エージェント・ダブル
双六トウジ
プロローグ
俺は
そして、犯罪組織カリウドの組員。
またの名を、カリウドの期待の星。
カリウドはすっげー組織だ。
目立つところを言ってみると、ロックダウンタウンの市長と繋がりがあるし、ロックシティを牛耳ってるし、噂じゃボスはとあるロックスターと兄弟らしいし。
俺はこないだガラガの兄貴に誘われて入ったんだけど、その数々の真実を知っても~感激。絶対一生ついて行く。ていうかビッグになってやる。ボスみたいなすごい地位と名声を手に入れてやる。そういう気持ちでやっていくつもりだ。
だけどまあ、その前に。
ボカッ、と頭に重たいげんこつが乗った。
「おい影虎、寝てるんじゃねぇ。酒買ってこい」
「ヘイ兄貴」
……。
俺、影虎。犯罪組織カリウドの構成員。
あるいは、下っ端の下っ端。雑魚。チンピラ。
だって入ったばっかりなんだもの。
ビッグになるって、すぐには駄目なんだなぁ。
「ほれ、駄賃。お前の好きなもん買ってきていいからよ」
「あざっす!」
俺はソファから背筋をまっすぐ伸ばして立ち上がった。
元気がいいなぁ、とガラガの兄貴が笑った。
組織御用達の酒屋は近い。
アジトの玄関から出て、前の通りを右に曲がって、そのまま真っ直ぐ進むだけだ。本当に簡単で、ガキの使いと一緒。
懸念材料があるとすれば、今は夜だということだ。
空を見上げれば真っ黒で、お月様が出ていない。
俺はガキの頃から夜になると空を見上げる癖みたいなのがあって、それでどうも月が消える夜があるらしいってことをなんとなく知った。こういう夜はいつもより妙に恐ろしく思えるってことも。
……昔の話だ。
今みたいに月の無い夜に、俺は俺を見たことがある。
かつて俺は、錆びれた骨組みと所々パッチワークが出来てる布で作った家に住んでいた。
朝は労働、昼も労働、夜はもう今は居ない弟と妹と一緒の布団で寝るんだ。寒いときも暑いときも。
俺はいつも寝る前に、そいつらに歌や話を聞かせてやっていた。俺は今は組織の末っ子をやっているが、昔は立派なお兄ちゃんをしていたんだ。
けれどあの日の夜のこと。
俺は途中でションベンがしたくて起きて、家の外にあるトイレで用を足してから戻ったんだ。
すると、俺が潜っていたはずの場所にこんもりと山が盛り上がっていた。何かが中に入っていた。
枕か何かだろう、と俺は思った。それで、弟か妹がイタズラをしたのだろう、と。
けどそのとき二人は、布団からよく眠っている寝顔を出していた。
「可愛いよな」
俺の声がした。
その布団の中の、俺と同じ体積の山から。
「俺も小さい子と遊びたいな。お前になって」
ぶわっと鳥肌が立って、その勢いのまま俺は布団の膨らみに向かってドロップキックをかました。
手応えならぬ足応えはなかった。
中のそれは一瞬にしていなくなっていた。後に残ったのは温もりだけがあった。
それは、さっきまで布団に入っていた俺のか? それとも……。
煌々と明かりが輝く酒屋が見えてきた。
年甲斐もなくほっとして、もっと明かりに近づこうと俺は走った。
店に入ろうと、開かれていた扉に近寄る。
その時店の中から会話が聞こえた。
「おじちゃん、鬼ころしの瓶ある?」
「お~、あるよ~」
「ありがと」
あ、誰かが先に酒を買っている。
いやおかしなことじゃない。そんなの当たり前だろう。多分。
でも何か、変な感じがした。
「あとつまみいくつか買っちゃお。兄貴の好み知ってる?」
「最近はもっぱらジャーキーかなぁ」
「じゃあこれもちょうだい」
やっぱりおかしい。
だって、なんか、俺の声に似ている。
……兄貴って、ガウガの兄貴のことか?
「じゃあねおじちゃん。最近寒くなってきたから体気をつけてね」
「あいよ~、影虎ちゃんもね~」
……影虎?
あ。
店から出てきた。
店の前で立っていた俺と、目が合った。
あ。
そいつの顔。俺にそっくりだ。
「やあ、どうも」
「え、あ、どうも……?」
がらんっ、そいつは後ろ手で店のドアを閉めた。
「初めまして。俺は影虎」
「お、俺も……」
「ああ知っている」
「し、知っている?」
「かつて同胞がお前にやられたからな」
その言葉を聞いた瞬間、本能というものだろうか。俺の体は勝手に動き出し、そいつの脇腹に回し蹴りを放った。
が、持っていた酒瓶でガードされる。
足がしびれ、怯む。
「参ったなぁ、買ったばかりなのに。割れれば兄貴に怒られちまう。だろ?」
そいつは、俺の顔で右目をつむってウィンクをした。
その、妙に得意げな顔を見て
いると、
なんだか、
眩暈が
――俺は影虎。健康的なドッペルゲンガー。
犯罪組織カリウドの組員。
兼、潜入捜査官。
下っ端の姿を借りて、これから俺は犯罪組織の中に潜る。
上に登るまで何年かかるかは分からん。その間どれほどエグいことやらされるかも知らん。だが俺は人間じゃ無い。人の心は持っていない。
だから、ま、大丈夫だろう。
俺はその身体と魂を奪ったとき、そう考えていた。
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