世界を救った後のダメ勇者、用務員になる

梅もんち

第1話 着任

「私決めました!働く気がないのなら、即刻ここを出て行ってもらいます!」


ランが顔にシワを刻みながら詰め寄ってくる。羊毛のようにフワフワな長い茶髪とは真反対に、その表情はたいへんに険しい。


我が妹ながら、驚くほどの生真面目さだ。妹の部屋に寄生して昼間から酒を浴びている自分とはこれまた真反対。


最近は名門校の教師業も軌道に乗ってきたらしく、莫大な給料を手にしているらしい。だから、


「もうちょっと養ってくれよランちゃん~…いいじゃんお酒代だって自分の貯蓄から出してるんだし」

「それでもです!兄さんの貯蓄だって無限ではありませんし、外にも出ず浸り酒というのはあまりにも不健康!」

「家賃だって入れてるじゃないですかラン様…」

「それなら他に借家をして一人暮らしでもした方が有意義というもの!」

「へ、へへ…そこをなんとかお願いしますよラン陛下…靴でもなんでも舐めますんで…」

「へりくだりの限度とかないの…?」


本当にまずい。別に一人暮らしができるくらいの蓄えはあるけど、定期的に私生活の乱れを指摘してくれる存在がいなければ一瞬でごみ屋敷に変貌させる自信がある。僕は妹にへばりつかなくては生きていけない生命体なのだ。


