ノスタルジック祠壊し

不労つぴ

祠壊し

「へぇ。君、あの祠壊しちゃったんだ」


 振り返ると、アロハシャツを着た明るい髪色の男が、木にもたれかかりながらタバコの煙を吐き出していた。


 男の見た目は30代くらいで、長髪に無精髭と、さながらバンドマンとでもいうような風貌だった。


 男は一息に煙を口から吐き出してから皮肉な笑みを浮かべて言った。

 男の視線の先には、大量の木片とガラスの破片が散らばっている。


「それじゃあ、もう無理だ。気の毒だけど、たぶん君は数日以内に死ぬ」


 男は祠の方まで来て中腰になり、先程まで祠だったものの残骸を拾い上げた。


「あちゃー……ずいぶん派手にやったね君。これじゃ■■■■様もお怒り間違いなしだ。数日と言わず今日中には死ぬんじゃないか?」


 残骸の方に向けて「南無三」と男は手を合わせる。


「災難だったな。わざとやったんじゃないんだろうけど、神様にとってはそんなのは関係ない。結果が全てなんだ。君は祠を壊した。それだけでもう十分なんだ」


 男は火の消えたタバコを地面に投げ捨て、足で潰す。


「まぁ、災害に巻き込まれたもんだと思ってよ。どうせ人はいつか死ぬ。それが今日明日になった。それだけの話なんだからさ」


「…………」


 僕は無言で男に背を向け、石造りの階段に足を踏み出す。


「もう行くのか。まぁ、なんだ――。残された時間を有意義に使えよ」


 僕は足を止め、男に向かって初めて口を開く。


「……あなたは2つ勘違いをしています」


「まず1つ目。あなたは僕が祠を運悪く壊したと思っているようですが、それは違います。僕は自分の意志であの祠を壊しました」


「自分の意志であの祠を壊した――だと?」


 男の驚愕する声が聞こえる。

 だが、僕はそれを無視して話を続ける。


「そして2つ目――おそらく僕は死にません」


 そう言うと、夕焼けを背に、石段をゆっくりと降りていった。






 ◇

 石段を降りていくと、セーラー服を着た肩まで伸びた黒髪の少女が視線の先に立っていた。


 見た目的に高校生くらいだろうか。

 少女はじっとこちらの方を見つめており、こちらと視線があうとニッコリと笑った。


「こんにちは。少年」


 僕は足を止める。

 先程まで延々と鳴き続けていた蝉の声は消え、あたりは静まり返っていた。


「ねぇ、少年――自分が何をしたか分かってる?」


 少女は笑みをたたえながら僕に質問する。


「えぇ。この山の中腹にあった祠を壊しました」


 僕が淡々と事実を述べると、少女はよっぽど面白かったのか腹を抱えて笑い出した。


「いやぁ、君みたいな子は初めて。私と会ったのに一切動じてない。――分かってるんでしょ? 私が人間じゃないことくらい」


 少女は楽しそうにそう言った。


「本来ならここで食べちゃうんだけど……どうしよっかなー。何せ私に祟られるのが目的で祠を壊した人間はキミが初めてだし」


 少女は悩ましげにうーんと唸っている。


「ねぇ、少年。私、君を祟っておいたほうがいい?」


「…………出来るのであれば」


 僕がそう言うと、少女は階段を登り僕の横に座った。

 そして階段を軽く叩き、僕へ「ここに座って」と僕に促した。


 僕は言われるがまま、隣に座る。


「私結構強い神様なんだけどさ、君は殺せないよ」


「少年の後ろには数多の呪いがへばりついてる。しかも、それが複雑に絡み合っているもんだから誰も手出し出来ない。下手に手を出したら私でも瞬殺だよ瞬殺。まるで歩く蠱毒みたいな存在になっちゃってる」


「多分、坊やは色んな罰当たりなことをしてきたんでしょ。今回みたいに祠壊したりさ。そのせいで、多くの神様だったり化け物の恨みを買ってるんだ。さしずめ、化け物には化け物を――ってやつかな? まぁ、こうしてここにいるってことは失敗したんだろうけど」


「…………」


 少女の言っていることは概ね正解だった。

 神様という存在は人間のことなど全てお見通しなのだろうか。


「さっきも言ったけど、私じゃ君を祟り殺せない。だから他をあたった方がいいよ」


 僕はおもむろに立ち上がり、階段を降りようとする。


「多分、君もう人間じゃなくて神様に近い存在になってるよ。今までの行いのせいなのかな? 呪いに耐性があるんだ。もう歳をとらなくなって久しいんじゃないの」


「だから君は多分死ねない」


「複雑に絡みついた呪いせいでもある。でも、それだけじゃない。この世界の機能も絡んでる。君はいわば爆弾なんだ。君が死ぬと膨大な呪いが世に放たれる。それはこの世界にとって都合が悪いらしいよ」


 僕は一歩ずつ確かに階段を降りる。

 少女の声はどんどん遠ざかる。


「何はともあれ、君の悲願の成就を願っているよ」


 後ろを振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。








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ノスタルジック祠壊し 不労つぴ @huroutsupi666

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