夕日と縁側と白い猫
梁瀬 叶夢
夕日と縁側と白い猫
今日も、か。
いつもはこうして夕方、縁側に座っているとどこからともなく白い猫がやってきては僕の足元をぐるぐると回って、僕の足を枕がわりにして気持ちよさそうに寝る。僕が小学三年生の頃からそれは続いていて、もう五年目になる。
だけど、一週間くらい前からパタリと白猫は僕のところに来なくなった。最初は体調が良くないのかなと思って心配になったけど、今僕が抱えている心配とは違う。
僕が心配しているのは、あの白猫がどこかで死んでいないか、ということだ。
今年に入ってからだった。白猫のメリー(僕が勝手につけた名前)は目に見えて痩せていた。去年まではふっくらとした柔らかい毛だったけど、急に毛並みが悪くなってゴワゴワとした毛になってしまった死、僕があげる餌の食べつきも悪くなって、どこか元気がないように見えては急に駆け出したりと、変な動きが続いた。
気になった僕はその動きについてインターネットで調べた。すると、どうやらメリーのしたそれらの動きは、猫の死が近いときによく見られるいわば前兆だったのだ。
僕は愕然とした。とたんに画面に合っていたはずのピントが合わなくなって、視線が空中をさまよっている。
別に、飼っていた猫ではない。多分野良猫か、近所で飼われている猫が散歩ついでに寄りにきてるだけのことだ。それなのに、僕はこの得体の知れない感情を止めることができない。
僕にとっては初めての経験だった。身の回りの誰かが死ぬこと、今まで当然のようにいたはずのものが突然にいなくなってしまうことが。
涙が、止まらない。ありふれた表現だけど、嬉しいときも辛いときも一番そばにいてくれたのはメリーだった。
小学校の合唱祭。六年生で、市の大会さらには県の大会に出れる最後のチャンスだった。
僕はピアノの伴奏者に選ばれた。一年生の頃からピアノを習っていて、県大会でも何回か入賞したのもありみんなからの要望だった。
みんなの歌もとても上手だった。音楽の先生からも県大会狙えるよ、と言われるくらいに僕たちの歌はまとまっていて、力があった。
でも結局、僕たちのクラスは県大会はおろか市の大会に出ることも叶わなかった。
理由は簡単で、僕が指揮よりも早いテンポで演奏してしまったからだった。
僕たちのクラスが歌った曲は、僕も大会で何度も演奏した曲だった。でも、僕が大会で演奏するときは歌うときよりもテンポが早かった。その癖が、大事なところで出てしまった。
みんなは僕を責めることはしない。でも、内心穏やかではないはずだ。僕にはむしろ、その気遣いがとても痛く無数の針となって僕の心に突き刺さっていった。
その日の夕方、僕がいつものように縁側でメリーを足元で寝かせているときにはもう、僕の涙は枯れていた。帰り道で泣き、僕の部屋で泣き、縁側に来てからまた泣いた。
そんな僕を見て、メリーは一瞬驚いたような顔をしたけど、またいつものように足元をぐるっと回っては定位置に頭を置いて、にゃーと鳴き声を一つして眠った。
メリーにとっては何気ない鳴き声の一つだったかもしれない。それでも、その鳴き声は不思議に僕の心へと溶けていって、僕はまた涙をこぼした。
あのときの夕日もこんな感じだった気がする。涙が枯れた目に夕日はあまりにも強くて、でも、どこか暖かくて。
今日、僕の足元にメリーはいない。あのとき、にゃーと鳴いてくれたメリーはもういない。いま僕の足元にいるのは、最後の力を振り絞って定位置に頭を置いて、深い眠りにつく、白い猫が一匹。庭の片隅には、メリーと同じような色をした白い彼岸花が一輪、夕日を受けてふっくらと花びらを広げている。
夕日と縁側と白い猫 梁瀬 叶夢 @yanase_kanon
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