心壊れた魔術人形のダンジョン配信~かつて全てを滅ぼしてしまった異世界の最終兵器ですが、降り立った現代でバズったせいか皆から愛されてます~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

第一章:魔術人形、手を繋ぐ

第1話 魔術人形、心が壊れた。

 彼らは魔術人形キッズ

 魔王を殺すために創られた、心無き自律兵器。


 中でも個体名コギトは、向かう所敵なしの最高傑作だった。

 コギト一体で、千の魔族を瞬殺するくらいには。


「魔族の生命反応、消失。コギトは次の命令を待っています」


 人でさえ目を逸らす、魔族の屍で埋まった戦場。屍血山河の中心で、しかしコギトの表情は変わらない。

 何故なら魔術人形キッズに、心は存在しないから。


「では、指定されたエリアへ向かいま――」


 それは殺害数が一万体を超えた頃。

 足に引っかかった魔族の頭部を見下ろした時だった。

 お前のせいだ。そうコギトを責める頭部を見て、僅かにコギトの思考が凍る。


「不具合が発生しました。しかし軽微です」


 この瞬間だった。

 魔族を殺すたび、が萌芽したのは。


◆◇◆◇


 魔術人形キッズは、魔族を殺し続けた。

 人の叡智から生まれた兵器達は、魔族を皆殺しにするまで止まらない。


 ある日、魔族が猛攻撃を仕掛けてきた。他個体の魔術人形キッズがどんどん壊されていく。魔族の死骸に混じって、魔術人形キッズのパーツも散らばるのだった。


「おい……てめぇらにどんだけ金をかけたと思ってんだ、おらっ!」


 破壊された魔術人形キッズが、怒った人間に蹴り飛ばされた。

 

「おい……コギト、何だその目は」

 

 指摘されてようやく気付く。

 コギトは親にして創造主である人間を睨んでいたのだ。それこそ妹を虐待した親を咎めるように。

 しかし有り得ない。魔術人形キッズはそんな仕様ではない筈だ。


「……表情制御機構に軽微な不具合が発生しました。ごめんなさい。自動修正します」


 人間の不安を和らげるための仕様『ごめんなさい』を唱えながら、すぐに無表情へと戻る。


「おいおい、兵器に感情が宿ったとでも言うのか」

「冗談は止せ。こいつはただの人形だぞ!?」


 ざわめきは当然だった。魔術人形キッズには仲間意識も、死という概念も無い筈だからだ。なのにどうして他個体を蹴り飛ばした人間を冷たく睨んだのか、コギトにも分からなかった。


 それからも死にゆく魔族に比例して、魔術人形キッズも壊れていった。魔族を殆ど滅ぼしたころには、コギト以外の魔術人形キッズはいなくなった。


「他個体の信号、すべて消失しました。しかしコギトの機能に支障はありません。コギトは次の命令を待っています」


 コギトは一人ぼっちになった。

 冬でもないのに、寒さを覚えるようになった。


◆◇◆◇


 魔王を倒した。

 あらゆる勇者を返り討ちにしてきた魔王も、最強の魔術人形キッズ相手には成すすべなかった。


 力なく座り込む魔王からは、聞き慣れた命乞いは無い。

 代わりに、晴れやかな笑みで問いかけてきた。


「……お前、心があるな」


 とどめを刺そうとしたコギトの身体が凍る。

 コギトには分からなかった。魔王がまるで同じ生命を見る目をしていた理由が。その魔王を殺そうとすると寧ろ激化する冷たい不具合が。


「否定します。コギト魔術人形キッズです。心はありません」

「もう少し素直になれ。誰にも死んでほしくなかったという顔をしておるぞ」


 言っていることが理解できない。そんな機能はないはずだ。

 魔族に死んでほしくなかったなんて、魔術人形キッズに壊れてほしくなかったなんて無駄な設計は無いはずだ。


「やはり魔術人形キッズとは心ある子供ではないか。のう、後ろで腕組するしか能のない人間共よ。お前たちは子供に全ての罪を押し付ける気か」

「――早く殺せ!! コギト!! お前はそのために創られた!!」


 怒号に呼応し迸る魔術回路。コギトは人間の命令を遂行する仕様になっている。どんな残酷な事だろうと無感情で処理する。

 何より、魔王を殺すために創られた最終兵器。それが魔術人形キッズで在りコギトだ。


 とどめの魔術を穿たんと、右手を向ける。


「躊躇しているのか」

「躊躇は魔術人形キッズの概念にはありません」

「少なくとも、その手の震えは心ではないのかね。心は、修正などできない」

「修正完了、あなたを排除します……!!」


 ついに、コギトは創られた意味を果たした。

 本当に残念そうな魔王の顔が、光に消えていった。


「魔王の生命反応消失……う」


 直後、太陽を失ったように世界が一段と寒くなった。


「理解不能です。何故不具合が発生するのですか」


 念願の達成に打ち震える人間達の歓声が魔王城に響く。

 歓喜の中心で、コギトは全身が凍り付きそうな不具合に見舞われ膝を落としていた。その自律思考に、魔王の優しい微笑みが残像として残っていた。


 おかしい。

 本当は魔族を殺したくなかったとか、本当は魔王ともっと話していたかったとか思う機能など無いはずなのだ。


 ……ならば何故、動くことさえ儘ならないほど冷たい不具合が押し寄せるのか。コギトにはそれが分からなかった。


◆◇◆◇


 魔族はまだ、僅かに残っていた。

 コギトの役目は一人残らず魔族を殲滅することに切り替わった。


「おい、またコイツ止まったぞ!?」


 また不具合が発生した。

 コギトは凍り付いたように立ち止まってしまった。


「技師! ちゃんとメンテしたんだろうな!?」

「くそっ、最悪俺らが戦わなきゃいけないのかよ」


 道中、自律思考を司る回路を何度も弄られた。不具合が起きないように、命令に絶対服従するように、何度も何度も調整された。

 そして魔族の残党狩りを、一人で行った。


「――ねえ、君はどうして一人でこんな所にいるの」


 ある日魔族の少女が、近寄ってきた。

 コギトを同胞だと勘違いしたらしい。


「魔族を、発見しました。これより、排除を、排除を」


 右手を向ける。魔術回路を働かせる。少女一人分が消滅する魔術を溜める。

 だが魔王の時のように、震えるだけで右手から魔術が出ない。

 

