# 009 キャンプファイヤーズ

「それじゃあ、バイバイ」

「またな、角丸さん」


 掃除が終わってから一緒に廊下を歩いて、俺達は校門の前で分かれることになったんだ。俺は左側、角丸さんは右側の横断歩道って具合にね。


 それで横断歩道なんだけどさ、俺が来たら直後に信号が赤になったんだ。こういうのってちょっとイラっとくるよね。おまけに、この信号って青になるまで時間が掛かるんだよ。スマホも電源を切ってたから、起動するまで時間が掛かるしでさ。暇をつぶせないから、尚更イラっとくるんだね。


 そんなわけで、暇つぶしに角丸さんが歩いて行った方に目をやったんだ。そしたら角丸さんも赤信号につかまってたんだな。


 角丸さんはというとね、ヘッドホンを付けて音楽プレイヤーか何かを弄ってたんだ。俺は音楽をあまり聞かないんだけど、こういう時の音楽って羨ましいよね。


 今は大体五時半ってところでさ、この時間帯はバスの運行本数が結構あるんだ。

 それで上機嫌な俺は余裕を持って、のんびりと最寄りのバス停まで向かっていたんだよ。この間とは大違いだからね。

 それで、ただ歩いているんだけどさ。


「……何で付いてくるのよ」


 道路を挟んだ向かいの歩道から、不機嫌そうな声が聞こえたんだよ。それで、声の方を見ると角丸さんがヘッドホンを外してこっちを睨みつけてるんだよ。

 まるで俺がストーキングしてるみたいな物言いだけどさ、どうも角丸さんが俺を付けてくるんだよ。


「こっちのセリフだよ。俺は帰り道がこっちなんだよ」

「はぁ……なんなのよ」


 ため息なんて吐いちゃってさ、すごい嫌そうな顔をして独り言を言ってるんだよ。道路を挟んでいたから、なんて言ったかまではよく聞き取れなかったんだけどさ。

 どうやら、角丸さんは俺にこの道を歩いてほしくないらしいね。どう思おうが知ったことじゃないけどさ。


 それで角丸さんはヘッドホンを付けなおして、お互い何も喋らない時間がまた始まったんだ。





 まぁ、何も話さないってのは別にいいんだよ。こっちも四六時中話したいってくらいお喋りに飢えてるわけじゃないしね。


 でもさ、流石にこれは無いんじゃないかな?


 というのもね、高校からバス停までは歩いて十五分くらいの距離なんだよ。その内二回角を曲がって、その後で横断歩道を一回渡るんだけどさ。


 角丸さんのヤツ、俺と同じ角を同じ方に二回とも曲がったんだ。曲がるたびにギョッとした顔をしたんだよ。そりゃそうだよ、俺だってなったもん。


 おまけに横断歩道ではついに一緒の歩道を歩くことになったんだよ。歩くペースが大体同じだからさ、気付いたら横一列になってね。こっちは目ん玉飛び出そうになったんだけど、角丸さんの方はゴミでも見るみたいな目だったよ。


 それで今は同じバス停でバスを待っているんだよ。もういっそ恐ろしいよ。


 次のバスまではあと二分ぐらいなんだ。それで今、俺は標識の横のベンチの端に座ってるんだよ。三人掛けのベンチでさ、角丸さんも座れるはずなのに、反対側で突っ立ってるんだな。


 角丸さんはムスッとしちゃっててさ、とんでもなく気まずい空気なんだよ。

 それでさ、不意に俺は角丸さんがどこに住んでるのかが気になったんだ。


「角丸さんって、いつもどこで降りてんの?」

「……」


 俺が口を開いたらさ、一瞬だけこっちを向いたんだよ。でもね、『私、あなたの話なんて聞こえてませんけど』って言うみたいに、すぐにそっぽを向いちゃうんだよ。俺、そんな嫌われるような事したのかな?


「もしも~し」

「……」


 ヘッドホンをしてるからだか知らないけど、さっきから角丸さんは無視を決め込んでるんだな。でも、実際は聞いちゃいるみたいなんだよ。

 あれかな、『関わらないほうがいいわよ』なんて言った手前、無視するほかないのかな? こっちとしてはそんなこと、どうでもいいのにさ。意地なんて張っちゃってね?


