ソレが描く物語

時川 夏目

第一章――開闢

第一話――樹候災害

――2324年9月9日・P.M.10:30・天候:大雨・場所:東京・・


「あら不思議。お天道様を怒らせたのは何処の坊主でございましょうかね」


 大雨が降る天候の中、東京中心部にて高さ約一万mにも及ぶ巨大樹が突如として出現。これにより巨樹による影響をもろに受けた東京は甚大な被害を蒙り、その殆どが機能を停止していた。

 同日同時刻、各国各地に同様の大きさの巨大樹が出現。世界同盟政府はこれを―樹候災害きこうさいがい―と命名し、迅速な対応を開始している。


「巫山戯ないで下さいよ社長。それよりもこれ、僕たちの事務所飲まれましたかね?」

此奴こやつに聞く意味ないじゃろそれ。パクッと行かれとるわ」


 接近禁止命令の出された巨大樹の周辺では、当然の如く野次馬も見られたが、彼らは一様にして国の軍によって家へ強制退去させられ、家を失った者達は準備された簡易住宅へ連れていかれた。

 そして調査を続ける様に複数機のヘリコプターが巨大樹周辺を飛び回り、地上では大規模に展開された軍隊が民間人の救出と調査を行っていた。

 その様子を此処、現場より数百m程度離れたビルの屋上にて傘を指した三人の人物が悲惨な光景を眺めていた。


「“フレック”。お主の“異能”でどうにか出来ぬのか?」

「無理ですよ。さっきやりましたけど弾かれましたもん。アレ生きてますよ…完全な生物です」


――フレック・アシリエット。

敬語で話す黒髪黒目の好青年。大きなボストンバッグを肩に携え見詰める先には手の付けようの無い災害の姿。

隣に立つ立つ幼き容姿をした少女より問われるがあら残念、どうやら好青年が操りし異能なる力は命を前に為す術は無きようだ。


「そう言う劉胤リュウインさんこそどうなんですか?」

「わしもボロ負けじゃ」


――仙丈韋氏劉胤せんじょういしりゅういん

背丈は五尺150あるか程度でありながらその語り口は年老いた老人老婆の様。

雨風の中なびく髪は純白に透き通り瞳はまるで金塊が如き輝きを誇り、纏う衣は和洋合わせた軽快なな代物。

彼女はこちら無念とばかりに為す術は雀の涙も無いようだ。


「困った困った閑古鳥も驚きの余り泣きやんじまいそうだ」

「いい加減せんか“黎明れいめい”。それで、彼奴らと連絡は着いたのか?」

「方方同じ有様なご様子。連絡は着いたがどうも易々と帰郷は困難との事で合流は四日後辺りかと」


――社神黎明やしろがみれいめい

巫山戯た喋りにやる気のないヘラった顔、僅かに曲がった背は猫の様、ヨレヨレの服を身に纏った姿は社長と呼ばれながらもそうは見えず、浮浪人という言葉がより相応しい姿。

ともあれ彼こそが“何でも屋”を率いる社長である。


「天罰降りてより一刻半、幕閉じまであと如何程持つことやら」


 現状、樹候災害と呼ばれる現象が発生してから三時間が経過しているが、一向に変化を見せていない。

 故に世界各国は無闇に刺激する事は危険だと判断し様子見、動きがあり次第此方も行動に移すという事をラジオ・テレビ・SNSにて発表した。

 当然人々はその様な言葉て落ち着ける筈も無く、未知を受け入れられぬが結果は混乱進まぬ現状への怒りと恐怖による状況悪化。一部国家・地域では暴動紛いな事柄まで巻き起こっている。


「正しく嵐の前の静寂。世界は今か今かと終わりを待ち構えているのか将又、冗談芸人話だと笑い飛ばす結果となるのか…」

「この惨状で既に笑い話ではなかろうが阿呆」

「はっはっはっ。そりゃ確かにその通り」


 巫山戯た会話の中でこりゃ一本取られたとばかりに、黎明は照れたように後髪を搔き撫でる。その横では携帯端末を耳に当てたフレックが、どこか他所へと連絡をしている。


 そして事実笑い話では無い。既に世界総死者数は十億人を優に超えている。

 各国都市・地域の被害は想像が及ばぬ程に広がり、ただでさえ樹候災害で手一杯だと言うのに愚人共――国家転覆を目論む狂人、半壊した檻より抜け出した犯罪者共の所為で一部国家はもはや手の付けようがない有様となってしまっている。

