第22話 買い出しの帰り道(結衣と梨香)
夜の静かな道を歩き出す2人。しばらくの無言が続き、足音だけが響く。ふと梨香が口を開いた。
「結衣さん、大輔先輩とは…最近よく話してるんですか?」
結衣は少し驚いたように梨香を見たが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「うん、まぁね。教科係も一緒だし、話す機会は多いかな。」
その言葉にはどこか余裕のある感じが含まれていたが、梨香は微かに違和感を覚えた。
「結衣さん。大輔先輩ってクラスだとどんな感じなんですか?」
「そうだな〜。物静かな方だけど、ちゃんと自分の意見を持ってるし、頼りになるよ。」
結衣の声には優しさが含まれていたが、その一方で、どこか不安定な感情も混ざっていた。それに気づいた梨香は、少し戸惑った表情を浮かべながら再び口を開いた。
「私…海斗を助けてもらってから、大輔先輩のことがすっごく素敵だなって思うんです。」
その言葉に、結衣は一瞬戸惑ったように目を見開いた。しかしすぐに微笑みを浮かべ、気持ちを隠すかのように答えた。
「そっか…。私も、告白されて困っていた時に何回か助けてもらったんだよね。」
「えっ?そうなんですか?」
「うん。本当に大輔君には助けられてるんだ。」
再び歩き始めた2人の間には、今までとは異なる、微妙な緊張感が漂っていた。結衣の胸の中では、梨香の「素敵だな」という言葉が何度も反響していた。まるでその言葉が心の中にじわりと染み込むように。
(梨香が大輔君のことをそんな風に思ってるなんて…。私も彼に助けられたけど、それってただの偶然だよね。じゃあ、このモヤモヤした気持ちはなんだろう…)
結衣は自分の感情がわからなくて、少し戸惑っていた。だが、その表情を梨香に見せないように努め、微笑みを絶やさないようにしていた。
「結衣さんは…その…どう思いますか?大輔先輩のこと…」梨香が小さな声で言葉をつむぐ。歩きながら、彼女は何かを探るように結衣を見上げた。
結衣は一瞬言葉に詰まったが、すぐに言葉を選んだ。
「うーん、どうだろうね。大輔君は頼れるし、優しい人だと思う。でも、そんなに深く考えたことはなかったかな…」結衣はそう答えながらも、自分の言葉に嘘が混ざっていることを感じた。実際には、最近彼のことが頭から離れない。でも、そんなこと梨香には言えない。
「そっか…」梨香は少しほっとしたような表情を浮かべた。
(でも…本当にそれだけ?)
結衣の言葉にどこか違和感を覚えたが、梨香もそれ以上追及しなかった。2人の会話は徐々に少なくなり、また静かな夜道を歩き続けた。
やがて自宅が見えてきた頃、梨香は再び口を開いた。
「私、大輔先輩ともっと話してみたいんですけど、どうしたらいいんだろう…」
梨香が少し恥ずかしそうに言う。
「うーん、そうだね…。大輔君、最初はちょっと緊張しちゃうかも。でも、慣れると結構話せる人だよ。だから、少しずつ話しかけてみたらいいんじゃないかな?」結衣は梨香にアドバイスしながらも、内心ではモヤモヤとした気持ちが広がっていくのを感じていた。
(本当は私も、もっと大輔君と話したいのに…。でも梨香も大輔君に興味があるなら、私はどうすればいいんだろう?)
2人の間に漂う緊張感は、まるで肌に張り付く冷たい空気のようだった。言葉にできない思いが、お互いの胸の中で渦巻いているが、どちらもその感情を表に出すことができないまま、ただ夜道を歩き続けた。
やがて自宅近くに着き、2人は別れることになった。
「じゃあ、また勉強会でね。楽しみだね。」梨香が明るく言うと、結衣も頷きながら返事をした。
「うん、楽しみだね。しっかり準備しておくよ。」結衣は笑顔を浮かべたが、その瞳の奥にはまだモヤモヤした感情が渦巻いていた。
梨香が去っていくのを見送りながら、結衣はしばらくその場に立ち尽くしていた。(私、なんでこんなに気にしてるんだろう…)
帰り道、一人きりになった結衣は、自分の感情と向き合いながらゆっくりと歩いた。心の中に芽生えた感情は、まだはっきりと自覚できないけれど、大輔のことを考えるたびに胸がざわめくのを感じる。
(大輔君、私…どうしたらいいんだろう?梨香も彼のことが好きみたいだし、でも私だって…)
そんな葛藤が胸の中で渦巻き、答えが出ないまま結衣は家に着いた。ドアを開けて部屋に入ると、スマホの画面が光っているのに気がついた。大輔からのライムメッセージだった。
<ライム画面>
(大輔)今日はありがとう。買い物も楽しかったよ。勉強会、楽しみだね。
結衣はそのメッセージを見つめ、ほんの少しだけ胸が温かくなるのを感じた。無邪気な大輔の言葉に、彼への思いが少しずつ大きくなっている自分に気づく。
(私も楽しみだな…でも、この気持ち、どうすればいいんだろう?)
結衣はそう呟きながら、そっとスマホを置いた。そして、窓の外に広がる夜空を見つめ、心の中で芽生えた感情に静かに向き合う。
(大輔君、梨香…そして私。どうすればいいんだろう?)
その夜、結衣は眠れぬまま、ただじっと考え続けていた。まだ自分でも整理しきれない感情と向き合いながら。
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