 まぁ、そんなことされるわけだからさ、多少は悪戯心が芽生えてくるわけだよ。


「おーい、角丸さん?」

「……」

「角丸さん?」

「……」


 相変わらずの無視だ、流石だね。

 でも、明らかに反応しているんだよ。なんせ、呼ぶと肩がビクッと動くんだからね。


「菊乃?」

「ッ……」


 それで名前で呼んだらどうなるんだって思って、試したんだ。親しい間柄でもないのにっていうのはご愛嬌さ。

 それで、結果はまた肩がビクッとなったんだ。ただ、何か効いたみたいでさ。驚いた表情でこっちに顔を向けたんだ。まぁ、すぐ元通りに戻ったけどさ。

 それで、無視を再開した角丸さんの顔を見上げると、ちょっと変でね。名前呼びに怒ったのか知らないけど、頬もちょっと赤くなってたんだ。


 まぁ、それで面白くなって来ちゃってさ。


「目の怖さでペットショップが出禁になってそう」


 ありもしないことを一つ言ってみることにしたんだ。顔で出禁なんてありえないじゃない?


「なっ、なんで知ってるのよ!」

「えっ、マジかよ」


 やっぱ聞こえてんじゃねぇか。 にしても、ほんとに出禁になったのかよ。

 ヘッドホンを頭から毟り取って、俺の肩を掴んできたんだ。いやね、本当に冗談だったんだよ。まさか当たるとは思わないじゃん?


「どうしてそれを知ってるのよ!?」

「あぁ~っとね、『数撃ちゃ当たる』ていうじゃん?」

「そんなわけないでしょ!」


 あるんだな、それが。実際、当たってしまったんだからね。


「なによ! そんなに有名なの? そんなに面白いの!?」


 まぁ有名かはさておき、実際凄く面白いんだよ。

 笑いが堪えきれなかった俺を顔を真っ赤にして、若干涙目で揺さぶってくるんだ。

 まぁ、恥ずかしいことを知られたからには当たることは権利だとは思うけどさ?


「おっ、ちょ、そろそろ、揺らすのやめてもらえる?」


 ハッとしたみたいでさ。角丸さんは本当に申し訳なさそうな表情でそう言って、俺の肩から手を放したんだ。


 俺って揺れにかなり弱いんだよ。通学のバスは何とか慣れたけど、タクシーとか船は酔ってダメなんだ。強い揺れがどうもダメみたいでさ。


「……ごめんなさい」


 今の俺の顔色がどうなってるかは分からないけど、謝られるくらいにはエライことになってるのかな?


 揺れから解放されてさ、俺は調子を整えるために息を深く吸い込んだんだ。タクシーみたいな臭いのキツイ密室じゃないから幾分かマシだけど、喉に指を突っ込めばすぐに出せるってくらいの状態だったからね。

「顔色が真っ青だったけど、大丈夫?」

「あぁ、うん。ちょっと酔っちゃってね、揺れにはいい思い出がないんだよ。」

「それでも、いくらなんでも弱すぎない?」


 『いくらなんでも』だってさ。煽ってるのかな?

 ただ、表情を見るにどうもそうじゃないみたいなんだ。驚いてるっていうか、心配って感じでさ。これじゃ、文句を言うにも言いづらいってもんだよ。


 それでもね、意趣返しくらいはしたいもんでさ。


「『関わらないで』なんて言っておいて、結局関わってんじゃん。 寂しん坊さんがよ」


 ニヤニヤしながら言ってやったんだよ。だってそうじゃん? さっきまでは無視を決め込んでいたのに、今じゃ思いっきり話しているんだからさ。


「ッ……」


 それで、角丸さんは思い出したみたいにヘッドホンを付け直したんだ。

 ただね、もうこっちは知ってるんだ。ヘッドホンをしてても、実は聞こえているってことをさ。


 角丸さんはプレイヤーをまた弄り出して、俺はこれから何を話そうかって考え始めたところでバスが来たんだ。


 俺はベンチから腰を上げたんだけど、角丸さんは立ったまま微動だにしないんだよ。


 どうやら、お別れの時間が来たみたい……ってその時は思ったんだ。というのも、この停留所って行き先の違う二種類のバスが来るんだよ。


 ただね、乗車口が開いて俺が乗り込むとさ、後ろに角丸さんがいたんだよ。

 それで、俺は一番後ろの広いシートの端に座ったんだ。そうしたらね、角丸さんも同じシートに座ったんだよ。まぁ、隣じゃなくて反対側だけどね。


 関わる気がないならさ、普通は同じシートに座らないよね?


 やっぱ、『嫌よ嫌よも好きのうち』って至言なのかもしれないね。


 まぁ、つまりはさ。お喋りタイムは継続だってことだよ。 あっちは望んでいるみたいだからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る