短編集 後日譚

狐花真凪

邂逅

※この短編は本編「浅き眠りの夢見鬼」の読了を前提としたネタバレを含みます。ご注意ください。※


 横濱は関東で一番の港町だ。

 鎖国状態を保っているこの国だが、古くから付き合いのある中国や、ごく僅かながらも認可の下りた和蘭などの貿易船が停泊しているのもこの街ならではの光景だろう。

 多種多様な人種や、中には妖物あやかしものと呼ばれる、異形の者達も大通りを自由気ままに闊歩している。

 その中でも目立って珍妙な三人組が船を眺めながらベンチに腰掛けていた。

 一人は、女物と見紛う紅い着流しを緩く着崩し、伸び放題で赤毛混じりのくせっ毛を顔周りだけ後ろに流して紐で縛っている、歌舞伎者な二十代と思わしき美男子。

 もう一人は、レースと言う繊細な細工の施された布飾りが、ふんだんに使われている西洋ならではの〝ワンピース〟という服を纏った、年の頃は十代前半くらいの少女。服装もさることながら、それ以上に目を引くのは、真っ黒な髪の間から猫の様な黒い耳。黒いワンピースの裾からは二又に分かれた尻尾まで覗いていて、所謂、猫又と呼ばれる妖物だ。

 そんな異様な二人に挟まれてすこし窮屈そうに座っているのは、人の良さそうな二十代前半くらいの青年。

 着物に袴、黒い羽織という服装自体はごく普通の格好をしているが、腕には黒い蝶の紋が描かれた、風変わりな腕章をしている。

 腰には漆黒の太刀と虹色がかった白い鞘の脇差を差し、足元には呪符だらけの背負い木箱が置かれており、何か呪いの類を行う者であることが伺える。

 そんな妙な三人組はこの横濱でも目立つようで、行きかう人々はちらりと彼等を横目で見ながら通り過ぎていく。

 それでも彼らを嫌煙する様子の者がいないのは、多様性に慣れたこの街が持つ独特の空気のせいだろう。

「朱華(はねず)、本当にあたしが先に食べていいの?」

 黒いワンピースの少女が、真ん中に座る青年と、手に持った器を交互に見ながら嬉しそうに声をあげる。

「いいから早く食べろよ。溶けちまうだろ」

「煩いな、あさきには聞いてないもん、バーカ」

 あさきと呼ばれた歌舞伎者の青年はフン鼻を鳴らして、ワンピースの少女、アズキの憎まれ口をあしらう。

 朱華と呼ばれた真ん中の青年は、二人のやり取りに慣れているのか、気にする様子もなく、笑顔で頷く。

「あさきさんは初めてじゃないって言うし、僕は一口貰えばいいし、一番食べたそうにしてたのはアズキだし」

 朱華の言葉に、アズキは満面の笑みを浮かべ、器に入った乳白色の塊から、スプーンでひと匙中身を救い、朱華の口元へスプーンを差し出す。

「一口で良いなら、やっぱり朱華が一番だよ。朱華だって初めてなんでしょ〝あいすくりん〟」

 表面が溶け始めた乳白色のそれは、西洋から入ってきた〝あいすくりん〟という氷菓子だった。

 菓子にしては、三人分の食事代くらいになりそうな値段だったが、物珍しさでつい買ってしまった。

 朱華はアズキから差し出された一口を頬張る。

 氷を含んだ時の様にひんやりとした感覚が広がったかと思うと、次の瞬間、優しい甘みとミルクの香りが口の中に広がった。

 朱華は口に弧を描き、目を丸くしてアズキを見る。

 朱華の顔に釣られるようにして、アズキも一口頬張った。

 二人揃って同じような顔で向かい合い、言葉を失う。

 暫くしてアズキが恐る恐る口を開いた。

「いいの? これ、本当に全部あたしが食べちゃっていいの?」

「いいよ。元々そのつもりだったんだから」

 その言葉を聞いて、アズキは目をキラキラさせながら二口目、三口目とあいすくりんを食べ進めていく。

