第4話 3センチメートルの亀裂

「明日、コルたち全員で宿舎に運ばない?」


 コルルの一言にみんな目を見開く。


「なんてことを考えつくんだお前は……」

「いいねそれ、採用!」


 コルルにドン引く僕と、見るからにテンションを上げて答えるマツリ。


「明日、ここのみんなでゴミ拾いをしよう!」


 拳を上げて立ち上がるマツリを横目に、ヴォルニーがこっちを見てくる。


「……いいのかよこれ」

「まぁ、聞こえだけはいいんだし、いいんじゃない?」


 ゴミ拾いと言えばゴミ拾いなのだが、なぜか納得のいかないゴミ拾いだ。とはいえ、見つけてすぐにこれを持ってこようと思うだなんて、流石はマツリだな。行動力の鬼とはよく言ったもんだ。


「マツリ。そこにはどれくらいで行けるんだ?」

「んーとね。マツリの足で、十分くらいかな。帰りは運びながらだから、往復で三十分くらいかかるよ」

「じゃあ距離に問題はないか……」


 そう言ってヴォルニーは立ち上がり、部屋を出ていく。僕たちがポカンとしていると、何やら紙を持って戻ってくる。


「マツリ、どの辺りだ?」


 ヴォルニーは持ってきた地図を広げる。

 この地図はヴォルニーたちがここに来たときに自分たちで作った地図だ。この教会を中心にして、大体三キロほどのところまでの道が描かれている。


「えっとねー。ここがいつもマツリがサボってるところだからぁ……」


 地図上に指をおいて小さな道をなぞっていく。


「ここかな……?」


 僕たちの畑のそばの森を抜けた先にある、拓けた土地の上でマツリは指を止める。


「なんだ、案外近いじゃん」


 コルルの言う通り、地図で見てみるとそんなに距離が離れているわけではない。


「ま、この距離だったら幼い子でも大丈夫だろう」

「てことは?」


 マツリとコルルが目を輝かせてヴォルニーを見る。


「明日、この教会総動員で、ゴミ拾いを行う! マツリ、各部屋に伝えてきてくれ」

「ありがとう!! ヴォルニーならそう言ってくれると信じてたよ」


 マツリが両手を広げてヴォルニーに抱きつく。


「くっつくな、気持ち悪い。さっさと伝えてこい」


 ヴォルニーはマツリを振り払って、ドアに目線を送って行けと促す。振り払われたマツリは渋々立ち上がった。


「しょうがないなぁ。トワ行くよ。……って気持ち悪いって何よ!? ふざけるなトワァ!!」

「お前がふざけんな! 八つ当たりもいいとこだぞ!」


 情緒どうなってんだよこいつは。ヴォルニーの横でコルルが笑いこけている。今のがツボに入ったらしい。

 まぁ、いつも通りだなこいつらは。今日も笑いが絶えない教会だ。


「マツリ、行くぞ」


 僕はマツリの手を引っ張って部屋を出ようとする。


「ちょっとっ! 自分で歩くからぁ」


 マツリの手を離してドアを開けて廊下に出る。


「マツリは女子部屋頼む。僕は一旦下に行って、男子たちに伝えてくる」

「了解! あ、サナ待って!」


 返事をするともうマツリは、部屋に戻ろうとしている女の子に声をかけている。

 やっぱ行動力の鬼だよなぁ。

 なんて考えながら、僕は階段を降りていく。


「お、ケン。ちょっといいか?」


 僕はちょうど廊下にいたケンという男の子に声をかける。こいつは僕たちより二個年下だが、しっかり者だ。僕たちがこの教会を抜けたあとに教会のリーダーになってもらいたいと思っている。なんならコルルやマツリより真面目で良いやつだ。


「あ、トワ。どうしたの?」

「あぁ。明日のことなんだけど、明日は仕事を全員で休んで、近くの広場にゴミ拾いをしにいこうと思ってるんだ」

「ゴミ拾い?」


 ケンが何言ってんだこいつみたいな表情をして、僕に聞き返す。


「うん。まぁどんなゴミかは見てからのお楽しみってことで。明日はいつも通り朝ごはんを食べたら一回教会に集合して、そこからみんなで一斉にゴミ拾いに行くから。それをみんなに伝えておいてほしい」

「うん! 分かった。他に何かない?」


 ケンは不服そうな顔をしながらも、返事を返してくれた。


「あぁ。起床時間も朝食の時間もいつもと同じだ。よろしく」

「はーい」


 ケンはそう返事をして、自分の部屋へと足を向ける。

 その時だった。普段絶対にならないはずのインターホンが宿舎内に鳴り響いたのは。

 今まで賑やかだった宿舎全体が静まり返る。やけに冷たい風が窓を叩き、何か異変が起こる音がした。

 僕はもちろん目の前にいたケンも動きが固まる。ダニエルさんが帰ってきたのか? いや、あの人なら合鍵があるんだし、わざわざインターホンを鳴らさない。ということは、インターホンを鳴らしたのは完全なる部外者と推測できる。ここで応答するのは極めて危険だ。


「トワ! 私出てくる!」


 上の階から降りてきたサナが、僕の横を通り過ぎて一階に降りようとする。


「おい、サナ。ちょっと待てって! もう少し防犯意識を高めろ」


 サナを止めるために追いかけようとするケンに、僕は声を上げて呼びかける。


「ケン、絶対に出させるなよ。僕は子どもたちを三階に避難させる!」

「うん!」


 僕はケンの反応を見るとすぐに、各部屋を回った。


「今すぐ三階に避難しよう! 絶対に窓の外を見ちゃ駄目だぞ」


 部屋にいた男子たちを引っ張り出し、階段を登らせる。二階にいた全員が部屋から出たことを確認すると、三階にいるマツリに向かって怒鳴る。


「マツリぃー! 女子たちを一部屋に集めて、この子達も頼む!」

「わかったー! 今からコルル降ろすからサナとケンを迎えに行って」


 マツリの返事ともにコルルが階段を駆け降りてくる。そのままの勢いで僕とコルルは階段を降りて一階に行く。

 ──が、もう遅かったようだ。

 に気付いたのは、二発の乾いた銃声を聞いてからだった。

 放たれた二発の銃弾は、真っ直ぐにサナの胸に突き刺さり、無慈悲にも身体を貫いた。真っ赤な鮮血が飛び散り、サナの身体がゆっくりと前に倒れる。ケンが信じられないような目をして、倒れたサナの身体に触れようとする。


「駄目だケン! 逃げろっ」


 僕の声をかき消すように、ケンにも銃弾が撃ち込まれる。

 僕は隣で絶句しているコルルにささやく。


「コルル……。上に行って三階の裏口から全員を連れて逃げ出せ」

「……でもっ、二人も、トワも……」

「いいから! 僕は上手く奴らを誘導する。その隙に逃げろ。あとから二人も連れて行く」

「分かった」

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