「またキメ顔で情けないこと考えてますね…?」

「『僕は妹にへばりつかないと生きていけない生命体』って…」

「言わなくていいです!とにかく!これ見てください!」


ランが、堅苦しい文言の並んだ白い紙を突き付けてくる。その文頭には分かりやすい太文字で、


『聖ラングラット学院、用務員募集のお知らせ』


「用務員~?」

「先日、長年勤めていただいていた用務員の方が腰痛で電撃退職されまして。ウチの学校、後任を急募中なんです」

「ふーん…」


紙を受け取り、長ったらしく羅列された募集要項を読み進めていく。何個か目の記述に決して見過ごせないものが混じっていた。


「業務中は…飲酒厳禁…!?」

「当たり前でしょ!…まあ無理にこれを受けろとは言いません。何かしら職に就くならそれでよしとします」


その後。他の職種にも応募してみたのだが結果は散々。結局、妹の垂らした糸にとりあえずへばりつくのであった。







「続きましては、新任の用務員さんの紹介です」


家でのもっさり髪と違い、長い茶髪をサラリとかしたランの声がマイク越しに響く。

僕は今、聖ラングラット学院の全校集会に登壇している。それも、上下揃いの青い用務員服を身に着けて。

…あろうことか、僕は採用されてしまったのだ。


何個か受けるだけ受けて玉砕し、形だけでも頑張りましたよとランに示す作戦が台無しだ。


しかし、ここまで来た以上はやるしかない。大講堂のステージ中央に置かれた、魔術で声を拡大するマイクへと歩く。


「なにあの黒もじゃ地味男…」

「ねーアリ?」「なし(笑)」

「弱そッ…」

「モブ顔すぎない?」


講堂の席を埋める生徒たちがなにやらひそめいているが、全然気にしない。マジで。


マイクの前に立ち、咳払いをして喉を整える。別にありえないくらいのイケボ出して見返してやろうとか思ってない全然。


だけど、その喉を鳴らして食道を刺激し、胃を震わせる行為がよくなかったのだろう。

次の瞬間、学院での開口一番目。僕は嘔吐してしまっていた。


「キャーーーーーー!!!!!」

「ぎゃはははは!」

「汚ッ…」


様々な悲鳴が飛び交う中、ランが布を携えて駆け寄ってくる。


「ちょっと大丈夫!?具合悪い!?これ使って!」

「ごめん…めっちゃイケボ出そうと咳払いしたら出ちゃった…あと昨日飲みすぎたのが原因かも」

「やっぱ返してください。自分の顔で床拭いて」


なんだかんだ差し出してくれた布を受け取り、床をきれいに拭き取る。これが用務員としての初仕事であり。


『新任用務員のシーフさん。保健室に立ち寄った後校長室まで来るように』


学院中の好感度が終わった瞬間でもあった。






広大な敷地に据えられた、2階建ての豪奢なラングラット特別棟。木造りの外壁は白塗りで纏められており、王都の宮殿にも引けを取らない高級感を醸し出している。


ちなみに特別棟というのは各教室のある第1第2校舎とは離れた場所に位置する施設で、職員室の他に大図書館や食堂、購買などが設置されている。


学院長室はその中枢。一階にあった。


着任早々の生徒の前での失態を叱責されると覚悟して入室したのだが、待っていたのはシスター服に身を包んだ、優しげな笑みを浮かべる老婦人だった。


「来ていただいてありがとうシーフさん。朝はご挨拶できなくてごめんなさいね、集会の準備でばたばたしていて…」

「いえ…こちらこそ申し訳がないです。あのような粗相を…」

「ああいいのよ、体調に問題がないようで安心したわ。それよりも大丈夫かしら。生徒たちも何でも娯楽にしたがる時期性分だから…。私の方からも言い含めてはおきますけど」

「あーいえいえ。その内薄れますので…多分?」


高そうな椅子に座り校長と向かい合う。その表情はどこか、懐かしいものを見ているかのように感じた。


「というか…今更なんですけど、本当に僕なんかが用務員なんかで大丈夫なんですか?もっと他に適任がいたんじゃ…」

「いいえ、他ならぬ私の判断ですもの。見る目を信用していただきたいわ」


びっくり。まさか、校長直々に選んでいただいてたとは。


「てっきりランが根回ししまくってコネ採用させたのかと…」

「ほほほ、あの子はそんな子じゃないわ。『兄ですが、至らなければ容赦なく落としてください』って直談判しにきたもの」


ちょっとくらい手心とかくれよ…と内心ブツクサしていた時、校長の声が優しい、まるで昔話を子どもに聞かせるような声色に変わる。


「…シーフさん。あなたをお呼び立てした理由は着任の挨拶だけじゃないの。私はどうしても、お礼を伝えたかったのよ」

「お礼…ですか」

「そう。10年前に受けた大恩のね」







「ここラングラット学院は男女共学の全寮制で、敷地内に寮が完備されているんです。まあそっちの管理は寮母さんの担当なので、兄さんの主戦場はこちらの第1第2校舎その周辺ということになりますね」


校長室を後にした僕は昇降口前に移動し、「今日は一限担当じゃないから」と言うランに業務内容の実地説明を受けていた。


「しかし…面接の時も説明はされたけど、いざ見ると馬鹿デカいな…」


5階建ての大きな建造物が二つ、離れ離れに立ち並んでいる。これの全部が管理対象だなんて悪い夢を見ているようだ。


「でしょう。兄さんにはここで、簡単な清掃、落ち葉掃き、ゴミの焼却、備品の交換、破損物の修繕などに取り組んでもらいます。酒を飲む暇なんて与えないほどにねぇ…」

「鬼!悪魔!…でも面接中に『業務中の魔術使用はOK!』って説明されたし、ランの想像より早く終わっちゃうかもよぉ?」

「はあ~…ちゃんと聞いてなかったんですか?『魔術の使用は人を巻き込む危険性のない場所に限る』、これが鉄則です。なので、生徒の居る校舎内や周辺での使用はできません。残念でしたぁ~」


勝ち誇ったようなランの煽り顔の前に崩れ落ちる。地道にほうきで落ち葉掃きとか考えただけでも気が狂いそうだ。


「まあ魔術照明の交換や物体の修繕など、周囲に危険の及ばない魔術の行使は認められているので安心してください。あと、焼却場は校舎から離れた場所にありますので、そこでは魔術を使用しても大丈夫です。

さ、次は兄さんの新しい住居に行きましょうか」


昇降口から校舎の脇を移動し、これまた広い運動場を通り抜け、ちょっとした森の茂る庭へと入る。

そこまで行くとようやく、四角形の小さな丸太小屋が見えてきた。


「おお~これが。すげー、脇に畑もあるじゃん」

「前任の方が残していったものです。あれも込みで自由に使ってください。はい鍵」


手渡された鍵を使い丸太小屋に入室。質素な外見通りに、板張りの床に机とキッチン、ベッドのみというシンプルな室内だったが、どれも新品同様に磨き上げられていて前任のマメさが伝わってくる。


「酒蔵さえあれば完璧なんだよな…床に穴掘ろうかな」

「絶対にやめて」


その後、備品置き場や先ほど話題に上がった焼却場なども案内され、そろそろ2限目も始まるというタイミングでランの校内ツアーは終了した。


「さて、最後に一番大事な話をします。兄さんに与えられたの話は聞いた?」

「うん。校長からさっき」


特別権限というのは。校長の権威を以て僕に与えられた特殊な役割。


その内容は『不審人物や学校に危害をもたらす存在が現れた場合、自由に動いて無力化してよし』というもの。


当然この学校には緊急事態に対処する守衛も駐在しているが、それと同じ役割を果たして欲しいと校長は言った。

これは、一用務員に与えられるにしては大変に特異な権限なのだろう。


「要は遊撃騎士の学校版って感じかぁ…いいのかなあ、こんなのにそんなの任せちゃって」

「まあその分給料爆乗せなのでよかったじゃないですか。それに、独自の判断で動いていいだなんて。を信頼してもらえている証ですよ」


「…いやぁ、でも…ぶっちゃけめんどいよなあ」

「兄さん…?」

「めっちゃ光栄です。すごい頑張ります」

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