「お前はアズキに甘すぎるんだよ。その服だって、結構したのによ」

「あはは……いやあ、だって可愛いじゃないアズキが着ると」

 朱華の言葉に応える代わりに、あさきは呆れたように大きくため息をつく。

「大丈夫だよ。今日の仕入れが終わったら、一旦神田に帰るんだし、この先アズキには家に残ってもらう事になるから、寂しい想いさせちゃうしさ」

「そうだよ! 二人だけで旅に出るとか、ずるいんだからね」

 口を尖らせたアズキが顔をあげる。

「ごめんね。でもあの家は……アズキに守っていてもらいたいからさ」

「……判ってる。大事な、榊先生の家だから。朱華達も帰ってくる家だから」

「ありがとう」

 最後の一口を乗せたスプーンを名残惜しそうに咥えたまま、アズキは海に浮かぶ貿易船を見つめる。

「朱華達も、いつかあの船に乗る……?」

 少し不安げに見上げるアズキに、朱華は優しく笑う。

「判らない。でも必要があれば」

「そっか」

「そんな顔すんな馬鹿猫。そん時はさすがにお前も連れてくに決まってんだろ」

 二人の会話に割り込むようにして口を挟んだあさきをアズキは片眉を上げて睨む。

「馬鹿だけ余計にゃ! それに、そういう言葉は朱華から聞きたいのにゃ! バカあさき! 鬼!」

「あはは、アズキの〝にゃ〟なんて久しぶりに聞いた」

「う……」

「あの時以来、言わなくなったもんね」

「うん……」

「頑張ったね」

「……うん」

 しょげた様子で耳が寝てしまったアズキの頭を朱華が撫でる。

 そんな朱華の頭を、あさきが撫でた。

「お前だって頑張っただろ。涙目になってんなよ、二人して」

「あはは、ごめんなさい、あさきさん。僕もまだまだですね」

「あんまりしょげないでくれ。榊のおっさんも、アイツも、お前が強く、元気でいるためにああしたんだから」

「はい……」

 そんなやり取りをしているうちに日は傾き始め、今日最後の貿易船が港に入ってくる。

 朱華はそれを見ると、伸びをしながら立ち上がった。

「ああ、やっと来ましたね。行きましょう」

「到着予定、朝じゃなかったか? 随分かかったな」

「海が荒れたんですかね。中国って近いようで、向こう側の海からだし、今日中についただけでも御の字ですよ」

 そんな話をしながら、三人はあいすくりんの容器を店に返した後、船が入港してくる桟橋の方へ向かっていった。


  ・・※・※・・


 桟橋周辺は様々なの職種の者達であふれかえっていた。

 調味料を仕入れたい料理人、中国伝来の漢方薬を手に入れたい医者、珍しい調度品を仕入れたい骨董屋等。

 皆、貿易船から下ろされてくる品々を期待の眼差しで見つめている。

 一足遅れてしまった朱華達は、人混みの外側で、今日落ち合う予定の人物を待つ。

「この人混みで見つけられるかな李(リー)さん……」

「俺が目立つから大丈夫だ。向こうから見つけてくれる」

「それもそうですね」

 案の定、しばらく待っていると、人混みをかき分けて、紺色の長袍(チャンパオ)という中国服を身に着けた男性が大荷物を抱えて近寄ってきた。

「お待たせしたネ。ネムく……ああ今は何だっけ、ハネズくんだっけ。イヤー相変わらずアサキくんは見つけやすいアルネ。今回は船がネ、波スゴクて、気持ち悪くなったヨ」

 中国訛りの日本語で愚痴をこぼしながら男が荷物を下ろす。

「いつもありがとうございます、李さん。いいですよ、今まで通りネムでも」

「ソウ? じゃあネムくんネ。お礼なんてイインダヨ、これも商売だからネ。さて、今回は……ネムくんから頼まれた、中国のアヤカシモノ図鑑ネ。全部中国語だけど、ダイジョブ?」

