桜とヴァンパイア

涙乃(るの)

第1話

初めてその人に会ったのは土砂降りの雨の日だった


傘もささずにベンチに座って項垂れているさまは、この世の人とは思えなかった



時刻は真夜中を少し過ぎた頃で、そこは病院の薄暗い中庭にあるベンチなのにも関わらず、その人が仄かに光っているように見えたからだ。まるでオーラを纏っているように。もちろん桜に霊感はない


桜の入院している病室は2階で、ちょうど中庭が見下ろせる位置だった


22時消灯時間も過ぎて、院内は静けさに包まれている


静寂という訳ではなくて、時折看護師が巡回に回ってくるかすかな足音と、何かの器具の音がどこかから規則的に聞こえてくる



入院生活も長くなってくると、昼夜問わず寝ること以外にすることがなく、桜は体調が少しいい時はこっそり夜中でもカーテンの隙間から外を眺めている


ここは市街地から離れた場所で、周囲にはほとんどお店らしきものはない



田園風景が広がり、ちらほら家があるぐらいだ


お店のネオンがないので、晴れた日は夜空に満点の星空が見える


眠れない夜はひつじの代わりに夜空の星々を数えるのがひそかな楽しみでもあり、暇つぶしでもある


まぁ、大抵どこから数えたか分からなくなるのだけれど


この病院に入院している者はそのほとんどが難病に侵され余命宣告を受けた者達だった


いわゆる終末医療に特化した病院━━ホスピスだ


最後のその時まで穏やかに過ごせるようにと、この病院は全て個室となっている



穏やかに過ごしている者が大半だが、時々暴れて看護師に罵声を浴びせる者もいる



どうしようもない怒りなのか、悲しみなのか、生への執着なのか、無性に叫びだしたい時があるのだろう

単なる八つ当たりには違いないのだけれど……




そういう場所であるから、暗闇に見える仄かな光に自然と目がひきよせられたのだ。あの世からのお迎えか、はたまた幽霊なのかと、ついに自分にもその時が近づいてきたのかと目が離せなかった



どのくらい眺めていただろう


その人は消えることなくずっとベンチに腰かけている


幻ではないのかもしれないと思い、桜は備え付けのロッカーから折りたたみ傘を取り出した


日に当たるのが苦手なこともあり、常に折りたたみ傘は持ち歩いていた


入院の際母から荷物になるから置いていきなさいと、どうせどこにも行けないのだからと皮肉を言われたことを思い出す


あなたは絶対に助かるんだからとホスピスに行くことをずっと反対していた母

 ヒステリックな物言いをする母とこのまま一緒にいるのが耐えれなかった

なかば逃げるように手続きをした



傘が役に立ったよと母に今度伝えたらどんな顔をするだろう



もう随分母とは会えていない



病気になってからというもの、学校もほとんど行けなくなった


おかげでたまに行くと自分の席も分からずクラスメイトの名前も分からない


大抵桜の席は窓側か廊下側の一番後ろに用意されていた


なぜか花が飾ってある


きっと気を遣ってのことだと思う

けれど

机に置かれた花を見るたびにグサリと心に杭を打ちこまれるように苦しかった



まだ私は生きているのに


腫れもの扱いされるのもいやだった

澄まし顔で過ごすけれど、話しかけてくれる人も、話したい人も、友人だと思っていた人も、いつのまにか誰一人いなくなっていた


まるで透明人間になった気分だった




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