第2話 ようこそ、エスポワール
自動ドアを潜り抜け、芸能事務所「エスポワール」へ入った。
芸能事務所なのでもっと派手だったり、音楽が流れたりしているのかと思っていたら、静かで普通のオフィスと言った感じだ。
シンプルな受付の後ろに女の人が必死にパソコンを打っている。
よく見ると綺麗な人だ。
芸能事務所で働く人だから美人が多いのだろうか、なんてしょうもないことを思いつつ、夏樹は声をかけた。
「あの、今日からお世話になる
女の人はちらりとこちらを見ると、「塚口―!」と大声を出した。
すると奥から「はい、はい、はーい」と男の声がして、若い男が走ってきた。
可愛らしい顔立ちの男の子だ。
明るい茶髪にパーカーで黒ズボンと自由な服装をしている。
「こんにちは。小林さんですね?社長から聞いてます~。こちらへどうぞ~」
塚口に先導されて奥に入っていく。
夏樹を応接間でソファに座らせると、「ちょっと待っててくださ~い」と塚口は出ていった。
しばらくして、ガチャっとごつい男が入ってきた。
「あ、お久ぶりです。叔父さん」
夏樹は反射的に立ちあがった。
「まぁ座れ。あと会社では叔父さんじゃなく、社長な」
「は、はい」
仁川はどんとソファに腰かけると、夏樹をじろっとみた。
「今、無職なんだってな」
「・・・はい」
「お前の母ちゃんにぜひに頼まれてな。最近会社も忙しくなってきて、社員の募集しようかと思ってたから、その話にのったんだ。条件は聞いてるな?」
「はい。アルバイトから始めて、認められたら社員になれると聞いてます」
「そうだ。兄貴の息子だからって俺は甘くはしねぇ。ダメだと思ったら、即クビにするからそのつもりで働けよ」
「・・・はい」
「返事が小さい!しゃきっと覇気をもって返事せんか!」
仁川にどやされて、「はい!!」と大声で叫んだ。
「やっぱり若い男はそれくらい大きい声がでんとな」
その後、給与の説明と書類を渡されて、サインをした。
悪魔にサインをさせられているような気持だったが、仁川がずっとこっちを見ているので黙ってサインをした。
俺は親父の子だなと夏樹は自覚させられた。
満足そうに仁川は書類を受け取ると、あとは塚口に言われたことをやるように言われた。
「じゃあまずは掃除からお願いしまーす。で、ここがなっちゃんのデスクなので、ここに荷物は置いてね」
「なっちゃん?」
「夏樹だからなっちゃん。さぁこっちだよ~」
ニコニコと塚口は笑って、掃除用具がある場所へ歩いていく。
「なっちゃんって・・・俺もう27なんだけどなぁ」
そう小さくつぶやき、夏樹も後をついていった。
とりあえず、大まかに掃除をやってほしいとのことだったので、すぐに掃除に取り掛かった。
夏樹は面倒くさいことは苦手だが、掃除が仕事だと言われればきちっとやる。
やらなければいいことはやりたくないが、やらなきゃいけないことはちゃんとこなすタイプだ。
てきぱきと掃除をこなして、給湯室の排水溝も綺麗にしたところでお昼になった。
「なっちゃん、お昼にしよう」
塚口に誘われて、近くの定食屋へ入った。
「ここは唐揚げがすごくおいしいから、おすすめだよ~」
塚口に言われて夏樹が唐揚げ定食を頼むと、塚口はサバの味噌煮定食を頼んだ。
「唐揚げじゃないんですか?」
「あ、うん。唐揚げ美味しいけど、俺の好みはサバの味噌煮だから」
塚口が天然なタイプなのは夏樹にもわかってきた。
「あの塚口さんは、どうしてこの会社に入ったんですか?」
「あ、俺のことは健一で~先輩ですけど半年前に入ったばかりで、ほぼ同期みたいなもんだよ~」
塚口がエスポワールに入社したのは、半年前だった。
元々は人気お笑い芸人を目指して漫才師として活動していたそうだが、相方に突然解散を宣言されたそうだ。
その後は、見た目が良かったので、ちょっとしたモデルみたいなことをしていたそうだが、金銭的に厳しくなって、諦めて田舎に帰ろうと考えていた時に、社長の仁川と知り合った。
お笑い芸人の先輩の知り合いが仁川で、事情を知って就職先として紹介してくれたのだ。
コミュニケーション能力が高く、人の懐に飛び込むのが上手いから絶対営業に向いていると先輩のお墨付きで入社できたという。
「相方にお前のボケは本当にボケてるから笑われへんって解散させられた時は、絶望しちゃったよね~」
本当に絶望したのか?と思えるほど、塚口はへらへらしている。
「今は裏方の仕事の方があっているみたいで、これで良かったと思ってるよ~」
「そういえば、受付のあの綺麗な女性は?」
「あぁ神崎川さんね」
彼女の名前は
神崎川は仁川と前職で一緒に働いており、仁川が起業した後、誘われてエスポワールで働くようになった。
経理や事務関係の仕事を主に担当している。仕事はかなりできるが、怒るとかなり怖いらしい。
「特に妃花って珍しいじゃん?キラキラネームって昔からかわれたらしくて、これについて話すとマジでキレられるから気を付けてね」
「・・・肝に銘じておきます」
食事を終え、事務所に戻ると、イケメンの男性が席に座っていた。
「今津先輩~!」
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