「あー……」

 そう言って朱華があさきを見上げると、あさきはニヤリと笑う。

「大丈夫だ李さん。こう見えて俺、中国語読めるんだぜ」

「アサキくんが? アイヤー! 意外だね」

「こういうのを、日本のことわざで、能ある鷹は爪を隠すって言うんだ」

「フッフ、相変わらず面白いネ。わかったアルヨ。じゃあ中国語の辞書はいらないと……他は何か入り用カかナ?」

「あ、それじゃあ、いつものお香と、あと――」

 朱華が商品をいくつか品定めし始めた時、突然人混みから悲鳴があがった。

 それと同時に、我先にと逃げ惑う人が押し寄せる。

 四人は慌てて道の脇に避難すると、目を凝らして人混みの先を見つめた。

「薬師は! 薬師は居ないか! 妖物が――ぅぁ、ああ!!」

 そう叫んでいた男の声は途中から断末魔の叫びと化し、一層その場は混乱していく。

「お呼びだな、朱華」

「うん。アズキ、行ける?」

「行ける」

 三人が人混みの向こうへ足を踏み出そうとした時、李が呼び止めた。

「ちょっと嫌な予感がするヨ。お代は要らないから、これ持って行くヨロシ」

 そう言って渡されたのは、黄色い紙に赤い文字が走っている、中国式の呪符だ。

「李さん……?」

「あの船ネ、殭屍(キョンシー)も一緒に運んでたんだヨ。労働力用の弱いのだろうけど、この人混みでなにか不備でもあったのかもしれないネ」

「殭屍! まさか!」

「判らないけどネ。備えあればって言うデショ。使わなかったら返してヨ。図鑑もね、預かっておくから、必ず帰ってくるんダヨ。――ここ、ワタシ今日泊まる宿ネ」

 そう言って李は宿の住所を書いてメモを朱華に手渡し、人混みに紛れて去っていく。

「朱華、殭屍がどんなもんか、判ってるか?」

「一応は」

「よし、じゃあ絶対に奴等の攻撃はくらうなよ。俺やアズキは大丈夫だが、人間の体じゃ、奴等の毒は耐えられない。噛まれたら最後、奴等と同じ殭屍になっちまう」

「人間の体じゃなかったら?」

「……大丈夫だ」

 ニヤリと意味ありげにあさきが笑う。それにあわせて朱華も微笑んだ。

「ああ、あとさっきの断末魔の男。多分もう駄目だから、探して燃やさないとな」

「……そう、ですね」

「行こう」

 朱華は黙って頷き、腰に下げた刀に手を伸ばした。


  ・・※・※・・


 逃げ惑う人の波を逆行し、たどり着いた桟橋広場では、不自然なほどに身体を硬直させながら飛び跳ねる異形の人影があった。

 地面には三人ほど、人が倒れている。

 飛び跳ねる異形、殭屍に対峙して一人の男がサーベルを手に構えている。邏卒(らそつ)、所謂武装した警察官だ。

 男は怪我をしているのか、サーベルを持っている右手を庇うようにして左手で抑えている。

「助太刀に来ました! 薬師です!」

 遠くから声をかけてみるが、等の邏卒は振り返る様子もなく、ただふらついている。

 あさきが朱華の前にで片手を伸ばして庇うように立ち、厳しい目を手負いの邏卒と殭屍に向ける。

「朱華」

「……もうダメ、ですね」

 あさきが頷く。

「あの邏卒からなるべく離れてやるぞ。まずは殭屍だ。アズキは――」

「言われなくてもわかってるっ!」

 アズキが胸の前で印を結び、地面に手を当てると、円形に呪文が広がり、周囲一帯を囲む大きな陣が出来た。

「榊先生直伝、封魔結界! 小鬼一匹、逃がさないにゃ!」

「朱華! 俺が殭屍の動きを止める。さっき李さんに貰った札を額に貼れ!」

 そう言ってまず、あさきが殭屍に向かって飛び出した。

 三人に気づいた殭屍は、ピンと張り詰めた腕を伸ばし、襲いかかる。

 間合いを詰め、あさきが蹴りを繰り出すと、避ける様子もなく殭屍はそれを腹で受け止める。

 弾かれるようにして跳ね返ったあさきは、綺麗な宙返りをして朱華の前に着地した。

「なんだあれ……全然弱くないぞ」

「これ、本気出さないとダメなやつですよね」

 言った途端、ドサリと音を立て、後ろでふらついていた邏卒が倒れ込んだ。呼吸をしている様子はない。

「……近くに生存者は無し、つまり目撃者は無し……」