 これでは天罰が下るのも致し方無し、人類の極地であるにも関わらず手を取り合わず己が欲求の為に暴れ狂うのであれば、滅ぼすが良しとするのも頷ける。


「…はい、そうです…はい。有難う御座います……はい、それでは明日の午後に向かいます…取り敢えず近場のホテルを取りました」

「それはありがたい。悲しいことに我が家は木の根の中、住処なけりゃ雨風凌げず土に帰っちまうからねぇ」


 フレックと劉胤に関しては別の住居が在るが、黎明の家基会社は樹候災害の発生した中心部も中心部、これ見事と拍手の雨霰とばかりに綺麗に呑み込まれてしまっている。

 ともあれフレックのお陰でホテルの部屋を取ることが出来たが故、三人はゆったりとした足取りでホテルへと向かう。





――2324年9月9日・A.M.09:30・天候:曇り・場所:ニューヨーク・・


 場面は変われどその悲惨さは変わらず、東京同様此処もまた樹候災害の影響を甚大に受けニューヨーク郊外にまで広がっていた。


「やぁねぇ。アタシニューヨーク好きなのに無くなっちゃったわぁ」


 崩壊したニューヨークより暫し離れた位置より、望遠鏡を覗き込む一人の漢が居た。


――ダミ・カトリエラ。

性別は漢されど心は女。190はあろうかと言う背丈に強靭な筋肉が付きつつもスタイルの良い黒人。頭は坊主でオネェ口調のその風格は些かでは収まらない程に威圧を感じられる。

そんな彼女もまた、眼前に聳え立つ巨大樹をどうする事も出来ないようだ。


「いい男もいい女もいいオカマも持ってられちゃったし、あのクソ巨〇どうしてあげようかしら」


 この現状に苛立ちを抱いている様で、組み立てられた望遠鏡の本体を掴むとバキンッ!とけたたましい音と共に握り壊す。

 そして今にも無惨な姿となったニューヨークに向けて破壊した望遠鏡を投げ飛ばそうと構えを摂るが、その時ポケットに閉まっておいた携帯端末が可愛らしい音色を鳴らした。


「あら。ボスからねぇ…」


 携帯端末には黎明からのメールが届いており、内容はいつ帰ってこられるかと言うものであった。

 一瞬今すぐにでもと返信をしようとしたが、現在ニューヨークにある空港は全滅。仮に飛べたとしてもまず乗ることすら時間を要する。

 そこでダミは――


「四日ってところか知らねぇ?泳いで日本に着くのは」


 なんと馬鹿げた話か此処ニューヨークより日本にかけて泳いで向かうつもりなのだ。飛行機での移動時間は15時間ほど。船での移動には一月もの時間を要する。

 まして泳ぎなどと、辿り着く以前に海に飲み込まれてしまうのが落ち。全くもって不可能極まりない行為であれど、ダミにそのような事にを気に止める様子はない。


「さてと、向かいましょうかね」




――2324年9月9日・A.M.03:30・天候:霧雨・場所:ベルリン・・


「…飽きたな」


 ドイツが首都ベルリンにて、同様樹候災害による影響を受けていた。

 だがひとつ違う点として、他箇所に出現した巨大樹には一切の攻撃が禁止され、どの様な馬鹿であろうとも怯え手を出さずにいた。

 その巨大樹樹には現在これまた目を疑う迄に巨大な斬傷が付けられていた。


「抵抗せずただ再生のみを繰り返すなどと面白味が無い」


 そしてその張本人となるのがこの女。


――カミラ・クラウディア。

その凛々しい姿には黒一色の軍服が纏われ、右の手には巨大樹に斬傷を付けたであろう長剣が握られている。

彼女の目付きは正に鬼のように鋭く緩やかに揺れる黒真珠の如き黒髪は軍帽より顔を出している。


「?黎明からか…」


 彼女も同じくして、黎明からの連絡が入る。


「確か無事な飛行機が有ったな…日本まで一日程度で着くな」


 現在のベルリンには計三ヶ所の空港があり、先程流れたニュースにてその内の一つが樹候災害の影響を受け入るものの数機の飛行機が無事である映像が流れていた。

 カミラはその無事の飛行機を奪取し直接日本へと向かう考えを示した。




――2324年9月9日・時刻不明・天候樹候災害・場所不明・・


 現代に於いて大地は開発が進められ緑の殆どが喪われている中、此処は目が眩む程に美しい緑が広がっていた。

 その様な森の中に、巨大でありながら景観を崩さぬほどに神秘的な町があり、中心部には一際巨大な建造が存在していた。外観は白と金で装飾され、内部はより繊細に装飾が施されている。

 そしてその建物の最奥にて、玉座の様な椅子に座る煌びやかな少女が居た。


「樹候災害でしたね。その様な現象は此処周辺には起きていないですよね?」


 透き通るような声は何一つの雑音を感じることは無く、星の如き輝きを秘めた瞳はどこか彼方までをも見据えている。


――ミカエラ・ウル・ミカエル。

 神とは想像上の存在であると言われるこの時代、新興宗教でありながら異質な迄に信者の多い宗教を率いているのが彼女であり、その崇められる対象とされているのも同様に彼女である。


「当然でございます。この地は貴女様の御力によって祝福されていますゆえ」


 彼女を女神と信仰する信者の一人が、囁くようにして伝える。その応えに、彼女は満面の笑みを見せる。


「…私は暫し眠りに着きます」

「ッ!」


 何を考えての発言なのか分からず驚きを見せる信者だが、彼ら彼女らが信仰する女神に間違いは無い。その様に信じきっているが故に誰一人として事を荒げるものは出なかった。


「では今日より四日後、その日より新たな世界が広がるでしょう。どうか、この美しくも壊れかけた世界に祝福があらんことを―――」


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