黒霧の王、そう呼ばれる迄の物語
@amber_555
黒霧
───ねぇ、こんな噂知ってる?───
修学旅行から帰るバスの中、クラスメイトの女子が話し出す。時折挨拶をする程度の、大して親しくもない彼女の言葉がやけに鮮明に聞こえた。
彼女によれば、今世界各地で『ドッペルゲンガーを見た』という噂が相次いでいるのだという。
そしてドッペルゲンガーの目撃者は例外無く、翌日のうちには死んでいるそうだ。
「じゃあその噂はどうやって広まってるのよ。見た人はみんな死んじゃってるんでしょ?」
「死ぬ前に『こんなの見ちゃった!どうしよう!』とかSNSにあげてたり、他人のドッペル…同じ人が二人居た、っていう証言がいっぱいあるの。黒い霧みたいのがかかった所に二人立ってたーって。」
「なにそれ、こっわーい……、それ見ちゃったらどうしようもないのかな?逃げたり出来ないわけ?」
「さぁ……?そういう情報は見たことないけど……、あっ、そんなことよりさ───」
することもなく、彼女らの話に耳を傾けつつ雨粒の流れる窓の外を眺めていると、多少興味のそそられる話題から一転、学校の近くに美味しいケーキを出すカフェがどうとかという話に切り替わり耳を傾けるのをやめる。
ふと、視界に違和感を覚えた。
何かうっすらと幕がかかったような。
「流石に疲れてるのか……、学校に着くまで少し寝よう……。」
「おおーい、皆着いたぞー。ほら、さっさと起きてさっさと降りる!……、おい黒井、お前で最後なんだが?」
暫くして、担任の声で目を覚ます。
しかしやたらと眠い、眠いが眠る前の違和感は消えていた。
「起きる、起きます。すいません、なんかやたらと疲れちゃったみたいで……。」
担任に促されるまま、お土産の詰まったリュックサックを荷棚から引きずり降ろし、駆け足でバスを降りる。
バスの横にはトランクから出された自分のボストンバッグだけが、ぽつんと置かれている。どうやら本当に最後だったようで他のクラスメイトは既に各自帰路についているという。
その場にいつまでも留まる訳にもいかず、担任やバスの運転手に頭を下げ、自宅へと向かう。
「やっぱり買いすぎだよなぁ、コレ……。重いし……。」
学校から離れて暫く、太陽が地平線に沈み空を赤く染める頃、肩に圧し掛かる大きな荷物の重さが辛くなる。
班の連中に唆され、渋々買った短い木刀、親に言いつけられ同じものをいくつも買ったせんべいやらクッキーやらのご当地品。自分で買った物と言えば精々安全祈願の御守り程度だった。
買い過ぎたお土産を宅配便で送ることが出来ると知ったのはバスに乗ってからだった。
───手伝おうか?───
ふいに、声が聞こえた。それもとても聞き覚えのある、声。
普段なら聞くはずのない、しかし、いつも聞いている声。
自分以外から発せられる、自分の声。
動けなかった。
振り返ることさえ、
声を出すことさえ、出来なかった。
固まる自分をよそに、すぐ隣を黒い影が通り抜け、振り返る。
まるで、鏡を見ているようだ。自分が、居る。黒い霧を伴った、自分が。
「お前……は……?」
絞りだした一言。お前は誰だ。お前は何だ。
にっこりと影は笑う。そして、ゆっくりと体を霧へ溶け込ませ消えると、霧が渦を巻くように、影が霧になったように蠢き、自分を包み込む。
そして、黒井透(クロイ トオル)は、自分が倒れる音と共に、
地面へ、落ちた。
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