第2話 ベクトルを変えてみたら
夢を諦め、普通に生きると決めてから、約一月が経った六月初旬。
放課後になり、俺は真っ直ぐ学校を出るのではなく、職員室へと向かっていた。
俺の通う
しかし、それにしても何と人が多いことか。
進学校というだけあって、みんな試験の結果が気になるらしく、多くの人が職員室前へと向かっている。
人の波に乗り遅れないよう気をつけながら廊下を進むと、大きな人だかりが見えてきて、思わず足が止まる。
やっぱ帰ろうかな……っと、うおっ……っ!
引き返そうと振り返った所で、体格のいい運動部の集団がやって来て、そのまま俺は人混みへと押されてしまう。
そして、満員電車のような圧に耐えながら、何とか掲示物の前までたどり着き、結果を確認すると――
第二学年一学期中間テスト 成績上位100名(900点満点)
18位:真竹覚士 848点
――マジか……
予想以上に高い位置にある自分の名前を見て、驚きのあまり言葉を失う。
以前、成績が悪かったせいで振られた教訓から、告白する子の趣味に合わせた勉強に加えて、学校の勉強もそれなりにしてはいた。
だが、そのときは良くて100位にギリギリ入るか入らないかで、こんな順位を取ったことはない。
美少女との恋愛に向けていたベクトルという名の熱を、ただ勉強に傾けただけなのにこれとは……
恋愛パワー、恐るべし。それに――
これ、もしかしたらトップ10狙えるのでは?
トップ10との点差は30点弱。勉強を本気でやるようになってから、まだ一月足らずだと考えると、これはまだまだ伸びしろがあるかもしれない。
俄然、やる気が出てきた。
よし、行くか。
俺は気持ち速足で人混みを抜けると、先月から通っている塾に向かう。
夢が終わった日、母親に塾に行きたいと言ったら、喜んで塾へ行くことを許可してくれた。勉強をそれなりにしている俺を見て、事あるごとに両親はずっと塾に行かないかと言ってくれていたので、ようやくその期待に応えられた形だ。
学校の最寄駅から電車で二駅移動。そこから少し歩いて。塾のビルの中へと入り、真っ直ぐ自習室へと向かう。
今日は授業はないので、閉館までここで缶詰だ。
最前列の隅という俺的最高のポジションにある机に腰を下ろすと、次の試験範囲の参考書を広げ、ひたすらペンを走らせる。
そして、室内のアナログ時計が21時30分をちょうど示したタイミングで、片付けを始め、席を立つ。
試験前だとこの時間でも人が沢山いるが、テスト明けということもあり、今は俺を除いて女子が一人。
控えめに後ろでまとめられた茶色に近い黒髪に、ほどほどに整っているという感じの顔立ちで、強いて特徴を挙げるとすれば、レンズを通して見える落ち着いた感じのたれ目だろうか。スタイルのほうもこれまた悪くはないが決して良いと言うこともなく、全体的に普通の印象を受ける。
ちなみに、制服はうちの高校のもので、かつ帯の色は俺と同じで青色。
つまり、同学年らしいのだが、残念ながら彼女と面識はない。一学年に800人もいるので、同じクラスや同じ部活に所属したことがない限り、面識などそうそう生まれないのだ。
未だに席を離れる様子がないことに、テスト明けなのに感心だと思いながら、自習室の出口へと向かおうとする。
すると、偶然彼女の横を通った拍子に、手元が見えて――
「あっ、それ間違ってる」
「えっ……?」
思わず、彼女がしていた間違いを指摘してしまった。
そして、突然の指摘に彼女は顔を上げ、真っ直ぐに俺のほうを見てくる。
あ~、こういう時はとりあえず。
「えっと、ごめん。ちょっと目に入っちゃって。ここなんだけど――」
今までの経験上、微妙な感じになった時は、男の俺から率先して会話を繋ぐ方が良いと判断して、俺は聞かれてもいないのに気づいた彼女の間違いを解説する。
「って感じなんだけど……」
解説を終えると、再び彼女は真っ直ぐに俺の方を見る。俺の解説中、手を止めて静かに聞いていたということもあり、彼女が何を考えているのかはわからない。
どうしようかと、頭を悩ませていると、彼女は自然に口を開いた。
「ここ、自分で解いてるときも違和感があったから、ありがとう」
「えっ、えっと、そう言ってもらえると助かる」
どうやら怒っているわけではないらしい……って、勝手に話かけといて何で上から目線なんだよ俺……っ!
「よかったら、ついでにここも教えてもらってもいい?」
自分に突っ込みをする中、彼女はそう言ってノートを1ページ前に戻すと、別の問題を指さす。
もしかしたら勉強を途中で邪魔したことを俺が気にしないよう、気を遣ってくれているのかもしれない。これはその気遣いに答える必要がありそうだ
「ああ、それは――」
それから俺は、いくつか彼女からの質問に答えていき――
「お~い、そろそろ閉館だよ~」
気づいたときには閉館時間になっていて、戸締りに来た塾長に急き立てられ、二人で急いで塾ビルを出る。そして――
「あっ、それなら途中まで私と一緒だね」
お互いに帰る方向を確かめた結果、彼女と一緒に夜道を歩いて帰ることになった。
ちなみに、こんなの三年間で初めてだ。
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