ちい先生はライバルです

ハープ

本編


 放課後、私は教室で友人を待っていた。一緒に帰るためだ。今日は友人は部活があるので、帰宅部の私はそれが終わるまで本を読んだり、適当なプリントの裏側に落書きをしたりして過ごしていた。


 やがて、「ごめん、遅れちゃった〜」という声とともに友人である渚が現れる。私は「大丈夫だよ〜」と言葉を返しながら席を立った。


 駅までの道を二人で歩く。渚は平均的な身長である私よりもだいぶ背が高いので少し目立っていた。前に渚の髪がまだ短かった頃、休日に二人で遊んでいたら男女のカップルだと勘違いされたことがある。あの時渚はやや落ちこんでいたけれど、私は半分嬉しかった。渚が男だったらいいと思っているわけではなく、性別はともかくカップルだと思われたことが嬉しかったのだ。そんなことは本人には秘密だけれど。


「今日もちい先生可愛かったわ〜」と渚が突然……といってもいつものことだけれど話しかけてくる。

「渚は本当にちい先生の話ばかりだね」

「だって可愛いもん!」このやり取りもいつものことだ。


 ちい先生というのは、私と渚の担任の女性教師だ。本名は別にあるのだけれど、身長が低いので童顔なのもあっていつの間にか生徒たちからはちい先生と呼ばれている。本人は「先生をあだ名で呼ばないの!」と怒るけれど迫力がないので怖くない。渚は入学した時から「ちい先生可愛い〜」と本人にも周りにも言い続けていて、今年度にちい先生のクラスになった時は「私一生分の運使い果たしたかも!」と喜んでいた。


 ちい先生は美術の先生で美術部顧問でもあるので、渚も一年の時から当然美術部に入った。ちなみに渚は未だに帰宅部の私よりも絵が下手である。


「でねでね、ここの色ってどういう風に塗ればいいんですか? って私がちい先生に聞いたら、先生が『う~ん、ここは影の部分だから真っ黒、っていう塗り方もあると思うんだけど、少し他の色を混ぜてもいいと先生は思うなぁ』って言われて、私が『他の色って例えば何ですか?』ってまた聞いたら、『それを先生が言っちゃうとつまんないんじゃない?』って言われたんだ〜!」

「……へー、そうなんだ」私は正直そんなのは影なんだから真っ黒、でいいんじゃないかと思いながら聞いていたのだが、

「どう思う? 何色に塗ったらちい先生褒めてくれるかな?」といきなり渚に話を振られ、

「え、私が言っちゃうとつまんないって言われたんじゃ……」

「それはちい先生が言っちゃうとつまんないって意味で友達に聞くなとは言われてないよ!」と謎の理屈を返された。絵のことなどよく分からないので、影なら真っ黒でいいんじゃない? と私が投げやりに答えそうになった時。

「それにしても先生が言っちゃうとつまんないんじゃない? って言った時のちい先生、なんかミステリアスで素敵だったわ〜」と渚が客観的に見たらアホ面、私から見たら少しイラッとする表情で言ったので私は思わずムキになって考えた。考えて、言った。


「……その絵って、何を描いている絵なの?」

「え? ……リンゴ」美術部といえばって感じのよくある題材のようだ。

「……じゃあそのリンゴの色に近い色を黒とかグレー? とかと混ぜて塗ればいいんじゃない? 赤いリンゴなら赤とか。紫でもいいかもしれないけど」知らんけど、と付け足しそうになりながら言うと渚は一瞬沈黙し、


「……おお〜! それだ! それならちい先生も褒めてくれそうだよ! ありがとう!」と瞳を輝かせて喜びだした。

「ど、どういたしまして……」と私は曖昧に笑いながら、


「これだとまるでライバルに塩を送ってしまったような……」

「え、何?」

「ううん、なんでもない。……そろそろ駅だね」どうやら渚が私の気持ちに気がつくのは、だいぶ先になりそうだった。

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