新聞部員、真夜中の図書室で幽霊の推理を聞く

風使いオリリン@風折リンゼ

#1 図書室の幽霊

「あの……」


 静まりかえった夜の図書室の中、本棚の裏に潜み警備員をやり過ごしていた私――一ノ瀬奏いちのせかなで――は、不意に聞こえた背後からの声に振り向き、言葉を失った。


 そこには、髪が長い少女がいた。どこか古めかしいセーラー服を身に着けている。私の記憶が正しければ、それはこの学校の昔の制服だ。


 さっきまで自分一人しかいなかったはずなのに突然少女が現れたというだけでも驚きだというのに、もっと驚くことがあった。


 なんとこの少女、身体がうっすらと透けているのだ。幽霊のように透けているのだ。


 突然出現し、昔の服を着ていて、身体が透けている。


 さっき、「幽霊のように」なんて例えたけれど、それは少しおかしな言い回しだったかもしれない。


 幽霊が透けているのを表現するとき、普通は「幽霊は幽霊のように透けている」なんて言わないはずだ。


 何が言いたいのかよく分からない?


 つまり、私の目の前にいるのは、間違いなく幽霊だと思う。その考えに至ると同時に私は、


「あばばばばばばばばばば」


 腰を抜かして、その場にへたり込んでしまった。


 そんな私の様子を見て、幽霊は悪戯っぽく微笑んだ。


「想像以上のリアクションでビックリですよ」


 どうやら私は、人を驚かす立場のはずの幽霊に驚かれるという希少な体験をしたようだ。


 私がここに来たのは、新聞部の活動として、学校の怪談の真相を明かすという記事の取材のためである。最も、これまで調べてきたそれらの真相はどれもしょうもないオチだった。


『体育館のラップ音』は、夜こっそり練習に来ていたバスケットボール部員が出していたドリブルの音だったし、『理科室の動くホルムマリン漬け』は、戸棚に入り込んでいたネズミが動かしていただけ。『裏庭の化け猫』に至っては、ただの太った野良猫だった。


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。


 そんなオチが続いていたし、今回の『図書室の幽霊』は訳あって最初から偽物の怪談だと考えていたから、まさか本物と会うなんて思ってもみなかった。それなのに……。


 出会うにしても心の準備というものがあるじゃないか。だから腰を抜かしたのも、別にビビったからじゃなくて、ちょっとビックリしただけだから。ホントに。


 私は腰が抜けたことについて、幽霊にこんな風に弁明した。


「……そんな調子でよくここまで怪談を調べてこられましたね」


 幽霊に軽くひかれた。幽霊にひかれる女子高校生なんて世界中を探しても私くらいのものだろう。


「私だって本当はやりたくないよ? 本当はめっちゃ怖……くはないけど……でもみんなが部活サボるから仕方なくね」


「……苦労しているんですね。お疲れ様です」


 幽霊に労われた。幽霊に労われる女子高校生も世界中を探しても私くらいのものだろう。


「ということは、私はインタビューとかされるんですかねー。長生きしてみるものです……って、私死んでるんでした」


 幽霊ジョーク。


 さっきからこの幽霊、言葉遣いは丁寧だけれど、ノリはだいぶ軽い。そのおかげか恐怖心が薄れ、私の心に余裕が出てきた。せっかくだし、本当にインタビューでもしてみようかな。


 なんて考えていた私に、ノリの軽い幽霊はこう言ってきた。


「そうだ。私、今気になっていることがあるんですよ。ちょっと話を聞いてもらってもいいですか?『図書室の幽霊』についてなんですけど」


『図書室の幽霊』。


 といっても、私の目の前に現れた幽霊のことではない。


 つい最近、私の学校で流れ出した怪談話のことだ。


 二週間前、図書室が夜の内に何者かに荒らされるという事件が起こった。


 第一発見者は、私のクラスの担任で図書委員の先生でもある美城みしろ先生。昼休み、貸出カウンターの仕事の為に、図書室の鍵を開け、室内に入ると、本が部屋中に散乱しており、中にはびりびりに破かれた本や無くなっていた本もあったという。


 すぐに学校中の騒ぎになり、新聞部も――実際に動いたのは私だけだったけれど――調査を始めた。美城先生は事件が発覚する前日の宿直担当でもあった。

 その証言によると、見回りに来たときには異常がなく、先生が職員室内のキーケースに図書室の鍵を戻してからは、事件発覚時の昼休みにもう一度鍵を開けるまで、誰も図書室の鍵を触っていないことも判明している。


 図書室は二階にあるうえ、全ての窓には鍵が掛かっており、窓がこじ開けられた痕跡も、ガラスを割られた痕跡も無かった。


 事件発生から一週間。騒ぎを大きくしたくない学校の方針で、夜中に警備員を配備するという措置が取られるだけで、警察沙汰にはならず、結局犯人は見つからずじまいだった。


 やがて、誰がいいだしたのか、今回の事件は、図書室に幽霊がいて、今回の事件はその幽霊の仕業だったということで決着し、図書室を荒らす幽霊の怪談『図書室の幽霊』の噂が流れ始めたというわけだ。


 さっき、私が『図書室の幽霊』の怪談が偽物だと考えていたと言ったのは、図書室を荒らしたのは幽霊なんかではなく、人間だと思っているからだ。


 まあ、幽霊自体は実在していたけれど。

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