第44話 すれちがい その2

自宅のリビング。時計の針が静かに音を刻む中、大輔はテーブルに突っ伏して、深いため息をついていた。向かいに座る葵も、そんな兄の姿を心配そうに見つめている。


「結衣さんを何か怒らせちゃったみたいなんだけど、全然理由がわからないんだ…」


大輔は苦しげに呟いた。曇り空が窓の外に広がり、部屋の中もいつもより薄暗い。まるで自分の心の中がそのまま映し出されているかのようだった。



「ライムには既読がつくのに、返信が全然来ないんだよ。僕、何かひどいことをしたのかな…でも、何も思い当たらないんだ。」


葵は、そんな大輔の姿を見て、中学校の出来事が頭をよぎった。クラスで孤立していた兄の姿、そしてそれを支えた自分。彼女は、もう一度同じことが起きるのではないかと不安にかられた。


「おにい、本当に心当たりはないの?」


「うん…考えれば考えるほどわからなくなるんだ。結衣さん、急に僕に冷たくなって…何か僕がしたんだろうか…」


大輔の声はどこか震えていた。葵はその様子を見て、しばらく黙り込んだ。空気が重く沈む中、彼女はふと立ち上がり、真剣な顔つきで言った。


「ちょっと待っててね、お兄ちゃん。梨香ちゃんに連絡してみる。」


葵はスマートフォンを手に取り、友人の梨香に電話をかけた。電話の向こうで梨香の明るい声が響くが、葵の声は焦りで少し震えていた。


「梨香ちゃん、ごめんね、突然。ちょっとお願いがあるの。お兄ちゃんと結衣さんが…なんかうまくいってないみたいで…助けて欲しいの。」


梨香は電話越しに快く引き受け、結衣の家を訪れることにした。


次の日の夕方、梨香は結衣の家の前に立ち、深呼吸を一つしてからインターホンを押した。ドアが開くと、少し疲れたような表情の結衣が立っていた。


「梨香…どうしたの?」


「結衣姉、ちょっとだけ話せる?」


結衣は一瞬戸惑ったようだったが、頷いて梨香を家の中に招いた。リビングのソファに腰を下ろし、二人の間に静かな緊張が漂った。


「それで、何の話?」


梨香は一呼吸置いてから、大輔のことを話し始めた。


「ねえ、結衣姉。大輔先輩と何かあったの?先輩、すごく落ち込んでるって葵ちゃんが凄く心配してて…」


結衣はしばらく黙り込んだ。手元のコップを見つめるその目には、迷いと葛藤が浮かんでいた。


「梨香、私…ちょっと時間が欲しいの。今は何も言えない…ごめん。」


「でも、結衣姉。大輔先輩、本当に悩んでるの。何か誤解があるなら、ちゃんと話し合った方がいいんじゃない?」


「誤解じゃないの…。ただ、私の中でどうしても許せないことがあったの。」


梨香はそれ以上何も言えず、黙って頷いた。結衣の表情からは、何か深い悲しみと怒りが感じ取れた。


学校では、教科委員の活動もぎこちない空気が漂っていた。以前はスムーズに進んでいた作業も、結衣の態度が変わったことで、大輔とのコミュニケーションが不自然になりつつあった。大輔は何度も彼女に話しかけようとするが、その度に素っ気なくあしらわれ、次第に心が重く沈んでいった。


その状況を見逃さなかったのが西園寺だった。彼は結衣の隙を狙い、少しずつ彼女に近づいていった。


「浅見さん、最近元気ないみたいだけど、大丈夫?何か困ってることがあれば相談に乗るよ。」


結衣は、一瞬だけ迷ったような表情を見せたが、すぐに軽く微笑んで答えた。


「ありがとう、西園寺君。でも、大丈夫。少し疲れてるだけだから。」


西園寺は彼女の返事に微笑み、さらに距離を縮めるために何気ない話題を振り始めた。結衣も、その会話に応じるが、その瞳には解けない疑念が残っている。


教室の片隅から、その二人の様子をじっと見つめる大輔。かつてのような自然な笑顔を見せない結衣の姿に、彼の胸は痛みで締め付けられるようだった。


放課後、大輔はもう一度結衣に話しかけようとしたが、彼女は忙しいとだけ言い残し、足早に去っていった。大輔の心は、再び孤独の淵に追い込まれていくように感じていた。


その夜、大輔はもう一度スマートフォンを手に取り、結衣にライムを送った。


「ごめん、何か僕が悪かったなら、話してくれないかな?」


しかし、そのメッセージも既読がつくだけで、返信は来なかった。スマートフォンの画面を見つめる時間が、彼にとって永遠のように長く感じられた。


葵はその夜、寝室でベッドに座り、悩む兄の姿を思い浮かべていた。


「おにいがまた、あんな風になっちゃうのは嫌だ…」葵は小さく呟き、涙をぬぐった。


次の日の学校。教科委員の活動中、大輔はまたしても結衣から冷たい態度を受けた。それでも諦めずに話しかけようとするが、その度に彼女は視線を逸らす。心が折れそうになりながらも、彼は必死に理由を探し続けていた。


結衣の隣には、西園寺が自然な形で立ち、彼女に何かを優しく話しかけている。その姿を見るたびに、大輔の胸にはかつて感じたことのある孤独が蘇ってきた。


大輔は、一人で校庭の隅に座り込み、夕陽が沈むのをただじっと見つめていた。風が冷たく頬を撫で、彼の心には再び孤独の影が忍び寄っていた。


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