第4話
キーちゃんと私は寿司屋に入ってから、テーブル席に座って好きなものを食べ始めた。
キーちゃんはうなぎを。
私はサーモンの炙り焼き。
キーちゃんはうなぎの他にシーチキンを頼む。
それからプリンを。
プリンを取るのは時期尚早じゃない!?
と突っ込んでみたい気持ちも山々だけど、私は食べたいものを食べたいと思いながらパネルを指で押しまくる。
目の前の偏食家には偏食家なりのコースがあるんでしょうと横目にプリンを眺めながら、テーブルに並べた色とりどりの魚たち。
朝からなにも食べてなかったせいもあって、大好きなネタを横並びにずらりと並べたら、ほんの少しだけお腹が空いた。
キーちゃんは寿司屋には馴染みのないスプーンを手に取っている。
確認のためにもう一度見るけど、うなぎとシーチキンとプリンと、ミルフィーユ??
そんなばかなと思ってキーちゃんの手を掴む。
なにを食べているんですかと丁重に質問する。
「見ての通りやで」
見ての通りだと言うけれど、今のところ魚介類とスイーツの割合が半々なんですが。
別に好きなものを食べればいいんだけどね。
湧いてきた私の食欲が急カーブしたように衰え始める。
頼むから目の前で甘ったるいものを口に運ばないで。
ほら、たった今エンガワの炙り焼きが到着しました。
焦げ目のついた美味しそうな脂身の艶が、私の脆弱な食欲をそそろうとしている。
その視界の隅にミルフィーユでも並べて見ようもんなら、スムーズに私の所に到着したエンガワが、どこに腰を下ろせばいいかと肩身を狭くしちゃう。
フォークとスプーン。
カチャカチャと音を立てながらスイーツにご満悦なキーちゃん。
黙々と食べている傍らで、これから「どうするの?」と尋ねてきた。
私は返事をしなかった。
駅を降りる前、朝、連絡をくれた友達からメールが来ていた。
今から亮平の手術が始まる。
だから急いで病院に来てほしいと。
私は返信をする。
すぐに行く。
電話のコール。
その着信先は、いつも傍にあった。
友達からの電話や、バイト先から。
赴任先のお父さんとのやり取りや、県外の高校に行った妹からの連絡。
電話のメロディーは、いつも変わらない。
その聞き慣れたリズムの、高い音色の波長がいつも私の耳元をくすぐった。
不意に鳴る電話の音を聞く度に、亮平からの着信を思い出した。
私たちは元々、この地球上のどこにいても通じ合えた。
光の速度でコールが鳴って、はるか向こうの大地から、電波が届く。
お母さんはいつも私に言っていた。
どうして亮平君に会わないの?
友達はいつも私に言っていた。
一緒に会いに行こうよ。
だけど私は会いたくない。
この地球上には、もう亮平がいないってことを知ってる。
080から始まる電話番号。
その番号にかけても、もう誰も出ないってこと。
ねえ、キーちゃん。
私は尋ねた。
寿司を食べたら、どこに行こうか。
キーちゃんはなにも言わなかった。
当然だよね。
臆病な私にうんざりしている。
幼馴染の元にも行けない私が、ろくでなしだってことくらい、目をつむっていても分かるんだ。
私たちは寿司屋を出た後、どこに行こうか悩んでいた。
それでもキーちゃんは、私を無理に引っ張っていこうとしない。
それどころか笑って、私の隣に立っていてくれた。
あんたの好きなところに行く。
そう言ってくれた。
だから私は、私が思う所に行こうとした。
知らない街の景色のなかで、路地の向こう、その先へ行こうとした。
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