第20話



 私は決心がつかないまま、家に帰った。


 乾いていない洗濯物。


 脱いだスニーカーが玄関の床で乱雑になる。


 ソファに座って、何の気なしにテレビをつけてもただモノクロに音が流れる。


 朝からテーブルに出しっぱなしのパンは、乾燥してもう食べれないみたい。



 シャワーを浴びた先で何もかもがしおらしくなる。


 ドライヤーのコードを引っ張って、口に咥えたヘヤピンを後ろ髪に取り付けながら、冷房をつけた。


 かびくさい臭い。



 キーちゃんの言っていることはもっともらしくて、心が宙ぶらりんになったまま動けない。


 だけど揺らいでいるのは、彼に対する気持ちなんかじゃない。



 部屋に帰って、机の上で日記を広げて、ある日のメモを見返してた。


 その日記の所有者は亮平だった。


 別にその日記には、彼の日々の出来事が記されているわけじゃない。


 ただ、託されたんだ。


 岡山に連れられた後、彼は家に帰って、この日記を渡してきた。


 この世界のことと、彼のいた世界。


 その両方が記載された難解な文字の中には、信じられないことが書かれていた。


 未来のこと。


 阪神淡路大震災の日に、起こったこと。


 理解できなかった。


 そこに書かれていることは、おとぎ話みたいにぶっ飛んでた。


 信じるつもりはなかった。


 信じようにも、内容が内容だったから。



 何ページかを流し目で広げて見ていたら、あるページに目が止まった。



 「シリンダヘッド、加工」



 思い立ったように殴り書きされた文字。


 亮平、ほんとにバイクが好きだったな。


 好きなところに行くとき、何かを買いにいくとき、お気に入りのバイクに乗って、エンジンを吹かして。


 自分で改造したって言ってた。


 彼の家はバイク屋を営んでたから、多分その関係で。



 その走り書きの文字を辿って、シリンダヘッドについてネットで検索しながら、家の外に出た。


 シャッターをあけて、倉庫の中に入る。


 あちこちに埃が舞って、息ができないくらい空気が錆び付いてる。


 倉庫の奥に赤色のカバーが見えた。


 ぶ厚い、ごわごわしたレインカバー。

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