 二人は目を合わせて頷くと、ゆっくりと目を閉じる。

 そんな二人の様子をみたアズキは、黒猫の姿に変わると、大きく飛躍して安全そうな屋根の上に飛び跳ねた。

 二人の身体から、紅い〝気〟が噴き出す。燃えるような〝気〟は大きくうねり、二人の身体に戻った。

 目を開けた朱華とあさきは、両者とも澄んだ金色の目をし、額には二本、角が生えていた。

「久しぶりだな、酒呑……いや、朱華は朱華か」

「どっちでもいいですよ。オレはオレ、朱華で酒呑。……さあ暴れよう、茨木」

 大きく口を開けて笑った朱華は、刀を引き抜き殭屍に斬りかかる。しかし、刃は殭屍の肩にめり込んだものの、斬れずに止まる。

 チッと舌打ちした朱華は、一旦刀を離すと、今度は寝かして腹に叩き込んだ。

 強烈な腹への一撃で、殭屍が後ろに吹き飛び、よろけると、そこへ間髪入れずに、獣のように大きく屈強な爪が生えたあさきの手が殭屍を襲う。

 引き裂かれ、後ろに倒れこんだ殭屍は木箱に埋もれて動かなくなった。

「終わりか……?」

「いえ、アレはともかく……」

 朱華の言葉に振り返ったあさきは、眉間にシワを寄せる。

「そうだった。そういや、居たなぁ四体も……」

 二人の目の先には、つい先ほどまで地面に転がって居た人々、つまり殭屍の犠牲者だった者達が、土気色の肌のまま、ぼんやりと立って居た。中にはあのサーベルを持っていた邏卒もいる。

「惨たらしいな……」

「ですね」

 そう言いながらも、二人は口元が緩んでいる。

 鬼――そう呼ばれる額に角を持つ人型の妖物は、気に入らなければ破壊し、欲しければ奪う。そういう生き物だ。

 二人は立ち上がった死者達に向き直り、構える。

 しかし、今にも飛びかからんと腰を落とした時、突然声がかかった。

「元気がいいのは良いことだけど、主(ぬし)さんら、専門じゃあないでしょう? いくら丈夫な鬼さんでも、そんなに沢山相手したら……傷物になっちまうよ」

 妙に艶っぽい、低い声がゆっくりと二人に近づいてくる。

 目をこらしてみると、アズキの張った結界の外からこちらに近づく人影が見えてきた。

「何者だあんた」

 あさきは朱華の一歩前に出ると、威嚇するように低く問いかける。

 近寄る人影がはっきりと見えてくる。

 派手な着物に結い上げた髪、手には煙管。

 その出で立ちは遊女そのものだが、ただの遊女でないことはその派手な着物の上に羽織った黒い羽織、そして薬師の許可証である、である蝶の紋が書かれた腕章で判る。

「わっちは石楠花(しゃくなげ)。主(ぬし)さんと同じく、薬師さね。殭屍専門、中国発祥のタオ系ってやつだけどねぇ。そしてこっちは――」

 石楠花と名乗った人影の後ろから、小柄な人影が姿を現す。

 年の頃は十代前半だろうか。

 透き通るような白い髪。顔は白粉で綺麗に塗り上げられ、目尻の紅は血のように赤く、幼さの残る顔に不釣り合いなほど妖艶さを醸し出している。

 石楠花が和風の着物を着ているのに対し、タオ系というにふさわしい、白い小花が鏤められた黒地のチャイナドレスを纏っている。

「空木(うつぎ)ってんだ。訳あって声が出ないけど、よろしくねぇ」

 空木は、二人の前に歩み出ると、小さく頭を下げる。

 二人もつられて頭を下げるが、はっとあさきは顔色を変える。

「石楠花さんとやら。自己紹介はそれくらいにしておかねぇと、奴ら、動き始めちまったぜ」

 四人が目を向けた先では、つい先程まではぼんやり立ち尽くしていただけだった死体が、腕を伸ばし動き始めていた。

「可哀想だけど、ああなっちまったら切り刻むしかないねぇ。主(ぬし)さんら、ちょいとそこらで休んでおいでよ。あとは専門のわっちらがやるさね」

 石楠花は、手で素早く印を結ぶと、その指先にシュッと息を吹きかける。

 そうして〝気〟を込めた手で空木の背中をポンと叩くと、空木は勢いよく宙を舞った。

 超人的な動きで、顔色一つ変えずに殭屍と化してしまった死体達を、次から次へとなぎ倒し、手に着けた大きな鉤爪で切り刻んでいく様は、あさき達でもあっけにとられてしまう。