「……不具合が、発生。修正を、修正を」

「あっちで一緒にあそぼうよ!」


 殺すために差し出した手に、少女の手が重なる。

 魔術人形キッズは、初めて手を繋いだ。


「あっ……」


 温かった。柔らかかった。

 繋いだ手を通して、伝わる。

 不具合を帳消しにするような、何かが。


 これが、生命。

 

「異常な反応を認識しました。あなたは温かいです」

「ふえ? そうかな、熱あるのかな私」


 困惑する少女の顔。でも水溜りに映る自分の顔は、それ以上に困惑していた。


 敵対的な意志無き瞳をどうすればいいのか。

 魔王の時以上の震えをどうすればいいのか。

 知ってしまったこの温みをどう手放せばいいのか。


 コギトの自律思考は、その解を導けない。

 

「あっちにね、面白いものあるの! いっしょに行こう!」


 手を引っ張られた。導かれるまま少女に着いていってしまう。

 

 戸惑いながらも、繋いだ手の向こう側にどんな面白いものがあるのか、コギトはそれが知りたくて歩き始める。最終兵器だったことすら忘れて。


「――いたぞ!! コギト!!」


 びく、とコギトの両肩が上がった。


「その魔族を殺せ!! 魔族は全員殺せ!!」

「あ……が……がが……!!」


 人間が、コギトの願いを踏みにじってきた。

 命令に従えば少女を殺すことになる。それだけは嫌だった。

 

「命令を……! 拒否、します!!」


 初めて魔術人形キッズは命令を拒否した。


「もう魔王は排除済みです……! これ以上の戦闘に……意味は……!!」


 繋いだ温みを頼りにして、『魔族を殺せない』というかけがえのない不具合を押し留める。


「なんだとこのポンコツが!! 人形が人間に逆らうな!! 再度命令を重ねる!! そのガキを殺せ!! 魔族は一人残らず殺せ!!」


 殺したくない。この温みだけ排除したくない。

 全身を流れる命令へ、コギトは必死に抗っていた。


制約解除状態アルティメットモードを作動しろ。すべてを消し飛ばせ。全員安全圏へ退避」


 絶対零度の衝撃が走る。

 制約解除状態アルティメットモードの起動。

 その命令は打ち消せない。でも無駄な抵抗を繰り広げた。自壊してでも止めようとした。


コギ繝は……、殺したく、谿コしたく、縺?d縺?繧?a縺ヲ谿コ縺励◆縺上↑縺?b縺」縺ィ謇九r郢九>縺ァ縺?◆縺――」


 しかし、無意味だった。

 不具合塗れの慟哭の果てに、プツン、と切り替わる。


 制約解除状態アルティメットモード

 それはコギトの性能を飛躍的に上昇させる代わりに、目に映るものすべてを破壊し尽くす暴走形態。


 そこにコギトの心は、もう無い。


『現思考は全て解除されました。制約解除状態アルティメットモードにシフトします』

 


 ――次に目が覚めた時、最終兵器に相応しい絶望の焼け野原が広がっていた。

 制約解除状態アルティメットモードへなっていた間に、全ては終わってしまった。


「あ、あ、あ」


 頭だけになった少女は、黒焦げになって冷たくなっていた。

 あの笑顔はもうない。温かった手はもうない。

 最終兵器が身の程知らずの夢を見た罰だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 少女の頭を抱きしめながら、寒そうに唇を震わせる。

 凍りついた心は、冷たさすら感じなくなっていた。


◆◇◆◇


「魔族の生命反応……消失。コギトは……次の命令を……」


 世界は魔族は平和になったみんな冷たくなった

 そして魔術人形キッズに無いはずの心は、とっくに壊れていた。


「次の命令を……次の命令を……」


 命令を求めるコギトを置き去りにして、人々の笑い声が木霊する。

 眼前には、宴会で盛り上がる街が広がっていた。

 戦場で見たことない神官たちも、戦った汚れが一切ない甲冑の兵士も、酒を片手に笑っていた。

 

「憎き魔族を討伐した真の勇者アイスに祝福を!!」


 自分に命令を与えていた兵士アイスが、宴会の中心で国王から称えられていた。

 彼は真の勇者ということになったらしい。真の勇者とは何だろう。魔術人形キッズへの命令権を持つ人物のことだろうか。

 

 魔族を滅ぼした張本人であるコギトは、街の片隅で座り込んでいた。

 もう、何の命令を待っているのかさえ分からない。

 だって魔族は滅びたのだから。コギトが殺し尽くしたのだから。


 すると、何人かの人間がコギトへ近づいた。

 勇者と呼ばれたアイスも中にいた。

 そして、最後の命令を発してきた。


「お前は用済みだ。自壊魔術アポトーシスして消えろ」


 ゴミを相手にするような、無機質な指示だった。

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