第21話 待ち受けていたもの
老人の家から
門の前で礼を言って老人と別れ、勝手口を潜って声を掛けた。
「母さーん、ただいまー」
のびやかな
閂は掛かっていないから、母が在宅しているはずだ。なのに返事がないのはどうしたことだろう。
不思議に思いながらも待っていられず、
「私だよ、
何度扉を叩いても、来訪を告げても、返事は返ってこない。
おかしい。さすがに不審になって扉に耳を押し当てた。耳を澄ませてみるが、物音一つしない。扉の鍵は掛かっていないのに、中には誰もいないかのようだ。
午睡で眠っているのか、たまたまちょっと留守にしているのか。それならまだいいが、病か何かで倒れていたら恐ろしい。放置してしまって、母の命に関わる事態になったら悔やみきれないこととなる。
たっぷりと悩んだ末に、
「ただい……ま……?」
扉の向こうの光景に、口から出たはずの言葉が消える。
嵐に巻き込まれたように荒れた居間。我が物顔で居座る中原風の武装をした兵たちと、街の古老を始めとした幾人かの街の有力者。砕けた食器や家具が散らばる床には、
血と土にまみれた、暴力の臭いが満ちた光景に、
「お前が
「左様です。これが五年前、
「ならばよし。連れて行け」
声も出せない
何が、いったい、どうなって。動揺と恐怖に身体を縛られ、動けない。薄汚れた手甲に包まれた手が、
「
母が叫びで、我に返る。間一髪で呪縛から逃れ、はっと
「逃げなさい!」
長姉と義兄が拘束の隙をついて、
勢いのついた捨身の攻撃が、数人の足を掬うことに成功する。床に転がったまま、長姉が叫んだ。
「姉さん! 義兄さん!」
「いいから! 旦那さんの元へお逃げ! 早く!」
母の声に背を押され、
家族を助けたいが、今は逃げなくては。
追い縋る兵を振り払い、蹴りを喰らわせて門へ駆け出す。
門の勝手口に辿り着く。近くにあった角材を手に
追手を数名叩きのめして、障害物にしてやろう。角材を全力で振り抜く。鞘に包まれた剣を振り被る兵の胴が、強かに打ち払われた。
「ガッ!」
くぐもった苦鳴が上がる。
開け放たれた玄関の向こう。長姉を庇った義兄が、血を撒き散らして倒れていく。
女の悲鳴が響き渡る。長姉か、それとも母か。身を切り裂くようなそれに、血が凍る。
その隙が、命取りになった。
「ぐ、ぁっ」
後頭部に、大きな衝撃が走る。
視界ががくんと揺れ、焼けるような痛みが
指の、足の、全身の力が抜ける。取り落とした角材が、がらんと地面に転がる。
倒れ伏した
殴られたのか。気づいたところで、もう遅い。逃げなければと思うのに、指一つ動かない。
(
たすけて、と唇を震わせる。
けれども喉が強張って、音にならない。
視界の端が、黒く欠けていく。乱暴に身体を起こされる。
ギリギリで保たれていた
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