小さな恋の詩〜椎葉村の伝説〜

みゅー

第1話 



あぁーだるいなぁ…

明日も1限からあるのに…





「その時にバシッと命中させたのが那須与一なすのよいちだ」




「へぇ…そうなんですねー」




カウンターを挟んだ先に座っている

酔っ払ったサラリーマンに雑な相槌をうちながら

早く帰れよと思っている私はの名前は佐藤彩音さとうあやね


どこにでもいる18才の女子大生で

ただいまスナックでバイト中。





「これで平家は滅亡したんだ」





深夜2時を回ったスナックで

さも見てきたかの様にドヤ顔で語っているおじさんに

帰る場所はないのかと問いかけたい。





「ふふ…菅谷さんは歴史に詳しいから

 あやちゃんも教えてもらうといいわよ」




「私、日本史はあまり得意じゃなくて…」





閉める気配の無いママに

内心ムッとして素っ気ない返事をした




自分は昼過ぎまで寝てられるからいいけど

あたしは7時起きなのよ…





「若い子はどーせ、義経なんだろ?」





グラスを無駄に振って

カランカランと氷の音をわざと鳴らしながら

「男は顔じゃねーぞ」と

更に語り出したサラリーマンにため息が出そうだ…




ママが会計皿の準備を始めたのはそれから40分も後で

グラスや灰皿をパッと引いて

裏の洗い場に持って行こうとすると

ママの携帯から呑気なメロディが流れ出し

「もしもし」と話始めた。





電話はこのうるさい歴史マニアを

追い出してからにしてよと更にイライラする




「さて、帰るかぁー」と

あくび混じりに呟いて

ヨロヨロと立ち上がるサラリーマンに指を向けて

ママにどうするのかと目で問いかけると

「お見送りしてきて」と口パクで言っているのが分かり

サラリーマンの後を追った




お店を一歩出ると

他のお店の看板照明は消えていて

シャッターも下りているから

皆んなどのお店も閉めて帰ったんだろう





3時まで開けてる店なんてウチくらいよ!

さっさっとコイツをタクシーに乗せてアタシも帰ろう





呑気に鼻歌を歌いながら

階段をダラダラと降りるサラリーマンに

早く歩けと思っていると

急にクルッと顔をコッチに向けて来て

「月が綺麗ですね」と言ってきた





「はっ?」





ビルの内階段からは月どころか

夜空も見えないのに何を言ってるんだと

思わずリアルな声が出てしまい

不味かったかなとパッと口に手を当てると





アタシの態度を見て

サラリーマンはバカにした様に鼻で笑い

「やっぱりバカ大だな」と言って

わざとらしいため息を何度も吐きながら

階段を降り始めた





「・・・・・・」





アタシの通ってる大学は

誰でも入れる様な私立大学で…

確かにこの辺りじゃバカ大のあだ名もついているし…

こんな風に言われるのだって初めてじゃないけど…





安い時給のスナックで

こんな時間まで…

こんな歴史マニアのおっさんの話を聞いて

睡眠時間が3時間になる自分にやるせなさを感じて

自分の口元が小さく震えた




「これはな、かの有名な」と

またペラペラと話しだすサラリーマンに

うるさい…うるさい…と

胸の中での声がドンドン大きくなる





どうだっていい…

そんな話、全然興味ないし

コッチは早く帰って眠りたいのよ





「なぁ?日本人の奥ゆかしさはすごいだろ」





何がすごいのよ…

そんなのただのヘタレ男じゃん…

はっきり言えばいいだけじゃない




プルプルと握り拳を震わせながら

一刻も早くこの歴史マニアをタクシーに乗せて

自分のアパートに帰りたいと思い

カツカツと早足で階段を降りようとすると

左手をギュッとサラリーマンから掴まれた



気持ち悪さから「離して」と

振り解こうと左腕をブンッと振った瞬間に

足元がガクッと下がり

自分の視界がどんどん天井と平行になっていき

「えっ?」と口にした瞬間…




「プッ…ゴフォゴフォ…」




息苦しさを感じ口を開けると

大量の冷たい水が口に入ってきて驚いて立ち上がると

バッシャーンと水の中から出た感覚と共に

ヒヤッとする寒さが全身を襲い




目元にある水気を手で払い落としてから

目を開けると…





「えっ…」





深夜3時のビルの階段にいたはずのアタシは

あたり一面、山しか見えない浅瀬の川の中にいた






「えっ…えっ?」






訳がわからず体を360度回してみても

木と森と山しか見えず

寒さを感じて自分の二の腕辺りを撫でると

ノースリーブのワンピースを着ていたはずなのに

何かを着ている手触りがして

パッと自分の胸元に顔を向けると

薄くて白い浴衣の様な物を着ている…





「・・・なに…なんなの?」

















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