 ものの2分足らずですべて倒し終えた空木は、相変わらずの無表情で石楠花の元に戻ってきた。

「見事なもんだろう?」

 得意げに笑う石楠花に、あさきはやれやれと大きく首を振る。

「とんでもないな、タオ系ってやつは……化け物には化け物をぶつける主義か?」

「化け物とはずいぶんな言いようだねぇ。そういう意味じゃ、主(ぬし)さんらだって化け物だろう?」

 言葉遣いは柔らかいままだが、その声色は打って変わって堅く、低く、地の底に響くような怒りが込められていた。

「悪かったよ」

 あさきは肩をすくめて謝罪すると、すごすごと一歩下がり朱華の後ろへ下がった。

 入れ替わるようにして前にでた朱華は、ゆっくりと息を吐く。すると額にあった角は消え、目の色も普通の色に戻っていた。

「石楠花さん。助太刀感謝します。僕たちだけでは正直手に負えなかったかもしれません」

「へぇ、あんた面白いね。普段は人間なのかい」

「ええ、色々あって……人間と妖物が中で一緒になってしまってて」

「半妖、とはまた違うんだね」

「はい。ちょっと複雑なんですよね」

「朱華はそんな感じだけど、俺は根っからの鬼だからよろしくな」

「それは見りゃわかるよ」

 割って入ったあさきを石楠花は適当にあしらう。

「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね僕は木之下朱華といいます。陰陽師系の薬師で、神田を拠点にしているんですが、今日は仕入れで来てたんです。こっちのあさきさんは僕が幼いころから傍にいたので未だに過保護なところがあって」

「ああ……そういう。へぇ……」

「何が言いたい」

 あさきは片眉を上げて不満そうに石楠花を見下ろす。

「いや、別に。なぁに、仲がよくて良いじゃないか。ねえ空木」

 そう声をかけられた空木は、無言のまま小さく頷いた。

「あの、気になってたんですが」

「なんだい?」

「空木さんって……殭屍ですよね?」

「……良くわかったじゃないか。妖物としてのカンかい?」

「まあ、そんなとこですね」

 石楠花は、少し考え込んだ後、小さく息を吐きながら話し出す。

「タオ系ってのは、殭屍を使役してるのも珍しくないんだよ。けどね、この子は、わっちにとってはただの殭屍じゃないのサ。妹分……いや、わっちの弟なんだよ」

 石楠花の口から出た弟という単語に朱華が目を剥く。

 思わずあさきを振り返ると、あさきは気づいていたのか、驚く訳でもなく肩をすくめた。

「あはは、あんた可愛いねぇ。気づいてなかったのかい」

「わかりませんよ……」

「じゃあアレかい、わっちもどっちか……わからねぇかい」

 石楠花が、からかうように朱華に顔を近づける。

 慌ててあさきが朱華の腕を引き、いつの間に現れたのか、娘姿に変わったアズキは威嚇するようにして石楠花と朱華の間に割って入った。

「あはは、愛されてるねあんた。羨ましい限りだよ」

 困惑顔の朱華に、石楠花は心底楽しそうに笑いかける。

「さて、わっちは此処らを拠点にしてる薬師だから、コイツの後処理も任せてくんな。主(ぬし)さんらはまだ仕入れ終わってないだろ?」

 その言葉に朱華は、はっと顔を上げる。

 懐や袖の内側を慌てて確認し、李から受け取ったメモを見つけ出すとホッとしたように顔が緩む。

「商人ってのは案外心配性でせっかちだ。さっさと行ってやんな」

「すみません、押しつけるようで。失礼します」

 踵を返して朱華が歩き出す。

 その後を追おうと石楠花に背を向けたあさきの袖を石楠花が引いた。

「戦い足りなくてウズウズしてんだろうけど、今夜は程々にしてやんなよ」

 ニヤつく石楠花にあさきはわざとらしく舌打ちする。

「余計なことまで見抜くんじゃねぇよ。だから嫌なんだよ色街出身は」

「失礼が着物着て歩いてるようなやつだねあんた」

「初対面相手にそこまでズケズケ言ってくるやつとどっちが失礼かね?」

「あはは、そりゃ違いない」

「じゃあな」

 あさきは石楠花の手を振り切り、歩き出す。

 その背中に石楠花はどこか嬉しそうに声をかける。

「わっちは、またね、な気がするけどねぇ」

 その声に振り返ったあさきは、ニヤリと笑う。

「生憎と、俺もそんな気がするよ」

 今度こそ、石楠花に背を向け、あさきは朱華の後を追う。

 三人が遠ざかる姿を、見えなくなるまで石楠花は見つめていた。


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