字じゃ」


「さようでございますか」


「お前とは縁を感じる。後で、この世界の魔法を教えてやるからな」


「魔法……ですか?」


「俺は武士だが、特級魔法戦士でもある。得意は呪文魔術だが、電気を通したり、火を扱うこともできる」


 電気!!

 スマホ使えるやん!!!


「じゃあ、馬に乗せるぞ」


武士は洋子の腰に手を当てて、軽々身体を持ち上げた。


「俺の身体にしっかりつかまっておけよ」


「はい。わかりました」



 二人が乗った馬は、死体となったクズ兄貴ヒトシの横をするりと通り過ぎて、走り出した。

クズ兄貴から、お小遣いで渡したお金を回収出来なかった洋子だったが、死んでくれて大満足だった。

 

「異世界で生きるために、あいつ絶対に本気でわたしを売り飛ばしていたやろうからな」


洋子は、洋次郎に魔法を教わってクズ兄貴のスマホを使うことに決めた。

 この異世界を楽しむぞー!!

 ワクワク・ドキドキである。



 クズ兄貴、殺められてよかったね。

 あの世でパチンコ三昧しろよ〜!


 スマホ、サンキュー!!









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