身代わりの花婿は掌中の珠
笹倉のり
第0話 逃げた花嫁
妹たちは、無事に逃げ切れただろうか。
冷たい地面に縛られて転がされた
妹が
外で待ち構えていた彼女の恋人は馬を連れていたから、少なく見積もっても今頃は街から
先ほど事が露見してすぐに追っ手がかかったとて、たやすく追いつける距離ではない。
それに、妹の恋人は馬の手練れの平原の民だ。妹を連れていても、生温い街暮らしになじんだ者を撒くくらい楽にこなすことだろう。
「おい、
そこまで
我に返って、
あまりに予想どおりの面々の様子に、思わず
「何がおかしい!?」
「いや、失礼しました。族長たちが予想したとおりに反応をしてくださるものですから、つい」
「お前というやつは・・・・・・っ、やはり妹と、
族長の問いかけに、
その態度に、族長の顔が赤を通り越してどす黒く染まる。
「このっ、大馬鹿者がッッ!!」
族長の怒号が広場に響き渡る。
「十五年も街を挙げて
「盟約の花嫁に選ばれたからでしたね」
「そうだ盟約だ! お前の妹は、あれに聳える
族長が、振り抜く勢いで己の後方を指し示す。
灯された松明の向こう。どろりとした夜闇の奥に、
「
「だから何だというのですか」
口の端から泡を飛ばす族長に、
「
「そのために盟約を破っても良いと? ふざけるな!!」
ごつごつとした族長の手が、
「嫁入り直前に駆け落ちだと!? なんてことをしてくれたんだ! 嫁が出せず
「別の娘を用意すればいいじゃないですか」
「婚礼は来月だぞ、教育が間に合わんわ!」
「じゃあ
「そんな間抜けた、相手を馬鹿にした真似ができるわけなかろうが────っ!!!」
族長は力任せに
思いっきり首を締め上げられる形になって、
昨年先代族長の死によって代替わりしたばかりのこの族長は、少々肝が小さいところがある人物だ。盟約の花嫁の駆け落ちという、想定外のさらに向こうのできごとに直面して我を失うのも無理はない。
が、混乱で乱れに乱れた感情を、遠慮なしにぶつけてくるのはやめてほしいものだ。
その想定外の事を起こした犯人である
こういう時こそ落ち着かなければならないのに、と
「まあまあ、長殿。どうかそのくらいで」
それを見咎めた族長の顔色が、殺気をまとっていっそう不穏な色になりつつあった時だった。
古老の中の、最も年長な老人が、おっとりとした調子で族長を制止をした。
「落ち着きなされよ。そんなに絞めたら、
「だが、こいつが花嫁を逃がしたのだぞ!?」
「だからとここでこやつを絞め殺したとて、
ぐ、と族長の喉が鳴って、
そうしてふたたび地面に
横を通り抜けざま、老人が
老人の目と、目が合う。老人の眼差しは柔らかく、どこまでもおだやかだ。
こんな時にも変わらないそれに、
老人はふっと微笑みかけて通り過ぎると、そのまま族長の側に立った。
「不届きを働いた者には、きちんと責任を取らせなければなりませぬ」
「責任だと? 賠償として財産でも差し出させろというのか?」
「いいえ。これの家の持つ財産程度でどうこうなる話でもないのは、族長もおわかりでしょう」
そう言って、老人はその手の杖で
「目には目を、歯には歯を────古来より伝わる法に従うのです」
「……つまり?」
「
老人の言葉を聞いた途端、族長が目を丸くしてぽかんとした。
見守っていた他の者も、地面に転がる
ややあって、族長が困惑したように老人に問いかけた。
「のう、それはちと無理ではないか? こいつの家に、もう未婚の娘はおらぬが……」
なあ、と視線で族長に問われ、
代わりの花嫁として立てるには、三人とも不適格と言わざるをえない。
しかし老人は気にした様子もなく、白い
「ええ、存じておりますとも。ですからねえ」
老人は戸惑う族長から、
そうして、目尻の皺をさらに深くして、老人は言う。
「─────
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